7月20日、郷里の母校の21期生の同窓会が開かれる。ファイナル、と銘打っていて今回で最後。とは言うものの前回がいつだったのか、は分からない。たぶん開催してはいたんだろうけど、同窓会(柊会)の名簿に私の名前は無い。名前の記載があって住所が不明、ではなく、いなかったことにされているみたい。
だが、昨年、中学の学年同窓会が開かれた際に帰省して参加して、その際に(それとは別に)柊会の幹事であるS君と会う機会に恵まれたので、私にも案内が来ることになった。私の交際範囲は広いので、「あいつ、今どこにいるか知ってる?」と誰かに訊けば、「ああ知ってるよ」になったとは思うんだけどね。
で、本当に(年齢的に言っても)取り敢えずこれがファイナルにはなると思うし、およそ55年前の同窓生には会っておきたい。こういう機会を逃したなら、お互いに卒業以来一度も会わずに死んでいくだろうから。
早々とS君に出席の返信ハガキを送って度々電話で(何人出席するか)出欠の状況を尋ねたりしていた。
で、昨日、S君からメールが届いた。それがまあ驚きの内容で・・・、
「昨日同窓会の打ち合わせが有り、坂口君に乾杯の音頭を取って頂きたいとのことになりました」だと。
なんで?、である。「嫌だ、やりたくない」と言うのでなく、うちの学年にはもっとその役割に相応しい同級生は他にいるだろう。出席するかどうかは不明だけど、国土交通省の審議官で事務次官補(事実上の事務次官)、愛知県の副知事、大企業の役員、医師や弁護士、各界で活躍している仲間はゴロゴロいる。
うちのが、「それは、おとうちゃんに『やっぱ帰るのやめた』と言わせない為の布石だね」と笑っていて、私もそう思った。人にはそれぞれ相応しい役割がある。いや、間違いなく私の役割ではないだろう。「では、乾杯の音頭を・・・」と司会者が言ったなら、みんなが「なんであいつなの?」と思うに違いない、ほんと。
それは、S君の思い遣りなんだろうな。高い交通費を使ってはるばる来てくれるのだから「いい思い出」を作ってもらおう、ということだと思う。いくら(前期の)生徒会長をやっていたとしてもね・・・。後期の生徒会長だったM君は不参加なので、それも(私に)決めやすい材料になったんじゃないかな、とは思うけどね。
いちおう、S君には「私なんかより相応しい人がいるのでは、と思います。私は、変更になっても全く気にしませんので、直前までご検討ください」と、メールしておいた。でね、S君からのメールを読み直していて、S君の気遣いに涙が出てきた。昨年までS君とは卒業以来半世紀も音信不通になっていたけど、私は「いい友だち」を持った、と思える。そして、声を掛けてくださっただけでも10人の幹事に感謝している。
S君、私と同じ時期に肺癌を患って数ヶ月おきに抗癌剤治療を受けている。私より長生きしてくれよ (^^♪
2024年06月30日
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