2020年05月04日

ちょうど50年前の今日、5月4日・・・ (他愛もない思い出話)

50年前の今日は・・・、高校を卒業して就職のために上京して猛烈なホームシックに悩まされていて、最初のGWに、「社員の見聞を広める目的」で交通費を会社が全額負担して社員全員に随時「大阪万博」に行かせる制度を利用(悪用)して、大阪まで行かずに途中の名古屋で降りて最初の里帰りをした日。

当然に社長にバレて大目玉を食らったけど、それも懐かしい思い出。私にとっては万博なんか見学するより友達に会えることのほうが遥かに重要。何人かの同級生が名鉄「知多半田」駅の改札で待っていてくれて、母校の半田高校に移動。そこで同級生や後輩たち20人ほどで準備して開いてくれた歓迎会に。たまたま生徒会室の隣に中池に面した20畳ほどの広さの和室「茶法室」があって、そこが会場。

もちろん、携帯電話なんか無かった時代、よく連絡を取って集まってくれたものと思う。

最初の年は1年で5回も帰省していて、その度に歓迎会という名目で集まってくれていた。当時の同級生は全員、そして後輩たちの半分は今も交流がある。中には年賀状だけで続いている人もいるが。

卒業式の日は後輩たちから「一度に持ち帰れない」ほどのお祝いの品を頂いていて、えへん!、けっこう慕われていたんだろうな、と思う。どういうワケか、当時からいろいろ恋愛相談なんかを受けていて。

なんか、「50年、半世紀って、こんなに早く過ぎるものなの?」と感慨深い。不思議なことに、いつも、数年前の思い出より50年前の思い出のほうが「最近あった出来事」のような錯覚に陥っている。より印象深く、鮮明に覚えているからだろうか。そっか、上京してからもう半世紀以上たっているのか・・・。

私も友だちも50年の間にはいろいろあった。それをリセットして、ここから残りの人生を有意義に送りたい。昔からの友人はほぼそのまま残っていて、上京して以降、転々と職を変えたけどそれらのどの職場にも付き合いが残っている人たちがいて、この歳でも良き友だちは今も少しずつ増え続けている・・・。

たぶん、「ご縁」を大切にしているからだろうな・・・。人付き合いを「面倒くさい」 「鬱陶しい」と思わない性格だし。そもそも面倒くさいだけの相手なら付き合いを残さないけどね。今付き合いが残っている人たちは皆「素晴らしい人間性の持ち主」ばかり。私のほうが先に逝くかも知れないけど、これから歯が抜けるように一人また一人と欠けていくだろうから、今あるお付き合いを大切にして生きていきたい。

あ・・・、だから、私から「面倒くさい」 「付き合いきれない」と思われるようなら「よほどに問題ありの性格」だと思ってもらいたい。今までに何人かいて、我慢の限界で私から切らせてもらったけど。

それにしても、人付き合いはさほど面倒とは思わないけど、コロナとの付き合いは面倒なものだね・・・。

posted by poohpapa at 05:22| Comment(2) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昔を思い出して感傷的なノスタルジーに浸るというのは、老いなのでしょうかね。(´・ω・`)
『♪ダンシング・クィーン/アバ』と『♪ホテル・カリフォルニア/イーグルス』は、中学時代に一生分聴いたからもう流石にうんざりと思ってましたが、今聴くと凄く懐かしくて哀愁を感じます…("= =)。
Posted by ハリケーン at 2020年05月04日 14:00
ハリケーンさん、こんにちは

<<昔を思い出して感傷的なノスタルジーに浸るというのは、老いなのでしょうかね。(´・ω・`)

それはそうなんでしょうけど・・・、私は二十歳頃から「昔」(数年前)を思い出しては懐かしんでいました。同級生の女子(私の大親友)から、「坂口クンは、歳を取ったらきっと『あの頃は良かったなあ』と昔を懐かしむタイプよね」と言われておりました。その部分では昔も今も変わっておりません。

私にとっての「ダンシング・クィーン」や「ホテル・カリフォルニア」は、「遠い世界に/五つの赤い風船」と「二つの手の想い出/森山良子」ですね。聴いたら一瞬で昔に還ります。はい、哀愁を感じます。
Posted by poohpapa at 2020年05月04日 14:31
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