苦情に高齢化…消える除夜の鐘「年越しの風物詩なのに」
産経新聞 2019/12/28 20:50
寺側の人手不足等の事情でなら解かるのだが、日本の大晦日の風物詩なのに「うるさいから止めろ」と苦情を言う・・・。それを楽しみにしている人たちも大勢いるのに少数の苦情に配慮してやめてしまう・・・。
保育園や幼稚園の運動会なんかもそう。半日ちょっと我慢していれば終わるのだし、子育てに補助金が出るかどうかより、「うるさい」と苦情が出たりすることのほうが少子化にとっては問題ありでは。まして、除夜の鐘なんか1時間も掛からない。今に始まったことではない、つまり、昨年から行われるようになった、などというものではないのだから、「どうしても我慢できないなら耳栓でもしていろよ」という話。
自分が苦情を言って何かをやめさせることでしか自尊心を満足させられないとしたら寂しい人間。と言うより、そんな抗議をするようじゃ間違いなく気違いで、精神病院に入院するレベルだと思う。
私が住職なら、「除夜の鐘の音に文句を言っていると煩悩に憑りつかれて地獄に落ちますぞよ、それでも宜しいかな」と言ってやって、例年通り続けるんだけどなあ (^◇^)
それにしても、昨今、日本人らしさ、ゆとり、といったものがどんどん失われているように思う。
昔は、飛行場近くの家は飛行機の離着時の音がうるさい、国道沿いの家がダンプトラックの走行音がうるさい、コンビニの24時間営業で夜中の照明がまぶしいとか、夜間勤務で昼間の道路工事の音がうるさいとか、まあ、いっぱいクレームがつきましたね。
除夜の鐘ねえ。これがうるさいとは夜が寝られない?まさか紅白なんて見てない、いやダウンタウンの笑ってはいけない、を見てないのか?
お寺としては、鐘をつかなくて、しんどい目をしなくて済みますね。
なんでもかんでもクレームを付けて、自分の要求通りにさせる、つまりは相手を屈服させることで満足を得る、そういうことでしか満足が得られないとしたら狂ってますね。友だちもいないことでしょう。
クレームを受けるほうも、突っ撥ねれば良さそうなものですが、人権を盾にとって声が大きな人に屈してしまう・・・、世も末です。「やめてくれ」と言う人、全体の1%もいないでしょうに。民主主義の原則からも逸脱しています。人権以前の問題です。
そういうクレーム、名前を名乗らないのであれば無視していい、と思いますね。
その運転手が霊柩車の方が下がれ、と喚いたそうです。
霊柩車はバックしてはいけない慣例?があるそうですが、それ以上に死者に対する儀礼もなにも考慮しない、自分だけ良ければいいみたいな奴がいることに悲しい気持ちと、
古き良き日本が崩れてきている気がして、日本人の劣化を感じます。
その対向車の運転者、何かの祟りがあればいいのに・・・、と思ってしまいますね。
それにしても、「日本人の劣化」というのは言い得て妙な表現で、まさに図星ですね。
3.11東日本大震災の時、自衛隊員がお腹を空かせているであろう少年に食べ物を渡したら、少年が「僕よりもっとお腹を空かせている人がいるだろうから」と配給の棚の上に置いた、と言う動画を何度も見て、その度に涙していますが、それすらも遠い昔の出来事に思えてしまいます。
日本人としての稔侍は何処に行ってしまったんでしょう・・・。ん?、日本人じゃなかったりしてね。
まず、日本人かどうかを疑うべきかもしれませんよ。(^ヮ^)
あまり大きな声では言えませんが・・・、何か犯罪のニュースとか目にする度に、「日本人だったらこんな犯罪はしないと思うんだけどなあ・・・」と不思議に思うことがよく有ります。
もちろん、日本人の気質や国民性というものがどんどん変わっていってる、ということもあるかも知れませんが。グローバル化、などという言葉が持て囃されていますが、私は日本はグローバル化なんかしなくていい、と思っています。退化するだけですもん。