2021年03月11日

拡散希望、ということでご協力、私も同感だから 6

これ、Facebook でも届いておりますが、NPO法人百人の会が「宣伝してくれ」と言うので、こちらの記事はNPO法人百人の会からの転載、ということに (^◇^)


川内時男先生の活動報告(基)
(元徳島県公立中学校校長)

84、胡散臭くなった人権と言う言葉(拡散希望)

 多くの日本人は人権という言葉に過大な幻想を抱いているようです。これさえ大事にしていれば自ずと明るい未来が開けてくるように信じているのでしょう。しかし、その人権があまねく浸透した今、社会はどうなったでしょう。

現代の人権は自分が気に入らない人間を攻撃する道具に成り下がっているのではありませんか。

 人権社会は不用意に他人に近づけばいつ相手から切りつけられるかも知れない怖い社会です。人間どうしの絆を深めるはずの人権も、原理主義に走れば「人権ナチズム」となり荒んでくるのです。「痴漢に間違われないように両手を上げてつり革につかまる」などは最早笑い話です。

どうしてこんなことに、と思われるでしょうが、実はこれは当たり前のことです。

日本人は「人権」と聞けばその中に崇高な理念が込められているように思うでしょうが、それは幻想に過ぎません。実は人権は自分の縄張りを主張するだけのものです。つまり「ここからは自分の領分、勝手に入るな」というだけのものです。

 狩猟民族にとっては縄張りは大切なのでしょうが、協調・共働で生きてきた稲作農耕民族である日本人からは生まれようのない概念です。第一「ここからは自分の領分」と主張するのは日本の村社会では無理なのです。

ところで、人権と道徳はどう違うのでしょう。同じもののように思われるかも知れませんが、本質は全く異なります。それどころか正反対な面もあるのです。権利は外に向けて主張しますが、道徳は内省的で自分に向けられます。権利は法的裏付けがあり強制力を伴いますが、道徳は法とは無関係で人に強制しません。人権どうしは時に衝突して対立を生みますが、道徳どうしは衝突しません。

 ある評論家が「人権が完全に守られるなら道徳は必要ない」と言いましたが、全く的外れです。これは裏返していえば「法に触れなければ何をやっても良い」と言っているに等しく、行き着く先は弱肉強食の荒んだ社会でしかありません。

以前私は「我が国には人権という概念はなかったが、義理・人情があった」と述べました。これを読んだ人の多くは「時代錯誤」と大笑いしたことでしょうが、実は義理・人情は日本人の古典道徳と言ってもよく、目指すところは人権よりも遙かに次元が高いのです。日本のお国柄を考えれば我が国は人権大国より道徳大国を目指し、道徳を軸とした健全な人権文化を広め、品格のある国家を目指すべきではないでしょうか。

 社会ではよく反戦・平和・人権などの言葉が飛び交います。実に美しい言葉です。しかし、これらをリベラルが好んで使うようになってからは、何となく胡散臭さを感じるようになりました。私だけでしょうか。



原文のままですが、改行は私が入れさせて頂きました。


「私は人権アレルギー」と何度も述べていて、私みたいな一介の市民ではなく、校長先生までなられた川内先生が主張なさると私なんかより遥かに説得力があります。まさに「我が意を得たり」です。

義理人情・・・、私は仕事でもプライベートでも、この「義理人情」を大切にしています。お年寄りに部屋を紹介する時に、いちいち「高齢者や弱者の人権に配慮して・・・」なんてことはありません。家主さんにも同じく人権がありますしね。間に入って落としどころを探る、なんてことはしょっちゅうです。どなたかが仰っていましたが、不動産屋は仲介業ではなく仲裁業なんですね。それに徹しています。

ついでに、私は「グローバル化」なんて言葉にも嫌悪感を持ちます。あ、もっと嫌いなのが「男女平等」です。「男女公平」「男女同権」なら賛成しますが、声の大きな連中が主張する内容の男女平等を推し進めたら、世の中、限りなく不公平な社会になります。今でも十分に女のほうが得をしているのですから男女格差が拡大するだけです。声の大きな連中の真の目的は「男女平等ではなく日本社会の崩壊」ですね。

ジェンダーフリーを訴える気違いたち、「オリンピックなどスポーツの国際大会で男女一緒に走らせろ、闘わせろ」とは言いませんし、ガソリンスタンドや居酒屋なんかの「レディースデイ」に文句をつけることはありません。女が得をすることにはダンマリを決め込んでいて、ダブルスタンダードです。

奴らがやっていることは、「学校のトイレや更衣室を男女で分けるな」くらいのもの。差別と区別、平等と公平、その違いも解かっていません。「頭が悪い」と言うより「気違い」なんですよ。

能力がある女性をしかるべきポストに登用しないのなら差別ですが、最初から「何割は女性に」などと目標設定するのは愚の骨頂。善良で良識ある市民は、そんなことで大声を上げません。声の大きな者どもに配慮してるんでしょうが、政治家や役人や公務員、何に怯えているのやら。

posted by poohpapa at 05:53| Comment(6) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>行き着く先は弱肉強食の荒んだ社会

これは極論ですが、まぁそっちのベクトルであることは確かでしょう。
「年功序列主義から能力主義へ」みたいなスローガンも、結局は弱肉強食の差別社会なので、平等な社会とは反対のベクトルですね。
こういうのが平等を唱える輩から発せられるのが不思議でなりません。

格差社会の推進は、公平ではあるかもしれませんが、平等には到底なりませんよね。
まぁ個人に与えられる機会は平等にするということなんでしょうけど…(´・ω・`)
正義の旗印の元に、弱者救済を実現しようとしている知的リベラル派の主張は、結局弱肉強食に帰結するというアンビバレント満載のコントですね。
Posted by ハリケーン at 2021年03月11日 07:55
ハリケーンさん、おはようございます

求められるべきは「機会の平等」であって、「結果の平等」ではありませんよね。彼らの主張でいけば入試なんかも不平等、ということになります。「しっかり努力して勉強した者も、遊んでいた者も平等に志望校に入れる社会にしろ」とは言いませんよね。言ってくれれば私も東大に入れたのに・・・。ま、卒業は出来なかったでしょうけど。

能力があって、努力した者が、それに見合った待遇を与えられないのであれば、国も企業も崩壊します。徒競走で予めタイムを計って差がつかないように組ませて走らせる・・・、狂っていますね。

ふだんの勉強はダメだけど運動会では輝いている、そういう子供がいてもいいでしょう。それこそが公平、だと思うのですが。


Posted by poohpapa at 2021年03月11日 08:55
不動産屋は仲介業ではなく仲裁業・・・・座布団3枚!
Posted by マスキ at 2021年03月11日 20:42
マスキ先生、おはようございます

不動産屋は数多ある職業の中で、お客様の人生に深く関わることが多い職種だと思いますね。なので、時に人生相談に乗ったり、愚痴を聞いたり、いろんな申請の手助けをしたり、何かのトラブルの解決のために骨を折ったり・・・、ま、部屋を紹介するだけでなく、お客様の生活や人生に深く関わったりします。もちろん、相手が望まなければ口出しはしませんけど。

部屋の紹介なんて、賃貸仲介管理に携わる不動産屋にとっては「仕事の入口」でしかありません。

なんて言っていて、私はついつい口を出したりプライバシーに踏み込んでしまいますが (滝汗
Posted by poohpapa at 2021年03月12日 06:40
表の看板と仕事の実態は違うことが多々ありますね。
「魚屋」さんであっても魚販売だけではなく、魚料理の料理教室。

私の生業は学習塾。生徒に勉強を教えるのはまさに入口。実態は親に子育の指南。親が変わらないと子供の成績なんか変わるわけがないから。

百人の会は、議員のサポート。一般からの意見、情報を選択して議員に届ける。そして議員の立法、政策に反映させる。
実態は、議員の政策相談係。当然プライバシーの話にもなる。時には議員続行か離婚かなどと言うような話もある。だからうかつにものが言えない。責任が発生するから。下手すると市民生活にもかかわってくる。以前に私のアドバイスで選挙に落ちた人もいる。
だから常に、議員に届けるべき有益な情報を探索しているわけです。

「生活や人生に深く関わったりします」「プライバシーに踏み込んでしまいますが」・・・・深さ加減、踏みこみ加減を考えるときのストレスは大変なものです。慎重に、かつ大胆にですから。

Posted by マスキ at 2021年03月12日 15:55
マスキ先生、おはようございます

マスキ先生のアドバイスで選挙に落ちた・・・、そんなことは無く、それは自己責任でしょう。

「百人の会」は極めて真っ当な理念で活動していらっしゃいますね。少し引いた位置から、あるいは俯瞰して物事を見て、特定の権力に阿ることなく公正な意見を発しているのは素晴らしいと思います。もちろん、議員が正しく理解して政策に生かしてくれるかどうかは別の問題ですが。

宅建業協会にも不動産政治連盟というものが付属して存在しますが、自分たちにとって都合よく法律を改正してもらうよう陳情という名を借りて圧力を掛けるのが目的で、公益法人とは名ばかり。

同じことを言っても受け止め方は人それぞれ、こちらは冗談のつもりでも相手はマトモに受け止めてしまったりして、取り返しがつかなくなることもありますので、相手に合わせる、というのは大変なストレスにはなります。でも、後で「ありがとうね、助かったよ」と笑顔が帰ってきた時の喜びは大きいので、何度か失敗しても相手のプライバシーに踏み込んでしまいます。

それを恐れて何もしなかった時の後悔のほうが大きい、と思いますから。

お互いに頑張りましょう (^^♪

Posted by poohpapa at 2021年03月13日 08:48
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