「グッド・ドクター」という番組がある。毎回視聴しているが、医師(医療関係者)や患者とそのご家族の心情に寄り添って丁寧に作られている。とくに、今回の第10話は良くできていた。
TVerで3回も観たけど、何度見ても涙が零れる。今回は、ドナーとなる子供の両親の心情、提供を受ける患者の心情、双方の葛藤など実に丁寧に描かれていた。視聴できるのは今日の22時54分まで。
実は、私は、体中の臓器と角膜の提供カードを持っていて、最終的には献体(医大生の手術の実験台)の登録も目指したが、元妻と義父母との二世帯住宅を飛び出る際の混乱で手続きが止まってしまっている。遺族全員の承諾も要るみたいで、なかなか大変そう。ま、今なら大丈夫だとは思う。
ただ、もう年齢的に私の臓器を誰かに使って頂くことはできないので、死後に私の体がお役に立てるとしたら献体だけじゃないかなあ。で、私は臓器提供とか献体で協力するが、若い頃から「自分は他人様の臓器の提供を受けることはしない」という考え方。両親から頂いた体で生きていけなくなったなら、それが私の死に時、ということ。だけど、それは私の考え方であって、「臓器提供を受けてもっと生きていたい」という人の考え方を否定したりはしない。そのつもりならドナーカードは持たないのだから。
それと・・・、我が子から臓器提供(生体移植)は受けない。それも、私は、という話。親が子供に臓器を提供するならともかく、自分の子供の臓器を提供してもらって、おそらく「その分、何らかの形で子供の健康を阻害したり寿命を縮める」であろうから、それで自分が生き長らえようとは思わない。誰とは言わないけど、我が子から生体肝移植を受けて今も生きている(生き恥を晒している)国賊がいたような・・・。
献体に関しては、こんな記事もあった。とても参考になる。
「最後は献体で」 登録が殺到、受付一時停止も
役割を終えて遺骨になって帰ってくるまでに月日が掛かるようだが、遺骨が帰ってきたら知人の伝手を頼って鎌倉の由緒あるお寺さんのご住職に経を上げてもらう手はずになっている。葬儀などしないで、それでお仕舞い。あとはラブ(以前に飼っていたシーズー犬)とノルンの側に行くだけ。
さて、そろそろ私も「形見分け」だけでなく、最期の準備をしておかなければ。
提供側はそれで誰かが助かれば嬉しいわけで、受容側は相手に対して引け目があるという…(´・ω・`)
映画『プライベート・ライアン』(なんでこんな日本語タイトルなんだ?)で、トム・ハンクス演じるミラー大尉が、
「ライアンは救う価値のある男さ。生きて家に帰り、病気を治したり、切れない電球を発明したりするんだ」
と言って、自分を納得させる場面があります。
1名の救出に、8人中ミラー大尉を含む6人がK.I.A.(戦死)してるので…
キーワード ⇒ 生体肝移植、親子、国賊 ⇒ 河野洋平
>>そろそろ私も「形見分け」だけでなく
そうですよ。早く断捨離をしてください。まず最初にバツイチになるのが確定の佐々木希クリアファイルから捨てて下さい。
映画『プライベート・ライアン』は題名は知っていますが観ていませんでした。「潜水艦 浮上せず」みたいに、一人だけは助かる、というのが確実なら「この中の誰が最も救う価値があるか」という判断でもいいのでしょうけど、それで決めたら左翼が「人権があ」 「平等があ」とか騒ぎそう。
あ、「潜水艦 浮上せず」のラストは、最初から最後まで「自分だけ助かろうとしなかった」水夫が一人分しかない救命装具を装着させられて脱出して、海面に顔を出すと遠くに岸辺が見えて、観客に「ああ、岸辺まで泳いで助かるんだろうな」と希望を持たせて終わりますが・・・、
私なら、そこでホホジロザメに喰われてしまう、というラストシーンにします。現実なんてそんなもので。
<<キーワード ⇒ 生体肝移植、親子、国賊 ⇒ 河野洋平
ああ・・・、誰とは言わなくてもバレバレでしたね。
そうそう、希ちゃんのクリアファイルだけでもいろんな種類で60枚は持っていますし・・・。あ、もしかして、たかさん、希ちゃんのクリアファイル、狙ってます ? (^◇^)
まあ、私が死んだら、うちのにメルカリにでも出品してもらって生活費の足しにしてもらいます。
親から子への臓器提供ならわかるけどね。
親への臓器提供した後で自分の子供が同じ病気になった時に腎臓や肺をすでに1つ提供しちゃっていて愛する我が子に提供できないなんていう間違いだけは起こってはいけないと思います。
あくまでも臓器提供は未来の短いものから未来の長いものへってのが原則だと思うw
<<あくまでも臓器提供は未来の短いものから未来の長いものへってのが原則だと思うw
まさにそこ (^◇^)
いくら適合性が良くても、自分で(父親として)産んでおいて、その子から臓器提供を受ける、考えられません。はなくろさんが仰るように、親に臓器提供した後で自分の子供が同じ病気になった時、もですが、自身が親と同じ病気になることも考えられますもんね。
後でそのような事態になったら死んでも死に切れません。まさか「戻す」なんてことできませんし。
ちなみに、可能性はゼロですが、うちのが「もしノルンが私の臓器を生体移植しなければ助からない、となったら、私は提供する」と言っていて、その気持ちはよく解かります。私も同じ思いでした。