2016年01月15日

猫の恩返し

うちのが朝、勝手口から外に出ると、玄関ドアの傍に何やら大きな枯葉のようなものが・・・。

近づいてよく見ると・・・、ミッキーマウスのご遺体だった (´・ω・`)

病気になったりケガを負って、救けてくれそうな人間の家を探して彷徨い、我が家の玄関先までやっとのことで辿り着いたものの力尽きて死んでしまった、ということではないだろう。だいいち、この街でハクビシンを見たことはあるがネズミを見たのは初めて。タヌキなら以前うちの庭に来たことはあるけど・・・。

どうやら、野良猫が置いていったものと思われる。しかし、何のために・・・??、である。

ネットや本で調べると、人間に猫の狩猟能力を誇示したり、何かしてもらったことへのお返しで持ってくる、なんてこともあるようだ。我々に狩猟能力を誇示してもしかたないのだし考えられるとしたら後者。

うちの庭、野菜を育てている一角は土が柔らかいので、すっかり野良猫のトイレに使われてしまっていて、入れ代わり立ち代わり、いろんな野良猫が来ている。まるで「猫専用の公衆便所」である。

うちのはそれでも文句を言わず野良猫の落とし物を毎日せっせと片づけている (^◇^)

中には人間より義理堅い猫がいるのかもしれない。そんなふうに気を使ってくれるなら、どこかから「晴れ着のフチ子」でも咥えて運んできて、うちの玄関の前に置いてくれたら嬉しいのだが (#^.^#)

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2015年12月27日

ヤフオクの商品説明の間違い

ヤフオクで滝川クリステルのクリアファイルを探していて「あれ??」という出品に出会った。

滝川クリステル 直筆サインフォト」、というもの。

開始価格が5000円で、即決価格が8000円とあるのだが・・・、

写真とサインを見る限り、どう見ても、あの「路チュー常習犯」の山本モナ、である。それで出品者に連絡したのだが、直されないままずっと「滝川クリステル」として出されている。

出品者が「滝川クリステルだ」と信じて疑わないのか、私の連絡メールを見ていないのか不明だが、落札する側からすれば好きでないタレントのサインなど二足三文だし要らないもの。終わった後で話し合いで解決したとしても「悪い」評価が付くことにはなりそう。

これ、悪意の落札者がワザと落札しておいて、後で「詐欺だ」とイチャモンをつける、なんてことが無いとは言えない。私は入札する気もないし、無用なトラブルにならないよう指摘しておいたから、後のことは知らない。もしかすると「山本モナ」ファンの人が気付いて落札したりして・・・(それはないか😃

これは詐欺でなく単純ミスだとは思うが、もう10年も前、ヤフオクで私もこんな詐欺を体験した。

緊急でお知らせしたいこと」(2006年3月29日付けの記事)

ヤフオクは楽しいし便利だが、善意の人だけが参加しているワケではないので注意が必要だ。



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2015年10月16日

見習いたいもの

ふだん度々、岩手の岩谷堂羊羹のほうが虎屋の羊羹より美味しい、と書いているのだが・・・、

今般、虎屋17代当主が赤坂本店建替えの臨時休業に際して出した挨拶文は素晴らしいと思った。

ウニュ( with news )より、

「感動的」「商人の鑑」…虎屋17代の休業あいさつ文、称賛相次ぐ

虎屋の HP に掲載されている挨拶文の全文がこちら ↓


赤坂本店 ・ 会社からのお知らせ

2015.10.2

十七代 黒川光博より 赤坂本店をご愛顧くださったみなさまへ

赤坂本店、および虎屋菓寮 赤坂本店は、10月7日をもって休業いたします。
室町時代後期に京都で創業し、御所御用を勤めてきた虎屋は、明 治2年(1869)、東京という全く新しい土地で仕事を始める決断をしました。赤坂の地に初めて店を構えたのは明治12年(1879)。明治28年 (1895)には現在東京工場がある地に移り、製造所と店舗を設けました。

昭和7年(1932)に青山通りで新築した店舗は城郭を 思わせるデザインでしたが、昭和39年(1964)、東京オリンピック開催に伴う道路拡張工事のため、斜向かいにあたる現在地へ移転いたしました。「行灯 (あんどん)」をビルのモチーフとし、それを灯すように建物全体をライトアップしていた時期もありました。周囲にはまだ高いビルが少なかった時代で、当時 大学生だった私は、赤坂の地にぽっと現れた大きな灯りに心をはずませたことを思い出します。

この店でお客様をお迎えした51年のあいだ、多くの素晴らしい出逢いに恵まれました。
三日にあげずご来店くださり、きまってお汁粉を召し上がる男性のお客様。
毎朝お母さまとご一緒に小形羊羹を1つお買い求めくださっていた、当時幼稚園生でいらしたお客様。ある時おひとりでお見えになったので、心配になった店員が外へ出てみると、お母さまがこっそり隠れて見守っていらっしゃったということもありました。
車椅子でご来店くださっていた、100歳になられる女性のお客様。入院生活に入られてからはご家族が生菓子や干菓子をお買い求めくださいました。お食事ができなくなられてからも、弊社の干菓子をくずしながらお召し上がりになったと伺っています。
このようにお客様とともに過ごさせて頂いた時間をここに書き尽くすことは到底できませんが、おひとりおひとりのお姿は、強く私たちの心に焼き付いています。

3年後にできる新しいビルは、ゆっくりお過ごしになる方、お急ぎの方、外国の方などあらゆるお客様にとって、さらにお使い頂きやすいものとなるよう考えています。
新たな店でもたくさんの方々との出逢いを楽しみにしつつ、これまでのご愛顧に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

虎屋17代
代表取締役社長 黒川光博


何と言っても心が籠っているし老舗でなければ書けない話。「ありきたり」でないのが素晴らしい。

虎屋、といえば、いつも思い出す。帰省した際に虎屋の羊羹を土産にしていて、数年後に兄貴が上京して銀座に出掛け、虎屋に入った兄貴が「オマエが持ってきた羊羹、あんなに高かったのか!?」と驚いて飛び出してきた。以来、その価値を知らない人には高級品は送らない。例えば GODIVA とか・・・。

まあ、どちらが美味しいと思うかは好みの問題であろうが、岩谷堂はその日に製造された羊羹を、翌朝、社長が抜き取りで食べてみて、納得いかなければ全部棄ててしまうこともあるんだとか。一方の虎屋、何と言っても17代に亘って顧客から愛されて今も存続している。甲乙は付け難いかも(おい)

いずれにしても、なかなか真似は出来ないけど、商売人はかくありたい。

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2015年09月23日

どちらが立派か、などと考えてみる (*^_^*)

昨日、そろそろランチに、と思っていたら、大学生と思しき純朴な娘さんが店のドアを開けた。

「すみません、道をお尋ねしたいのですが・・・」とのこと。娘さんの後ろには若い男性がいて、明らかに障害をお持ちだと判る。体の障害ではなく精神障害のようだが、人に危害を加えたり暴れたりするような青年でないのは直ぐに判った。娘さんの言うことをちゃんと聞いていて、青年もまた純朴そうであった。

「かまいませんよ、どうぞお入りください」と言ったのだが遠慮して入らない。「外は暑いからどうぞ」と勧めると、ようやく中に入ってきた。目的の場所は行き過ぎていて、しかも方向が違う。この辺だろうと当たりを付けて航空地図を広げて、娘さんが手にしていた手書きの地図と比べて見てみたら、目的地は直ぐに分かった。うちの店からは途中で一回曲がるだけで着く場所だった。

地元の人間なら間違えることは無いだろうが、板橋から来ていて土地勘は無い、とのことなので航空地図をコピーして持たせてあげた。とても礼儀正しく、おそらくは親族とかではなくボランティアであろう。

で、ふと考えてしまった。

同じ世代の若者でも、国会周辺でデモに参加して「アベは辞めろー!」などと大声で叫んで国の将来を危うくしかねない若者と、この娘さんと、どちらが素晴らしいか、立派なんだろうか、ということ。

比較するのが間違いなんだろうけど、何の報酬も見返りもなく、おそらくはとくに感謝されないであろうボランティアで、誰かの目について称賛されることも無いのにしっかり(障害をお持ちの青年の)お世話をしている姿には頭が下がる思いである。板橋からここまで来る間にも、もしかすると好奇の目に晒されていたかも知れない。そんなことを気にするようではこういうボランティアは務まらないものだろうが、正直、私にはとてもできないことで、崇高で「立派」の一語に尽きる。

デモに参加している人たちが聞けば「我々も見返りも報酬も求めていない。日本の将来の為に・・・」と反論するだろうけど、そもそも方向が間違っているし、目立ちたがり屋が日頃の鬱憤のウサ晴らしとして安保問題を利用しているだけの話。全く自覚していないだろうけど一種の破壊活動でもあるし。

この娘さんが政治に関心を持っているかどうか、は分からない。どんな価値観か、どんな思想を持っているかも分からない。ただ、人間社会は、自己主張などとは縁が無い「ひっそりと目立たない地道な活動」をしている人たちによって支えられている一面もあると思う。デモに参加して暴言を吐いている若者たちとは対極にある若者であるのは間違いないと思う。ここんとこ「ああいう見っともない若者」ばかり見ていたから何となく心が洗われるような気がした。

いつものように缶コーヒーでも飲んでいってもらうか渡してあげようと思ったのだが・・・、急いでいたようだし、飲みながら歩くような人たちでもなさそうだったからやめておいた。

「お仕事中に済みませんでした。有り難うございました」と丁寧にお礼を言って出て行く娘さんたちの後姿を見ていたら感動して涙が出てきた。日本の将来は、若いのに思考停止に陥って物事を俯瞰して見られない奥田某みたいな浅薄な奴らではなく、こういう純真な若者に担ってもらいたいものだ。

posted by poohpapa at 04:56| Comment(4) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月19日

いつもの msn. から、こんなお話

ときたま、東洋経済は価値観が偏っていて「???」と思える記事を書いている・・・。

「灘→東大」3兄弟の子育てに学ぶ5つのコツ 生活動線を変え、母は受験勉強の秘書になる

 先週に引き続き、人気育児本紹介の第二弾は灘から東大理Vに3人の子供を送り込んだお母さんの育児法です。その中から私の4人の育児経験に照らし合わせて特に重要だと思う育児方針を紹介させていただきます。

 『「灘→東大理V」の3兄弟を育てた母の秀才の育て方』著者の佐藤亮子さんは3人の息子さんを灘中学に入れ、東大医学部に合格させられました。これだけでもすごいことですが、佐藤さんは3人の息子さんたちの勉強のお手伝いを、東大の入試日の前日までされました。文字どおり、母子二人三脚で成し遂げた快挙でした。

 佐藤家では、ここまで母親が関わらなくとも、子供さんたちはやり遂げたかもしれません。子供さんたちは勉強が嫌いだったわけではなく、志望校の目標は、それぞれ子供さん自身で設定しています。ではなぜ参考書選びから分刻みの勉強スケジュールまで母親が決め、子供たちはそれに従ったのでしょうか。

 それは彼女が、「子供が親元にいる18歳までは、とことん面倒を見て、一緒に学んで、導いてあげたい」と強く決意されたからです。その中の一つが、「勉強」でした。勉強ができれば、より多くの可能性が得られますし、知識を得る楽しさに気づくことができます。佐藤さんには、それらを与えることができるのは、子供を一番よく知る母親だという強い確信がありました。その与え方が、並みの方法でなかっただけです。

 佐藤さんは子供さんの幼児期に、「絵本を1万冊読ませる」と目標設定し、毎日、本を何冊も何冊も読み聞かせたそうです。我が家も毎日絵本を読み聞かせましたが、せいぜい100冊くらいだったように思います。1万冊とは仮に生まれた途端読み聞かせたとしても3歳まで毎日10冊読ませるペースであり、ここからすでに並みではありません。

 彼女はこのことで、日本の文化や考え方を、子供の心に根付かせることができたと述べておられます。私はそれ以上に、子供さんたちが母親と一緒に、活字に触れる楽しみを知り、母親の読み聞かせが習慣になったことが大きいと思います。

 中学受験だけでなく、大学受験のための勉強でも、社会や理科、国語などで、母親が音読して勉強を助けています。普通は子供も嫌がる方法ですが、佐藤家の子供たちは高校3年生になっても大いにこれを活用しました。当然のことですが母親の音読ですから、例えば国語の文章で我が子が知らない世界の内容が出てくれば、母親が解説を入れて、理解の促進につなげます。

 辞書を引かせる時間ももったいなくて、母親が引いて、子供に見せる徹底ぶりです。各論では賛否がある手法も散見されますが、子供がより多く勉強し、より多く活字に慣れさせるためのサポートという意味では頭の下がる思いです。

 育児において、子供に家事の手伝いはさせるべきでしょうか。私は注意力散漫な息子たちのために、遠足の支度などは私がしていました。お手伝いなども、させたことがありません。そんな時間のかかることに、私が付き合う気がなかったという理由からですが、子供の生活能力を伸ばしてやらなかったという悔いが、いつもありました。

 ところが佐藤さんはこの問題にも、「小さい頃から家事手伝いをしたからといって家事が好きになるわけでも上手になるわけでもない。そんな時間があるなら、今しかできない勉強をさせたり遊ばせるほうが、ずっといい」と、4人の子供たちが学校へ行く支度も、全部毎朝、母親がしたそうです。

 「お手伝いをする子に育てる」という言葉がありますが、そんな子に育てたいとは思わなかったと、彼女の育児目標は一貫してブレません。ブレがないどころか、「とことん面倒みて、育児を楽しみたい」という言葉にウソがなく、「とことん」もここまで徹底するとやっかみを入れる余地がなく、拍手喝さいです。

 ただし私の育児体験を振り返ると、子供にお手伝いをさせるのは別の教育効果があるように思います。4人の子供を振り返った時、早く留学して自立して生きざるをえなかった子供は何をするにも自立心があるのに対し、大学に行っても頻繁に私が面倒を見た子供は過保護がたたり、成人してからも家事の一切をできません。子供に家事をさせるかどうかは子供のタイプによっては、家事ができるかどうか以上に自立心の発達が遅れるように思います。

 佐藤さんは子供の受験勉強に伴う“雑用”をすべて引き受け、「受験勉強の優秀な秘書」とでも言うべき働きをされています。子供の家庭でのスケジュール管理を徹底されました。勉強→食事(この時に、暗記勉強の手伝い)→勉強→入浴などですが、子供さんたちも当然のように、否むしろ楽しんで、それに従っておられます。

 勉強のやりかたも、過去問は本番と同じ形式にプリントしなおしたものを25年分コピーするとか、何月までに何回回すとか、スケジュールを立てるなどの雑用はすべて母親の役目です。採点は母親で、その間も子供はどんどん先に進み、間違った点だけを、本人が後でやり直す方法です。ノートの取り方もすべて母親が編み出した方法で、膨大な参考書や問題集も、ほとんどは母親の選択に従ったものでした。

 勉強嫌いな息子を持った母親としては、信じられない光景ですが、佐藤家にはその下地がありました。佐藤さんは子供さんが小さい時から、散歩の時はいつも、図鑑をもって、お花の名前などを調べていたそうです。絵本1万冊も同様で、母親と一緒に学ぶことが日常的なことでした。その延長が18歳まで伸びただけのことかもしれません。

 母親の熱意と愛情と、子供の東大理Vへの強い目標がうまくかみ合い、二馬力にも三馬力にもなった最高のチームワークの勝利だったと思われます。

 このような二人三脚は、母親も子供さんも優秀だからこそできた方法だと、思われる方が多いでしょう。私もそう思います。しかし私たちのような多くの普通のお母さんにも、育児の参考にできるもっとも優先順位の高いものを考えれば、前述しました「知識を得る楽しさを教える」「幼少期から活字に慣れさせる」「親子のチームワークで勉強する」の3点に加え、以下の2点を挙げたいと思います。

 1・生活動線を変えよ〜テレビを遠ざけ、居間を勉強部屋に

 佐藤家は、4人兄妹の机はすべて居間にあって、キッチンとの間にこたつを置き、勉強と勉強の間の食事時間は、そのこたつで食事をされたそうです。食事中も、そのこたつ机で勉強を続ける子や、暗記を親が手伝う時間にする子など、さまざまです。それでもそれが日常で、雑音を気にする子はいなかったそうです。

 そして佐藤家では、テレビを2階の一番使いにくい部屋に置きます。テレビ画面を見るのは、佐藤家では非日常で、わざわざ2階の部屋へ上がって行かなければならない生活動線でした。つまらないテレビ番組をみるのは、家に悪い客を招き入れたのと同じくらい意味がないと言った人がいますが、全く同感です。

 受験生が受験時代にテレビをみなくてもまったく困らないのに、それを生活の中心の居間に置くことの愚かさを、遅ればせながら思い知った次第です。家に帰ってくれば、まず居間に入ります。その居間を勉強部屋とすれば、居間にいる限り、勉強より他にすることはありません。そして母子でいつも、その部屋で勉強するのが、日常になります。

 どちらかといえば勉強をすることが非日常の息子と共に、親子で居間のテレビ(主に笑点)ばかり見ていた私は、恥ずかしい限りです。

 2.勉強を教えるのではなく、勉強の仕方を教えよ

 佐藤さんは専業主婦で、確かに知的好奇心も強く、ご自身が読書などで絶えず勉強することも、大切な時間としておられる方です。しかしここで重要なことは、彼女が受験科目に精通していて、それを教えたのではなく、主として勉強のやり方を教え、やり易いようにサポートされたということです。

 中学受験の算数は難しいから、その手伝いは子供が問題を解きやすいように、1問ずつ余白十分のプリントに作り替えることでした。後の科目は音読や、気の利いた資料や参考書をそろえるなどで手伝いました。

 予定通り進まなかった子には、1日2時間ずつ挽回する方法を提示して、二人三脚で完遂しています。その積み重ねだったとはいえ、東大理Vの試験日の前日までサポートできること自体が、普通ではありません。

 佐藤さんご自身が頭脳明晰な方であることは確かですが、それ以上に、子供の教育に熱心で、ご自分の子供さんに合った勉強法を研究し、その実践に、最後まで付き合ったという点が中途半端でなく、それが重要なポイントだったと感じました。

 受験勉強でサポートしないのは、親が優秀でないから、というのは理由になりません。「膨大な数の絵本の読み聞かせや図鑑を日常で使い、親子で学ぶ習慣を作る」「子供の教育を最優先」「自分の子供に合った教育法の研究」「最後まで付き合う」は、普通の母親でも、真似ることができるのではないでしょうか。

 子供の受験勉強をサポートするうえで、私は本書に書かれていることの全てに諸手で賛成するわけではありません。子育ては家庭環境や子供の個性、親の個性によって最適な解は変わってくるはずです。またそもそも、受験勉強をさせる前に子供の意思をどう育み、進路に反映させるかなど、より重要な「そもそも論」もあるかと思います。

 それでも筆者の佐藤さんが試みられた「生活動線の工夫」と「子供の個性にあった勉強の仕方」のサポートの重要性は、親の仕事としてとても参考になるポイントだと思います。これらの努力と工夫の一つ一つが、本コラムの冒頭で述べた教育で一番大切なことである「子供に学ぶ楽しさを教える」ことにつながっているのだと思います。

 話題の育児・家庭教育本書評の最終回である次回は、私が最も紹介したい、話題の良書を論じさせていただきたいと思います。



リンク先のコメント欄では(僻みもあるんだろうけど)批判的な意見が多い。私は、誰も、と言うか、どこの母親も真似が出来ないことをやってのけたのだから、ある意味「凄い!」と思う。うちなんか3人の子供を東大の理Vどころか、良くて専門学校まで、しかも親はカネを出さずに新聞奨学生で行かせたのだから、そういう面からすれば、この母親とは「雲泥の差」だと率直に認めざるを得ないのだが。

でもって、この話に父親が全く出てこない、ということは母子家庭なのかなあ・・・。この記事を書いた記者の価値観もずいぶんと偏っているようにも思える。なんか、洗脳されてる、と思えるほどに。

たぶん、母と子の間に絶対的な信頼関係が築かれていることだと思う。子供が「東大に行きたい」と幼い時から望んでいたなら他人が文句を言う筋合いでもない。だが、何か引っかかる・・・。

人生にはいろんな選択肢がある。育って行く過程で多くの人と交わり関わって、そういう中から天職を探し出したり、何を学ぶかを子供自身に決めさせてもいいのでは、と、私は思うが、やはり僻みだろうか。

私からすれば、3人の子供を東大の理Vに合格させたというのは「まだゴールではなく過程」であって、本当に成功したかどうかは子供たちがどんな医者になったかで決まること。評価するには早い。

私の同級生の中にも東大や京大に進んで高い地位に就いた者や高収入を得ている者がいて、自転車操業で多くのトラブルと対峙しながら還暦を過ぎてなお働いていなければならない私とは大差がついているようにも思えるが、私自身は奴らより「圧倒的に勝ち組」だと自信を持って言える。

好きなことをして、たまに美味しい物を食べて、(働かなければ食っていけない事情があるにせよ)この歳で仕事もあって、何より、誰よりも多くの良き友人や恩師に恵まれているのだから最高の人生だろう。うちのや子供に何も財産は遺せないけど、それはそれぞれの人生だから自分で何とかすればいい話。

あちこち海外にも旅行して、テレビにもラジオにも出させて頂いて新聞や週刊誌にも載って、本も出して、結婚も離婚も再婚も子育ても、ついでに浮気もあせあせ(飛び散る汗)大手術も経験して・・・。中学時代の恩師と卒業後40年以上も経って二人で海外旅行させて頂いた人間、そうはいないだろうし・・・。

何をもって幸せと思えるかは人それぞれ。そのお母さんが「3人の子供を灘から東大の理Vに送ったこと」を誇りや自慢に思えたとしても、それはそのお母さんにとって、ということ。もちろん、ケチをつける気は毛頭ない。ただし、そのお母さんの本が誰かの参考になるのか、と言えば・・・、全く参考にはならないと思う。読んだとしても誰も真似なんかできっこないし。それでも「凄い」ことには違いないが。

私は、我が子が「他人を気遣える大人」に育ってくれたことで充分。ま、それでも、一人くらいは大学に進んでくれたら嬉しかったとは思う。う〜ん、やっぱり僻んでんのかなあ・・・わーい(嬉しい顔)

私の感想としては、「凄いのは認めるけど、だから何なの!?」くらいのもの(上から目線たらーっ(汗)

我が子ではないけど、今では「ハリケーンさんの娘さんが将来どう大化けするか」が最大の興味るんるん

ま、馬鹿でもいい、出世もしなくていい、事故なく健康でいてくれるのが親としての私の願いだから。



posted by poohpapa at 05:41| Comment(6) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月03日

今日の「とくダネ!」で取り上げそうな話題、私が先に(^◇^)

先ずは、この感動的なお話、ロケットニュース24さんから、

【凄いぜ若者!】高校生一同が「修学旅行には行きません!」と宣言 /その理由が “真似できないほど立派” だと話題に

学生生活の最大行事といえば、修学旅行! 京都に奈良、広島、長崎、東京などなど、クラスのみんなとの旅行を学生時代のハイライトに据える人も多いだろう。

しかし今回ご紹介する高校生たちは、
「修学旅行には行きません!」と力強く宣言したのだ。そして、その理由がとっても立派だと話題になっている。なんと浮いた旅費を、
ガンと闘う校長先生に寄付するというではないか!

・思い出よりも先生の命

米ニューハンプシャー州、ベスレヘムに位置するプロフィール高校。日本の “高校3年生” にあたる “シニア” の学生たちは、今年の修学旅行にニューヨーク州のアディロンダック・パークに行く予定だった。

しかし旅行の1週間前、突然の中止を発表。なぜなら、校長先生がガンだと診断されたことを知り、旅費を校長先生の治療費のために寄付することに決めたのである! 


・先生を慕っている生徒たち

今回、生徒から修学旅行の中止とその理由を告げられたコートニー・ヴァーショウ校長は、感極まりながら「生徒のみなさんの助けを受けていいものか……言葉がありません」と涙を浮かべた。

生徒たちは校長先生が大好きなようで、「みんな先生にはお世話になってきました。今が、恩返しするときなんです」「先生は僕たちのことをよく考えてくれます。だから僕たちも先生のことを考えたかったんです」と、
修学旅行が無くなったことを悔やむ様子など全く見せずに、先生へのまっすぐな気持ちを述べている。

・「他人に親切に」と校長先生の教え

これまで “自分のことばかり考えるのではなく、周りに親切にするように” と生徒たちに教えてきたヴァーショウ校長。どうやら教えは、生徒たちにちゃんと浸透していたようだ。ちなみに、生徒たちは修学旅行の代わりに、近場への旅行を計画しているとのこと。

困っている校長先生を助けるために生徒が立ち上がるなんて、なんとも素敵な学校。きっと日頃の校長先生の態度や人柄が、生徒たちの心を動かしたのだろう。生徒たちは、先生の姿をジッと見ているものなのだ。


参照元:WMUR、YouTube(英語)
執筆:小千谷サチ


▼生徒が先生に「修学旅行には行きません」と告げるシーンも

https://www.youtube.com/watch?v=66jOhW0HfAk

凄いよね、生徒全員から慕われ尊敬されているのだから。

私も高校時代に修学旅行には参加しなかった。今回のような感動的な話でなく真逆の話。

既出だが・・・、真冬に山陰山陽に出掛けるので、ふだん男子生徒のコートやセーターの着用を認めていないが修学旅行の期間だけ条件付きでセーター着用が許可され、その条件というのが・・・、

「セーターはカッターシャツ(ワイシャツ)の下に着ること」というもの。

それだとモコモコで着心地が悪いので、みんな文句を言ってはいたが職員室まで抗議しに行ったのは私だけ。学年主任が言うには「旅館で皆が一斉に学生服を脱いだら白いカッターシャツで揃っていれば、旅館の従業員の人たちから『この学校はよく教育が行き届いている』と思ってもらえる」とのこと。

強く抗議したけど学年主任の頭がカチカチで覆らず、「そんな馬鹿な教師と修学旅行に行けるか!」と思ったので参加せずに積み立てた旅費を返してもらった。それを癌だった校長の治療代に・・・、なんて話はなく、前から欲しかったSONYのラジオ「ソリッドステートIC-11」を購入。

本音では、ふつうは高校時代の一番の思い出になるべく修学旅行に「そういう理由」で参加しない生徒がいたなら教師も少しは考えるかも、と思ったが、教師はそんなことは全く意に介していなかったふらふら

当時は「おかしいと思っても自分で抗議しないような奴らが社会に出て使いモノになるとは思えない」と本気で思っていた。ま、劣等生の僻みだけど、予想通り、同級生が出世した噂話は今も聞かないわーい(嬉しい顔)

昔も今も、「自分は矢面に立たず、誰かがやってくれるのを待っていて恩恵にだけ与る輩」は多い。うちの宅建協会なんかもそんなのばかり。「おかしい」と思ったら堂々と言えばいい。正しいと思ったことを言うにはリスクが伴うが、自分で主張しない奴に限って陰で言うし、時に私の悪口が聞こえてくるちっ(怒った顔)

「あいつは変わってるから」と・・・。私が変わり者でなく自分が勇気がないだけのことパンチ爆弾

私は本人に面と向かって先に言う。そうすれば陰でも言ってても陰口にはならないから。

さて、今から2時間後の「とくダネ!」が楽しみである。きっと、この話を取り上げるだろう。

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2015年03月16日

自分を映す鏡・・・

昨日は朝一番で店舗をお申込み頂いたお客様のリフォームの準備のため待ち合わせ。店内をご覧頂いて、私は後をお任せして車で調布に向かった。府中街道から東八道路に入り、国分寺街道と交差する手前で、後続の車が激しくクラクションを鳴らす・・・。

誰か割り込みでもしたのかな・・・、と思っていると、信号待ちしていた私の車に30代半ばくらいの若い男が運転する黒い車が横付けして、窓を開けて私に一方的に喚き散らしている、と言うか、怒鳴っている。ならば、さっきクラクションを鳴らされていたのは私、ということになる。なんで??、である。

私は車線変更も追い越し追い抜きもせず、信号も守って直進車線を車間距離も適度に取って流れに乗って走っていたのだから文句を言われる筋合いはない。それで私に「どうしろと言うのか」、である。

よく聞こえなかったが「車線がどうとかこうとか」「どこを見てんだよ」とか、とにかくしつこい・・・。

それで私はどうしたかと言うと・・・、「私が何か間違ってましたか?。だとしたら申し訳ありませんでしたね」とサッサと謝ってしまった。でないと延々終わらなくて後続の車に迷惑が掛かるから。大声でずっと喚いているから何を言っているのか聞き取れないし、どうも同じことを繰り返していたみたい。

目の前には交番があるが、それでも、私が無視し続けたなら今度は車から降りてきて私を車から引きずり出そうとしたのではなかろうか。そこまでやらせたほうが良かったのかも知れないが・・・。

ヤクザではなさそうだが、あんなのが免許持って毎日運転しているのは凄く怖い話だと思う。高級車に乗ってたけど、あそこまでいくと一種の精神異常者で、そのうち何か事件を起こすタイプでは、と思った。

車のナンバーは「多摩〇〇 〇 0150」だということだけはしっかり覚えさせてもらった。次にどこかで出会ったなら直ぐに「ああ、こいつ、あの時の・・・」と思い出すだろう。

で、ふと考えた。

きっと私に怒鳴られている市職員や保険会社の営業マンは、こんな感じで(私がこの男を見るように)私を見ているんだろうな・・・、と。昨日の男は、まさに私にとっては「自分を映す鏡」だったかもふらふら

人間、人からガンガン怒鳴られたり叱られたりしている時、かえって冷静になって周りもよく見られるもの。そんなふうに考えられるゆとりがあるくらいだし。と、そんなことを考えながら一方で「そう思えるんだから私は人間としてはまだまだ良心的で謙虚なほうではなかろうか」と思ったりした(おいたらーっ(汗))

そっか・・・、もしかすると昨日の男と私は同じなのか・・・わーい(嬉しい顔)

ま、市職員も保険会社の営業マンも不誠実であるのは間違いないが、相手の言い分も少しは落ち着いて聞いてあげるべきかな・・・、とも思った。どちらに対しても、それでも譲歩はしないだろうけど・・・。

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2015年02月24日

引っ越しの立ち合いに行った帰りのバスでご一緒したお年寄り

引っ越しの立ち合いに行った帰り、バス停に向かうと、先に来ていたご老人がデジタル一眼レフカメラを首からブラ提げている。ストラップが黒地に黄色の刺繍だからニコンのカメラだと直ぐ分かった。

さらに見るとD300との刺繍。今のカメラの前まで私が持っていたカメラと同じである。私は持病の「カメラ買い換えたい病」が出てD800Eに買い換えているが、D300に不満があったワケではない。むしろDXフォーマットのカメラではD300は最高峰、フラッグシップカメラだと思っている。

画素数が1300万画素と抑えられているから、である。カメラに詳しい方に教えて頂いた話では、通常、素人が撮影するなら1000万画素も要らないとのこと。昨今の画素数を競うような新製品の発表はおかしい、とのことで、その根拠も解かりやすく教えて頂いたから私でも説明できるくらいにはなっている。

撮像素子がフルサイズではないにしてもD300は長く使える上質なカメラだと思う(おいたらーっ(汗))

で、バスが来るまで時間があったので、ご老人に「いいカメラをお使いですね」と声を掛けてみた。すると、そのご老人、「いやあ、年寄りには重いし、いいかどうかも解からないで使っているんですよ」と言いつつも嬉しそうだった。当たり前である。自分の持ち物を褒められて不快になるワケがない。もし不快になる人がいるとしたら、偽物やイミテーションと知ってて持っている人だろう。いや、それでも相手が騙されてくれたことで喜ぶかも知れない。

バスが来るまでの10分ほど、写真談議に花を咲かせ、乗ってからも二人とも最後部の席に座って終点までカメラや写真の話をしていた。近々奥さんと旅行に行かれるようでD300も持っていくとのこと。

もちろん、「D300は以前は私も使っていた」などとは言わない。言えば褒めたのがウソで嫌味になってしまうから。私の今のカメラについては一切話さず、あくまでD300の話だけで通した。

立川駅でバスを降り、互いに挨拶を交わしてお別れしたが、ご老人も私も互いに気分が良かった。

posted by poohpapa at 04:45| Comment(8) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月10日

桜田門を叱りつけた

昨日、ある用件で桜田門(警視庁の隠語)に電話していて、担当した警察官を叱りつけた。

苦情を申し入れるべく警視庁の広報課広聴係に電話をすると、先ず私の住所氏名電話番号を聞かれ、それから用件に入ったのだが、一通り聞いた後で「それはこちらの部署ではありませんので、一旦、交換に戻して担当部署に回します」と言われ、別の部署に再び最初から同じ話をした。もちろん私の身分も。

予め法務省に問い合わせて「その用件なら警視庁のこちらに」と教えて頂いたのだが「違う」と言う・・・。

回された部署に再び同じ話をしたら、「それなら担当部署はこちらではなく広報課広聴係です」とのこと。「最初に広報課広聴係に話をしたら『ここではない』と言われて電話を回されたんだけど、また元の部署に戻されて3度も同じ話をさせられるのはどういうことか」と言うと、「とにかく部署が違いますので」と元の広報課広聴係に戻されて、仕方なく、もう一度最初から話すことに・・・。

俗に言う「たらい回し」である。私からすれば「嫌がらせかよ!?」という思いである。苦情であることが分かっているのだし。全く別の部署に回されるならまだしも最初の部署に戻される・・・パンチ爆弾

電話に出た広報課広聴係の婦警に文句を言い、「警視庁に自浄作用はあるのか」と訊くと、「それはどういう意味ですか?」だと。どうもこうもない、「庇い合ってるんじゃないのか」ということである。

過去には、昭島警察のパトカーがサボタージュしていて、それがために、直前の車が右折禁止の交差点で右折したのに検挙しなかったことがあって、昭島警察に通報したら、逆に私の住所氏名、電話番号、本籍地、勤務先名称と所在地、電話番号まで訊かれたことがある。完全に嫌がらせである。挙句に「私どもでちゃんと処分なり注意なりしますので信用して任せて頂けないか」、つまり「アンタに結果を報告しないよ」と言われたが、それなら通報者のことを根掘り葉掘り訊く必要など無いではないかちっ(怒った顔)


たまたま電話している時に隣家のAさんのご主人が来ていて「(そういう場合)怒るからいけないんじゃないの」と言うが、これで怒らない人がいたなら不思議である。穏やかに話せば非を認めてくれるのなら私もそうするが、相手が公務員の場合それは有り得ない。相手が誰であっても「ダメなものはダメ」と言えないような人間ならクソの役にも立たないし、真剣だからこそ怒るもの。私は元々「怒らない人間」は信用しない。Aさんのご主人は人格者だが、常に冷静でいられる人間が人格者とは限らない。タダの臆病者であることは多いもの。子供の頃から現在に至るまでそんな奴(事なかれ主義者)は何人も見てきた。

自分は安全な場所にいて人に言わせて無傷でいて利益だけは享受する「ずるい奴」も多くいる。少なくとも、警察官も市の職員も、護っているのは市民の安全ではなく自分の立場であるのはよく判る。

基本的に、私は自分より地位が高い人、権力を持っている人には物事(思ったこと)をハッキリ言うが、自分より弱い人間にはキツく当たったりはしない。家賃の滞納者でも、開き直っている滞納者には厳しく当たるが、一生懸命少しずつでも払おうと誠実に努力している人に厳しく当たったりはしない。滞納者の中にも弱者と強者はいるもの。本当に払えないのか、払えるのに払わないのか、の違い、である。

さて、警察は「世の中で信用してはならないものの中で最たるもの」だと思う。厳密に言えば、信用してもいいけど信頼してはいけないもの、だと思っている。連休が明けたら改めて法務省に連絡しよう。




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2015年01月05日

さすがプロ、私の間違いを即座に指摘(#^^#)

私が元旦に必ず観ることにしている番組がある。テレビ朝日の「芸能人 格付けチェック!」である。

3日に伊勢丹B1のワイン売場に行って、いつものソムリエさんと雑談していて、その番組の話になった。ソムリエさんはご覧になってなかったらしく、「どんなワインで比較してましたか?」と訊く。

ご存じない方のために説明すると、数組の芸能人にワインや音楽(楽器)、食材、演出、芸術など様々なもので「高いものと安いもの」を二者択一で選ばせて、間違える度に「一流芸能人」→「普通芸能人」→「二流芸能人」→「そっくりさん」→「映す価値なし」とランクが落とされていき、過去には焼肉店を経営する梅宮辰夫がワインや牛肉で間違えて恥を晒している。経営者が貧乏舌では店に行く気になれないわーい(嬉しい顔)

出演者が、自分は不正解だと知らずに正解発表前にいろいろと薀蓄を垂れるのを見るのが愉快だったりする。ちなみに、歌手のGACKTは6年連続(36問連続正解)で一流芸能人の座を死守している。

今年出演していた泉ピン子は100本、GACKTは1000本のワインを家で保管しているんだとか。うちは10本にも届かない。しかも値段は高くても1万まで。それ以上の高級ワインは買えない。なので、その話を聞いて「間違えろ、間違えろ」と心の中で念じていたのは私だけではなかったろう(^◇^)

ソムリエさんに私が「一方はレストランなどでは1本100万円するラ・ターシュという白ワインで・・・」と話し始めると、「え?、ラ・ターシュに白は無いと思いますが・・・。DRCのモンラッシェではありませんか?。100万もする白ワインならおそらくそうだと思いますよ」と言う・・・。

そう言われてみると元々が下戸だけに自信が無い。それで、家に帰って録画を観直してみると、ソムリエさんが仰ったとおりDRCのモンラッシェであった。当たり前と言えば当たり前だが、即座にそう言えるのだから相当な知識の持ち主だと判る。さすがプロ、胸にソムリエバッチを着けているのは伊達じゃない。

驚いたことに、我々夫婦がワインの試飲をしていると馴染みのお客さんが菓子折を届けに来たりする。我々以外にもそのソムリエさんに信頼を寄せるファンが何人もいるということで、それも納得であった。

昨日ご報告に伺うと喜んでくださったが・・・、勉強させてもらったのでワインを1本購入して帰ったたらーっ(汗)

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2014年11月02日

変な人

店番をしていたら、30代後半と思われる男性が入ってきた。

「すみません、幸町に行きたいんですが・・・」と言う。「幸町のどこですか?」と訊くと、ポケットから皺クチャになったメモを出し、「幸町の(紳士服の)青木は遠いですか?」と言う。

それくらいの年代だとスマホくらい持ってそうな気もするが、私と同じガラケイ派なんだろうか(*^^)v

「とてもじゃないですが歩いて行ける距離ではないですね。バスが何本も走っていますからバスで行かれたほうがいいでしょう」と言うと、「電車賃で使っちゃったのであまりカネが無いもので・・・」だと。

それって「貸してくれ」とか「車で送ってくれないか」と言ってるのかな、と思った。きちんとした身なりで寸借詐欺でもなさそうだが・・・、待てよ、詐欺師は「身なりはきちんとしているもの」だったか・・・わーい(嬉しい顔)

過去には、こんな奴もいて、私は見事に引っ掛かったし・・・たらーっ(汗)

いくらお人好しでも初対面でそれはご勘弁頂きたいもの。だいたいが、目的地までの行程や運賃など前もって調べて出てくるのが当たり前で、そんなの自己責任である。

私も往復2時間歩いて「濃厚チーズ気分」を買いに行ったが、紳士服の青木までは同じくらいの距離だ。それにしても、青木が目的地なのか、青木はその近くに住む知人を訪ねるための目標物だったものか。

「どちらから来ました?」と訊くと「杉並からです」と言うから、紳士服を買うだけなら、いや青木なら近くにもあるだろうに・・・、と不思議に思った。漂ってくる雰囲気が普通の感じではなかったし・・・。

地図を示して丁寧に教えて、徒歩ではキツイことも話したが、「じゃあ、往きは歩いて帰りはバスを使うことにします」と言って出て行った。果たして本当に歩いたことやら・・・。

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2014年06月20日

昨日の記事の件で、早々に振り込んでくれました

ここんとこ毎日4時前には目が覚めます。10時か10時半には床についていて、いつも決まった時間に目が覚めます。一度目が覚めるともう二度寝はできない性質(たち)なので起きてしまいます。

その原因・・・、尿意をもよおして、ではありません、いろいろ悩み事があるから、であります。


さて、私が賠償請求の明細と誓約書(の雛型)を届けた隣人、昨日、早々に振込みしてくれました。

誓約書の文面に対して若干の質問はありましたが、「ここは納得いかない」「もっと安くならないか」などという(こういうケースでよくある)交渉事は一切なく、しかも対応が早くて有り難かったですね。直ぐに家主さんにも清算させて頂きました。これで万事解決、将来的にも不安は無くなったのか、と言えば、まだ分かりませんが、少なくとも「ちゃんと話が出来る相手である」ということは分かりました。

家主さんも胸を撫でおろしていらっしゃって、とても喜んでくださいました。

ところで、その家主さんとはこんなエピソードがあります。このブログの初期の頃に書いていますが、

今から15年ほど前、アパートのある部屋の給湯器が壊れて、交換する必要に迫られました。それを家主さんにどう伝えるか、で悩んでいました。と言うのも、別の家主のアパートで、設置してから既に14年経っていた給湯器の交換をお願いしたら、家主は「入居者に半分出してもらってくれ」と私に言いながら、入居者には「不動産屋に任せてあるから」と言って「いい顔」をしていました。

「減価償却はとっくに終わっています。もし入居者の使い方が悪くて壊したとしても、入居者に費用を請求することはできません。入居者の使い方も問題はないでしょうから自然損耗、寿命だと思いますよ」と言って家主を説得しましたが、実に不愉快でした。私にはその時のトラウマがあったのです。

他にも理不尽な要求をされたりしたので、結局、管理を降りました。私のほうから管理を降りた物件はいくつかありますが、不動産屋が飯のタネである管理物件を自ら手放す・・・、よくよくのことなんです。

で、もし同じようなことを言われたらどうしようか、と悩んでいましたので恐る恐る家主さんに電話すると、ご主人は「かかった経費があったら遠慮なく仰ってください。ちゃんとお支払いしますので」と笑っていらっしゃいました。以来、「この家主さんは(とくに)裏切れない」と肝に銘じて今もお付き合いさせて頂いております。そして、今回の件、であります。少し恩返しができました。

交渉の途中から「隣人が本来は真面目な人」と解かったので、こちらも穏やかに接しましたが、もし不誠実の極みのような人物だったなら今頃はどうなっていたか分かりません。ただ、もう少し早く解決していたなら先日退去してしまった入居者の方も「出なくて済んだ」のかも知れませんので申し訳なく思います。

それにしても、しみじみ、「人間みんないろんな悩みを抱えながら生きているものだなあ」と思いました。


posted by poohpapa at 04:55| Comment(6) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月19日

当社管理のアパートの住人に恐怖を与えていた男の話、の続編

先日の記事で書いた、当社の管理物件の住人に対して迷惑行為を重ねていた男から昨日のお昼に電話があった。私が届けた賠償請求の明細と誓約書について、である。

まず、29万円あまりの賠償金に関しては「支払います」とのこと。「誓約書の内容について2、3質問したいのですが・・・」と言うので、「今後もう迷惑行為をしなければこの先は請求しないし、これでとりあえずは決着しますよ」と丁寧に説明したら納得してくれた。私が「29万という金額は大金です。それだけの額を支払わされるのは痛いでしょうけど、それでも実費だけの請求なんですよ。もう深酒はやめて、親に心配かけないようにしてくださいね」と言うと、素直に「はい、有り難うございます」と言う・・・。

夕方、父親が心配して電話してきた。やはり息子を庇おうとしている雰囲気が感じられたので、それを制して「もう大丈夫ですよ。息子さんと先ほど話をしましたよ。ちゃんと納得してくれて『もうしません』と約束してくれました。息子さん、本当は真面目で優しい人なんですね。会社勤めのストレスが溜まっていて、それを話す相手がいなくて酒に走ってしまったんでしょう。私で良ければ話し相手になりますよ、と伝えました」と言うと安堵している様子が伝わってきた。「くれぐれも宜しくお願いします」とのこと。

この件で先日は、「世の中みんな人知れず苦労を背負っているもの。負けるかどうかは本人次第」と厳しいことを書いているが、打ちひしがれている相手に追い討ちをかけるようなマネは私はしない。

父親から「息子から、『管理人さん(にされてしまったふらふらは凄く優しい人だったよ』と聞きました。この度は有り難うございました」とも言われた。そう言われると、ちと面映いたらーっ(汗)

なぜなら・・・、

当初は私も相当にキツイ口調で話していたし、今、立川市の生活福祉課と揉めていて、担当者のAに対してはヤクザみたいに「テメエ、税金で給料もらってくんじゃねえよ!」と怒鳴りつけている。それは「公僕としての市民に対する責任」を自覚しておらず、言うなれば税金泥棒みたいな奴だからではあるが。相手がちゃんと話が通じるならそんなキツイことは言わないもの。その件は後日詳しく書くが、それこそテレビのワイドショーで取り上げられるんじゃないか、というくらい怖い話で、もし取り上げられたなら立川市役所は間違いなく世間から大バッシングを受けるであろう。そのうちネタを提供してやりたいものだ。

それだけではない。家賃は市から出るとしても内容自体が良くなくて家主さんの理解が得られないことが多々ある生活保護受給者の部屋探しに尽力してくれる不動産会社を減らすことになりかねない。そうなれば、困るのは生活福祉課、自分たちである。そういうことがまるで解かっていないから怒っているのだ。

市役所の職員は家主さんや不動産業者の命に関わるような大変なトラブルが起きているのに二言目には「個人情報(保護法)がありますのでお答えできません」「それは私の仕事ではありません」と言うが、自分は安全なところにいて他人事のようにトラブルの解決は民間に丸投げして押し付ける・・・。

役所というのはホテルと並んで一番のサービス業であろう。責任があるのに(課ぐるみで)逃げ回ってサービスの提供をしないなら、そんな部署も職員も「税金泥棒」と言われても仕方ないのではなかろうか。


この記事の表題の隣人トラブルに関して言えば、不動産屋の責任でも無償でする仕事でもないと思う。なぜ私がしているかと言えば、入居者に対して責任を感じているからである。そしてどちらのトラブルも、家主さんが日頃から我々不動産屋の苦労をよく解かっていてくださる方だから、ということに尽きる。

さて、今回の騒ぎを起こした隣人、近々飲みに誘ってみようと思っている。愚痴を聞いてあげるのも目的だが、互いに顔が見えていれば「もう迷惑行為をする確率は低くなるのでは」、と思っているからである。私は、そういうのも不動産会社(管理会社)の仕事だと思っている。

正直、「私がどこまで(無償で)やるか」というのは家主さんの人柄によるところが大きいが。



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2014年06月16日

当社管理のアパートの住人に恐怖を与えていた男の話

当社の管理物件に入居していた(夜逃げした)中国人家族に対して、夜中に投光器で強い光を浴びせたり、「中国人は国に帰れ!」と罵声を浴びせたりしていて、その後に入居した夫婦も同様の被害に遭って僅か1ヶ月で退去してしまった件で、ようやく加害者本人と話をすることができた。

「精神異常者か」と思っていたのだが、そうではなかったようだ。当初は年老いた親も「うちの息子じゃなくて他の酔っ払いが騒いでいて、息子はその男に怒鳴っていただけ」と言っていたが、その父親からも先日「なんとか調停で話をつけてもらえないか」と電話があった。ということは、認めた、ということ。

息子本人が電話してきて直接話してみると、意外と小心で、根は真面目なんだと分かる・・・。

何故そんなことをしてしまったのか、と言えば・・・、



理由は、酒だった。飲み始めると歯止めが利かない性質(たち)とのことで、要は、酒に飲まれていたのだ。「ご両親も86歳で、もう長くは無いですよね。あなたがそんなことでどうしますか?。いいかげんしっかり自立しなさいよ」と説教をしたら、素直に「はい、申し訳ありません」と平謝りだった。

「そろそろ両親を養老院に入れるかどうかも考えています」と言う・・・。53歳まで独身でいて、会社員とのことで、いろんなストレスが溜まって屈折していたんだろう。酒に逃げる気持ちは解からないではないが、世の中みんな人知れず苦労を背負っているもの。負けるかどうかは本人次第であろう。

家主さんと事前に相談して、家主さんが入居者に全額返した敷金と日割賃料、こんなことにならなければ本来は必要なかった原状回復費、そして、当社が入居者に返金した仲介手数料の全額と、当社で弁償した引っ越し費用を請求することにしていて、それが29万円あまり(追記参照)

それを支払うことと誓約書を出すことで「それ以上の請求」はとりあえずしないことにした。とりあえず、というのは、再び嫌がらせが始まったらその時は空室になっている部屋の家賃も補償してもらうことになるワケで、他にもいろんなケースが想定されるから、かなり厳しい内容の誓約書を作成した。

誓約書の文書と請求明細を届けがてら入居者のところに報告に行くと1人だけ在宅だった。「今は(アパートに向けられていた)防犯カメラも取り外していてカーテンも替えたみたいですね。ここんとこは静かですよ」とのこと。母子家庭でもあるし、さぞかし不安だったのでは、と思いきや、とくに気にしていなかった様子。それはホッとした。もし気にしているようなら見舞金を出す必要もあるだろうし・・・。

請求には家主さんと当社の損害分しか入っていない。入居者のことを忘れていたのではない。受けていた恐怖感や精神的な苦痛といった「心の被害」の計算までは出来ないので、それに対して具体的に「個別にいくら出してやってくれ」とは言えないから、である。見舞金の必要があれば、家主さんと相談して家主さんに出して頂くしかない。なので、家主さんや当社、入居者への慰謝料とか迷惑料は請求していない。29万円という金額は大きいが、それでも実害分のみであって、私は良心的な数字だと思っている。

これから空室の募集を再開するが、これで落ち着くのか、結果が出るのは相当に先のことだろう。かなり不安である。正直、たいへんな手間だし、もう勘弁してもらいたいものだ。

募集に際し「過去にこんなことがありました」と説明すべきかどうかも悩むところ。話せば借り手は付かなくなるか大幅に家賃を下げる必要に迫られるから、この先は何も起こらないなら、できれば話したくはないのが本音。逆に、再び嫌がらせが始まれば「重要な事実を隠していた」と責められることになる。

それにしても不思議なのは、シラフの時に防犯カメラを設置したのだし、酔いが醒めて窓側に置いた投光器を見た時に何も思わなかったのかな、本当に自分がしたことを解かっているのかな、ということ。

誓約書を出させて請求額を支払ってもらっても、隣にその男がいる限り問題や不安は消えない。



で、届けた誓約書の文面と請求の明細を下記に。



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2014年06月09日

「ブスの25ヶ条」なんだとか(^◇^)

当社は立川法人会には所属していない。していないのだが、毎月、立川法人会から会報が届く。

その中で、経営ジャーナリストの谷内さなえ氏の興味深い記事があったので抜粋してご紹介るんるん

なんでも、「宝塚の舞台裏に貼り出されている伝説の教え」なんだとか・・・。


「ブスの25ヶ条」

@ 笑顔がない
A お礼を言わない
B おいしいと言わない
C 精気がない
D 自信がない
E グチをこぼす
F 希望や信念がない
G いつも周囲が悪いと思っている
H 自分がブスであることを知らない
I 声が小さくいじけている
J 何でもないことにキズつく
K 他人に嫉妬する
L 目が輝いていない
M 責任転嫁がうまい
N いつも口が「へ」の字の形をしている
O 他人を恨む
P 悲観的に物事を考える
Q 問題意識を持っていない
R 他人に尽くさない
S 他人を信じない
㉑ 人生においても仕事においても意欲がない
㉒ 謙虚さがなく傲慢である
㉓ 人のアドバイスや忠告を受け入れない
㉔ 自分が最も正しいと信じている
㉕ 存在自体が周囲を暗くする



私はこれに下記の5項目を更に付け加えたい。

㉖ 自分は何をしても赦されると思っている
㉗ 私って綺麗オーラを出しまくっている
㉘ 化粧が厚い
㉙ 当たり前のように自分の財布を出そうとしない
㉚ 分不相応な高級品で自分を飾りたがる



あと「正しい敬語が使えない」とか「言葉を知らない」「マナーを知らない」とかも加えたかったが(*^^)v


私の持論だが、美人かどうかは外見の美しさでなく歳相応の分別と教養が内面から滲み出ているかどうかで決まるもの。どんなに見目麗しくても上記の項目にいくつも該当していたらブスと断定できるわーい(嬉しい顔)

結論!、「性格ブスが真のブス」ということ。ただし、これらの大部分は男にも言えること、である。

ちなみに、私の周りには上記に1項目も該当しない女性、何人もいる。もちろん、どなたも美しい。


posted by poohpapa at 05:48| Comment(2) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月25日

驚いた年寄り

昨日、ふだんは車で行っている調布の家主さん宅に伺うことになっていたのだが、会社を出る時に「今日は運転しないほうが良い(事故を起こすかも)」という予感がしたので電車とバスを乗り継いで伺った。

と言っても、それは往きの話で、帰路は家主さん宅から中央線の武蔵境駅まで歩いたのでバスは省略。アパートの前がバス停だがバスは行ったばかり。普通に歩いて1時間ほどで、いい運動にはなった。

往きは武蔵境と三鷹と吉祥寺の3駅からバスが出ていて、家主さんから「武蔵境からが一番確実かも」と教えて頂いていたが、たまたま立川駅で特別快速に飛び乗ったので三鷹からバスに乗ることに。

既に10人ほど並んでいたので時間表を見ることなく後ろに並ぶこと20分、ようやくバスが来た。並んでいる間、前のほうに並んでいた高齢の男性が私のところまで来て「柱の向こうに並ばないと自転車が突っ込んでくるよ。私は何度も見てるから」と言って、整列し直させられたりした。まあ親切なんだろうけど、私は列からはみ出ていたワケではない。太い柱があって、どちらに立つか、だけの違いだったのだ。見ると、私だけでなく他の人たちにも同様に注意している。仕切るのが好きなお年寄りなんだろう。

で、そのお年寄に私が驚いたのではない。

バスは、神代植物公園で開かれている薔薇の催しに合わせての臨時便で、非常に混んでいた。私は座らずに最初から立っていたが、後から乗車してきた70代半ばくらいのご婦人がシルバーシートに座っていた60代後半のご婦人から席を譲られて「私も直ぐ降りますから」と断っていた。だが、座っていたお年寄は次のバス停で降りたが、立っていたお年寄は直ぐ降りなかったし、空いても座らなかった。

遠慮しただけなのか、私のほうが若い、という女のプライドだったのか、は解からない(*^^)v

バス乗り場には係員がいた。列が長くなっていて、後で乗り込むお年寄りが何人もいるのだから、最初から高齢者を列の前に並ばせるとか、係員の配慮があっても良かったか・・・。空いてれば代わってあげることも可能だが、混んでいたならそれも出来ない。自分の役割は「案内だけ」と思い込んでいるようだ。

老人が老人に席を代わろうとする・・・、それも、私が驚いた年寄りの話ではない。では何かと言うと、

途中のバス停を出てバスが信号待ちをしていると、ドンドンドンドンと音がする。みんな「何の音??」と思っていたようだ。乗務員が車外に向けてスピーカーで何やら言っていたが、それでも再びドンドンドンドンと音がする。外を覗くと、70歳くらいの男がドアを叩いて「乗せてくれ」と言っていたのだ。乗務員は当然に「バス停でないところから乗せられない」と言っていたようだが年寄りは諦めない。

そのままでは事故が起きかねない。仕方なく乗務員が前方のドアを開けると、乗り込んできた年寄りは乗務員の目の前に、悪びれることなく大きな顔でシルバーパス(高齢者の無料パス)を突き出す・・・。


「馬鹿野郎!」であるパンチ爆弾ちっ(怒った顔)

無料パス分の代金は市からバス会社に支払われているからそれ自体は気にすることはないが、そうであっても、この年寄りは自分では一銭も払っていない。だったらせめてルールぐらい守れよ、である。

こんな年寄りにはなりたくないもの、と思った。いや、昨日の乗客は内心みんな思っていたことだろう。


posted by poohpapa at 05:35| Comment(14) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月05日

中央線の車内での二組の親子連れ

どうにか風邪を治して岩手に行ってきました。二泊三日ですが正味の滞在時間は41時間というトンボ帰りの帰省です。世話してくれる人はいますが、それでもずっと、今頃は「おかあちゃん、どこに行ってしまったんだろ・・・」と不安になっているに違いないノルンのことが気になって落ち着きませんでしたね。

往きの新幹線は18席の座席数に対して乗客は8名、帰りは3割程度の乗車率でガラガラでした。今日あたりから本格的な帰省ラッシュが始まるようです。

で、往きの中央線と帰りの中央線で見かけた二組の親子連れについて、忘れないうちに書いておきたいと思います。東京駅に向かう中央線はお昼近いこともあって立川から座れましたが、途中の中野駅で2歳くらいの女の子を抱っこした若いお父さんが乗ってきました。少し離れたところに立っていましたが声を掛けて座ってもらいました。すると、その若いお父さん、丁寧に礼を言って私と代わり、東京駅で降りる際にも改めて礼を言い、さらに抱っこしていた娘さんにも「おじちゃんに有り難うって言いなさい」とまで言っておりました。もちろん、そこまでして頂かなくてもよいワケで、かえって恐縮してしまいました。

いっぽう、帰りの東京駅で、中央線に乗る際、一本見送って並んで座りましたが、発車間際に4歳くらいの女の子の手を引き、1歳ちょっとの女の子を抱っこした若いお母さんが乗り込んできました。

一本見送って並んで座らないのですから「直ぐ降りるのかな、せいぜい新宿あたりで降りるのかな」と思っていましたが、正直、目の前に立たれるのは辛いものがあります。こちらも荷物が多くて膝の上に抱えていたりしていて、それでも他人の目には「冷たい人だ」と映るかも知れません。途中の「お茶の水」あたりから乗ってきた人にはそう思われてしまうものでしょう。私も子育て中に経験していて、子供を抱っこして電車に乗る辛さは解かっていますからいつもなら代わりますが・・・、代わりませんでした。

座って帰りたいなら自分が少し努力すれば座れるのですから、まあ自己責任ですね。そうであっても人様に迷惑や不快な思いをさせることになるなら、自分が必要なくても気を使わなければ、と思います。

直ぐに、私の隣に座っていた60代半ばのご婦人が席を譲りました。席を譲られた若い母親、なんと、自分が座らず4歳くらいの娘に座らせたんですね。それには、席を譲ったご婦人も「え??」という顔をしていました。まるで解かっていないんですね。私も「おいおい」という思いでいました。

さて、その親子連れがどこで降りたか、と言うと・・・、



なんと、国立駅です。

東京駅からは45分です。急いでいるふうにも見えませんでしたし、どうして東京駅で並んで座らなかったんでしょう。小さな子供を抱っこした親子連れが乗ってくれば常識ある人なら席を譲ります。これが始発の東京駅からでなく途中駅から乗ってきたなら仕方ありません。誰かに席を譲ってもらうつもりなんかなく乗り込んできたのかも知れませんが、だとしたら、ご婦人から席を譲られても辞退して欲しいものです。もっとも、それだと目の前で座っている我々が他の乗客から冷たい視線を浴び続けることになりますが。

自分はそれで良かったり、そんなつもりはなくても、人様に気を使わせてしまうことは多々あります。席を譲ったご婦人はさぞかしガッカリしたと思います。下手すれば、誰かがもう一席譲らなければならなくなったりして・・・。「こんなでは碌な母親にはならんだろうな・・・」と思いました。母親だけでなく、こういう母親に育てられた子供も、ですね。

私がもし東京駅から一つ目の駅の神田駅から子供を抱っこして国立駅まで行くとしたなら、急ぎでない限り東京駅まで戻って並んで座るでしょうね。御茶ノ水駅から乗るのであればそんなことはしませんが。

私もずっと以前、東京駅で並んで座ったら発車間際にお年寄りが目の前に立ったので席を代わったことがあって、一日の仕事を終えて帰宅するところだったので、正直辛かったですね。シルバーシートのほうに行ってくれよ、と本音では思いました。もちろん、電車の座席は全てが優先席なんですが。その時はお年寄りは荻窪駅で降りましたが、その後はもう座りませんでした。年寄りであっても始発駅から乗るなら(若い人の善意をあてにすることなく)ちゃんと並んで座るべきだと思いますね。ドアが開いてワッと乗り込むのが危ないし嫌だ、ということもあるでしょうけど、東京は「我先に」にはなりませんから。

そんなワケで対照的な二組の親子連れの話でした。



posted by poohpapa at 07:45| Comment(4) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月18日

勝手に「ほのぼの」している話^_^;

最初の大雪の際にAさん宅の駐車場の雪かきをしていた時の話、たぶん11日の火曜日だったと思う・・・、朝6時半から私が作業を始めていたら、年の頃は70歳近いお年寄りが私に道を尋ねる。

「高松町の2−2ってどの辺だか?」

何かの工事現場らしい。「何か場所を詳しく書いてあるモノをお持ちではありませんか?」と訊くと、手に提げていたビニール袋から一枚の紙を取り出して見せてくれた。そこには所番地の他に、「ヘルメットは個人で持参のこと」と注意書きがあった。

雪国ほどではないにしても、その時は(ある程度の雪かきはしてあっても)東京も真っ白。時間も早朝の7時ごろで、見渡すと人影は全くない。目的の場所を通り過ぎて私のところまで来てしまったんだろう。

「この番地は私の会社の裏手ですね。今、何かの工事をしているのはあの辺りです」と場所を教えてあげたのだが、僅かな会話の中に東北訛りがあった。その歳で出稼ぎなんだろう、ジーンときた。

「お国はどこですか?」と訊くと「青森だ」と言う。「青森のどこ?」と訊くと「野辺地(のへじ)だ」とのこと。それで「野辺地にフジヤさんという時計屋さんがあるでしょ?」と訊くと「あるある」と笑う。

異国(みたいなもの)で郷里のことを少しでも知ってる人に会うとホッとするんだろうな、と思うから、私は出身地を訊いて、そこに「こういう時計屋さん(眼鏡屋さん)あるでしょ?」と訊くようにしている。高校を卒業後に勤めた眼鏡光学器の卸会社での経験がこんなところで役立っている。

朝の6時半から作業をしていて、人と会ったのはその出稼ぎ老人だけ・・・、じゃなかった、まだいた。

駐車場の向かいの家の息子が駐車場に車を乗り入れて、私にガンつけてたし、あともう一人、7時半頃、隣のTさんが窓を開けて話しかけてきたんだった・・・。家の中から見ていた人もいるようだし・・・。


中学時代、国語の教科担任の先生が、こんな話を聞かせてくれた。ある年の卒業生で、わりと優秀だった生徒が家庭の事情で進学できず、成績が良くなくて進学できなかった生徒と同じ小さな町工場に就職することになって、優秀だった生徒は仕事もよくできて、経営者からも信頼されて、経営者は「ゆくゆくは娘と結婚させて工場を継がせてもいいか」とまで思っていたんだとか。

ある日の夕方、工場長が会合に出掛けることになって、「工場内を掃除して片付けて帰るよう」工員たちに言い付けて出掛け、忘れ物をしたのに気付いて数十分後に戻ってみたら、優秀なほうの男は机の上に座って自分は何もせず、優秀でなかった男にあれこれ命令をしていただけで、片付けの作業は優秀でない男が黙々としていたとか・・・。上司や人が見ているところでだけ真面目にやっていて、他の人が見ていなければ手抜きしたり何もやらない人は多いが、どこで誰が見ているか分からないのだから、いつも真面目にしていなさい、という話であった。何となく、先生の作り話のような気もする・・・。

さしずめ今回の雪かきでは、私は「優秀でないけど黙々と作業をしていた男」であって、自宅の窓から指示だけ出していたTさんや、家の中から様子を窺っていたけど出てこなかった人たちは「優秀だった男」というところか。先生から教えてもらったかどうかに関係なく、私は人が見ていても見ていなくてもやることは同じ、であって、そういうのも信用だと思っている。経営者の娘との縁談など一度も無かったがわーい(嬉しい顔)

その国語の先生、正直、あまり好きではなかったが、ある授業の冒頭で私が褒められたことがある。

「みんな、この教室の中を見回してみなさい。あれもこれも、みんな〇〇(私)が書いて貼ってくれたり、皆が壊してしまったゴミ箱を休みの日に学校に出てきて直してくれたり、運動会の応援旗も〇〇が作ってくれたものだよ。そういうのをみんな忘れていてはいけない」と・・・。

担任でもない国語の先生が、なんでそんな話をしたのかは分からない。私は、ただ好きでやっていたことで、べつに皆に感謝されようと思っていたワケでもない。級友たちが知っていても知らなくても、感謝の言葉を掛けてくれてもくれなくても、そんなことはどうでも良いこと。かえって気まずくなってしまったたらーっ(汗)

雪かきだって、近所の人が知っていても知っていなくても関係ない。私の評価が上がろうが下がろうが、私にとってはどうでも良い。私が自分自身に課しているのは「いつも同じ態度でいる」ということ。私はそういうことも信用の尺度になると思っている。そうしていると損をすることも多々あるから、うちの店は儲からない。儲かりはしないが確実に食っていける。私はそれで充分である。

また今晩から雪・・・、再びどんな「ご近所ドラマ」が展開されることやら・・・(*^^)v







posted by poohpapa at 08:29| Comment(4) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月31日

ある方から頂いた年賀状にとても感動した話

早いもので、つい先日「新年を迎えた」と思っていたら、もう1月も終わり・・・。

月が明けないうちに年賀状のお話。

毎年200枚近くの年賀状を出し、先方からも頂いているのだが、とても印象に残った年賀状があった。 

私の長男の保育園の先生からのもので、私の子供たちは3人とも保育園に通っていて、それぞれ当時お世話になった先生(保母さん)とは今も年賀状でのご厚誼を頂いている。もう30年以上にもなる。

で、長男がお世話になった先生は、同じマンションの、私が3階、先生が1階に住んでいて、先生は息子さんとの二人住まい。その息子さんに私が万年筆を贈ったらしいのだが、実は、私はよく覚えていなかった。どういう経緯でなのか、先生のほうは毎年その万年筆を使って私に年賀状を書いてくださっているらしい。今の若い方は万年筆みたいな筆記具を使わないからだろうな、とは思っているが・・・わーい(嬉しい顔)

年賀状によると、息子さんが高校卒業時にピアノの調律士を目指していて、私が「電話帳から近隣の楽器店のリストを作って届けた」のを今も感謝してくださっているとか・・・。実は、それも覚えていない・・・。

うちのからも娘からも「恩着せがましい」と常に非難されている私が・・・、である。たぶん私は、その時は恩に着せるが直ぐ忘れてしまうタチなんだろう・・・たらーっ(汗)

だが、そういう些細なことを今も忘れずに覚えていてくださる人がいる、というのは凄く嬉しい。これからも、私が死んだ後で私のことを懐かしんでくれる人が一人でも多くいてくださるように努力したい。

のだが・・・、私には敵も多い。私のことを好きな人と同じくらい(の数)私を嫌う人もいることだろうふらふら

ま、いいや。私は誰からも(100%の人から)好かれるような人間にはなりたくない。そんな人間は世の中の役にも立っていないことだろうから。これからも適当に敵を作りながら生きていきたいと思う。


posted by poohpapa at 06:22| Comment(4) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月13日

読売新聞の編集手帳より

うちら夫婦がよく食べに行く「バーミヤン」には読売新聞の朝刊が置いてあり、「ご自由にお持ちください」とのこと。持ち帰ってじっくり読みたい記事がある時など、たまに頂いて帰ることがある。

6月11日付けの朝刊の「編集手帳」欄に、こんな記事があった。感動したのでご紹介させて頂きたい。
(読売新聞を取っていて)お読みになられた方も多いと思うが・・・、


長谷川伸のニセ者が熱海の温泉旅館に泊まった。「旅先で金が不足して困っている」と、従業員の女性に無心した。金を用意すべく女性が実家に戻ったあいだに、ニセ作家はボロを出して御用となった◆話を伝え聞いた長谷川は、この旅館を訪ねて女性に礼を述べた。「一面識もない私に金を用立てる気になってくれて、ありがとう」と。長谷川門下の村上元三氏がある随筆に書いている◆「瞼の母」などで知られる長谷川は一家離散で小学校は2年しか通えず、早くから浮世の辛酸をなめている。他人の情けによって刻みの深い人生観を培った人ならではの挿話だろう◆ニセ息子が跋扈し、電話の相手は詐欺師かと、まず疑わねば身を守れないご時世である。女性の善意に発した軽率さと、その善意に知らぬ顔でいられない作家のこまやかな心と、どちらも妙に懐かしい。きょうはその人の没後50年の命日にあたる◆震災後、折に触れて胸をよぎる長谷川作の都々逸がある。<渡る世間は丁目と半目、善いと悪いは一つ置き>。そのたびに、「そう悪いことばかりは続かないさ」と肩を叩かれた、そんな気がする。  (原文のまま)


私が何に感動したかと言うと・・・、

未遂に終わったとはいえ女性が金を用立てようとした相手は本物の長谷川伸である。女性は長谷川伸本人だと思っていたのだから当然にそういうことになる。ならば自分と関係ないところで起きた事件であっても長谷川伸が女性に感謝したのは当然のこと。当時は現代のように顔と名前が容易に結びつかないもの。昨今ではそんな話が聞こえてきても「ネタにして笑うだけ」という有名人も多いのではないか。新幹線もない当時、有名作家がわざわざ熱海の宿を訪ねてその女性に礼を言った、ということに感動したのだ。

最近はそういう人、以前よりずっと減っていると感じている。不況とはいえ半世紀前とは比較にならないくらい物質的にも経済的にも豊かになったが、反面、人の心にはゆとりが無くなっている。私が言うと恩着せがましくなるが「アンタ、私によくそんなことが言えるよね(できるよね)」と言いたくなる人はけっこういる。裏切りは以ての外、見返りを期待しているのでもなく、せめて忘れずいてくれたなら嬉しいのだが・・・。


ちなみに、長谷川伸氏はこういう人、私でも子供の頃から名前を存じ上げていた。今の世を生きている我々には想像もつかない壮絶な苦労なさっていた方だと解かる。池波正太郎氏の師でもあったようだ。

合掌

posted by poohpapa at 06:57| Comment(0) | エピソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする