こんな体験をした人、そうはいないだろな、と思う。
昨日、第51回衆議院選挙の火蓋が切られた。前回は立憲の対立候補と支持者による「裏金議員がア」というネガティブキャンペーンで落選してしまった(うちの選挙区の)小田原潔候補(前外務副大臣)も立川駅北口コンコースで第一声を挙げた。たまたま、うちのと駅で待ち合わせしていたので暫し聴講した。
支持者である都議や市議の応援演説の後、小田原氏が所見を述べ、最後にこんなことを言う・・・。最前列にいた私に、「ここに立川の大先輩、坂口さんがおみえですのでお言葉を頂きたいのですが」と言ってマイクを私に持ってきた。実は、私は数日前に小田原さんの事務所でこんな話をしていた、それでかな。
「今回も立憲はネガティブキャンペーンを張ってくるでしょうから、街頭演説の際に、一有権者として『それは誤解である』と訴えましょうか?」と提案したのだ。党の関係者が言ったのでは言い訳にしかならないが、ただの有権者が言ったなら公正な意見になる、そう思ったのだが、スタッフは辞退。と言うのも、こちらから今その話に触れるのは逆効果、眠っている子を起こすようなもの、ということみたい。なるほどね。
その場には小田原氏本人はいらっしゃらず奥様がいらっしゃって凄く喜んでくださったが、その話はそれでお終い、消えたものと思っていたが、小田原氏には伝わっていたんだろう、それで突然の指名になったと思われる。だが、だからと言って私が裏金問題に触れるのはマズいに違いない。それで別の話をした。
「私は、自民党にとって嫌〜な話をします。私は今74歳、20歳で選挙権を得てから還暦くらいまでの40年間、実は自民党の候補者に票を入れたことは一度もありません。その主義を変えるきっかけになったのが小田原さんです。私が中学生の頃、修学旅行で東京に来て国会議事堂も見学しました。その際に、うちの選挙区は自民党候補3人、社会党候補一人がいつも当選していて、国会議事堂にそれぞれが挨拶に来ました。自民党の候補者は我々全員にお土産をくれました。非売品、と書いてある下に値段が書かれているお土産でした。社会党の代議士は、手ぶらでした。うちの選挙区の中学校、うちだけではありません。全部の生徒にお土産を持たせているとしたら、そのカネはどこから出ているんだろうか、そう考えて、私は『自民党には投票しない』と決めたのです。選挙権を持ってから40年、ただの一度も自民党の候補者には入れていませんでした。ですが、小田原さんに出会って、その考えが変わりました。簡単に言ってますが、それは大変なことなんですよ。40年間も貫いてきた考えを変えるのですから。結局、私は『最後は人』だと思うのです。どの党に所属しているか、どんな地位に就いているか、ではありません。私はこれからも小田原さんを支持し続けます」、と言って頭を下げた。ちゃんと伝わってくれたかな、と心配。
最前列で私の横にいた(私より高齢の)ご婦人が「良かったわよ、そうよねえ」と声を掛けてくれて安堵。
家に帰ってうちのに話したら、「いきなりマイクを持たされて大勢の前で話せるのが凄い、私なら無理」と言っていたけど、まあ、普通はそうだと思う。スケールは全く違うが、高校時代の生徒会長選挙の経験が今も生きているからだろうな。本来は子供のころから「あがり症」なんだけど、そういうことでは動じない。
少しは見直してもらえたかな、と期待しているんだけど・・・、そんなのは直ぐに普段の日常に戻るよね💦
それにしても、小田原さんが私にマイクを渡してくださったということは、小田原さんが私を信用してくださっている証なんだろうな。小田原さんのお陰で普通の人が体験できない「貴重な冥途の土産」を頂いた。
2026年01月28日
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