2020年01月12日

全部じゃないけど、ほぼ同感

産後直後でもきれいな篠原涼子を見た旦那の発言に…妻が一枚上手な切り返し!
citrus 編集部  2020/01/11 16:44

うちでもよく話題になるけど、例えば藤原紀香が何歳(いくつ)になっても綺麗なままで、「いくらカネかけてんだろね」と余計なお世話で突っ込んでて、あそこまで美貌を維持するのは一般人には無理。うちのだって、私に甲斐性があれば「知り合った当時のまま」でいられたのかも、と思ったりして。

よくCMで「この人、何歳に見えますか?」なんてのがあって、一見すると凄く若くて綺麗な女性が出ていて、「実は50歳なんです」、と化粧品を勧めるやつ。あれは「逆サバ」だと疑っている。本当は30代半ばくらいの女性を出しておいて「50歳」と言っているんじゃないかと・・・。私が「あれで50歳なら抱いてもいい」と言うと、うちのから「誰も頼んでいない!」と突っ込まれたりして、ま、それくらい嘘っぽい。

世の男性の多くは「女房にいつまでも若く綺麗でいてほしい」と願っているだろうけど、私は全くそんなこと考えない。カネをかけるのが惜しい、とケチっているのでなく、老化に伴って当たり前に外観が太ろうが肌が衰えようが皺が増えようが、うちのの本質が変わるワケではないから私は全く気にしない。もちろん、本人が「少しでも若く」と願って自分に合った高級な基礎化粧品なんかを使うのは全然問題ない。

ただ、太られるのは問題ないが痩せられるのは困る。久しぶりに田舎に帰った時に義母さんから「あんた痩せたね、なんかやつれたみたい。旦那さんとうまくいってないの?」なんて言われたら辛いから。

上の記事にあるコメントにはほぼ同感。とくに「えんかれ」さんのコメントは切れ味鋭く秀逸。

でもって、これを書くとうちのが怒るかも知れないけど・・・、

昨年の11月、片山津温泉の「湖畔の宿 森本」に泊まった時、部屋に柴山潟を一望できる露天風呂が付いていて、「せっかくだから一緒に入ろうよ」とうちのに言ったんだけど断固拒否。私は二度、うちのも私が爆睡してから入ったようだけど、15年ぶりに一緒に風呂に入る夢は叶わず残念だった。もちろん、この歳だから「風呂でチョメチョメしよう」というHな妄想を抱いていたのではない、ほんと。二人で温泉に浸かり、今までの嫌な思い出、辛かったことなんかを語り合って流しさりたかっただけ。最愛のノルンが亡くなって、二人とも裸になって再び前向きに生きていくスタートにしたかったのだ。

もう、ノルンが家に来る前の(夫婦の)状態には戻れそうもないや・・・。ノルンが、この15年ちかくもの間、我々に与えてくれた幸せを考えたなら何の不足もないけど。

まあね、若くて綺麗な女性を抱くだけなら巷でカネを出せばいつでも抱けるのだから (こら


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2020年01月05日

年賀状あるある (*´з`)

毎年続けて同じ相手だったり、現れては消える相手に、もう60年も出し続けている年賀状・・・、悩みは多い。今年も去年も、「年齢的に辛いので来年からは年賀状はやめます」という連絡を頂いている方も何人かいて、そういう連絡があればハッキリしていて有り難いのだが、そうでない場合は悩む。

先ず、(今年は)出すかやめるかの判断。去年出したのに向こうから届かなかったから今年は出さないでいたら届いたり、とにかく「やめるタイミング」が難しい。やめたら、それが「ご縁が切れる」ことに繋がりかねない、いや、ほとんどそうなる。いつも顔を合わせている相手に年賀状は無いもの、とも思う。実のところ、年賀状を出している相手の数の何倍もの親しい間柄の人がいて、年賀状が届いたか届かないかなど今後の付き合いに全く影響しない人もたくさんいる。お互いにだろうけど最初からそうだと楽で助かる。

商売をしているから、全ての家主さん、普段から仲良くしている同業者、取引先、(一部の特に関わりが深い)現入居者さん、退去なさって何年も経つけど印象深い元入居者さんなどなど、こちらから出させて頂くのは当然のことと受け止めているが、本音で言うと、中には「当社(私)に年賀状一枚出さないかねえ・・・」、と思ってしまう相手もいる。立場が違う(私のほうがお世話になっている)から家主さんから年賀状が届かなくてもかまわないが、中には、年賀状一枚届かないことに納得がいかない家主もいる。

このブログは何人かの家主さんもお読み頂いているのは承知の上で書くけど、(個別の対価や見返りは求めず)無償でいろいろ尽力していることを知らないハズが無いのだから、年賀状一枚出しても罰は当たらないだろうに・・・、と思ってしまう。そう考えるくらいならこちらから出さなきゃ良さそうなものだが、出さなければ、そういう人に限って「家主の私に年賀状も送ってこないのか」と思ったりして・・・。

お中元やお歳暮など送ってくださらなくても、旅行のお土産を買ってきてくださらなくてもいい。年賀状なんかで「ハートが有るか無いか」が透けて見えてしまうのが寂しい。単に「年賀状を出す習慣が無い」というだけのことかも知れないが、習慣が無くても、管理会社には年賀状は出しておいたほうがいいと思う。

ずっと以前に記事にしていて、ご記憶の方もいらっしゃるだろうけど、

某住宅メーカーの紹介で滞納家賃の取り立てと立退き交渉を依頼してきた家主・・・、入居者を当社に呼んで話し合ったけど埒が明かず、どうにか退去してもらい、その後も取り立てを行っていて、一方で退去後の新規入居者の募集をやらせてもらったのはいいのだが、三鷹のお蕎麦屋さん組合の会長、東京電機大学の教授(ご主人が外国人)、社員7〜8人の広告代理店の法人、の3者からほぼ同時(同日の午前中)に申し込みが入り、家主に報告すると、「個人に貸して懲りたから、その中でなら法人にしてくれ」とのこと。

私が「法人契約と言っても従業員7〜8人では法人契約とは言えない内容です。地元で長く商売をしていて組合の会長に推されるような人なら信用できますよ」と進言したが聞き入れず、結局、広告代理店で契約。私が大学教授を推さなかったのは、えてして世間知らずで理屈っぽくて面倒だから。

ところが、その広告代理店、実は武闘派で知られる暴力団で、マンションの部屋の前に組事務所の看板を出していて、それが判ると家主は「宜しくお願いします」でなく「オタクで追い出してくれ」と簡単に言ってきた。私の進言を受け入れず、決めたのは家主自身なのに。

契約にはサラリーマン然とした男が謄本と社判を持ってやってきたが、カバンの他にスポーツ紙を持っていたのが何となく嫌な感じだった。それはともかく、そこから命懸けの交渉が始まる、調布警察に相談に行ったり、新宿で「暴力団専門の法律相談」も受けてきた。その一方で退去した滞納者の取り立ても引き続き行っていた。どちらも、経費さえ請求せず無償の仕事。

そこで、年賀状、である。

私はその間、2年続けてその家主に年賀状を出しているが、家主からの年賀状は届いていない。経費も持ち出しで命懸けの仕事をしているのに、である。3年目は出さなかった。そうしたら初めて家主から届いた。印刷された年賀状に手書きで、「11月分が振り込まれていませんのでよろしく」、とあった・・・。退去者に約束させていた滞納家賃の支払い分のことである。その年賀状で、ようやく決断した。

「私にできることはここまで。後は専門の弁護士に頼んでください」と伝えて以後は全く連絡を取らなかった。初めて年賀状を送ってきたかと思えば「督促の依頼」が目的なんだから、読んで怒りに震えた。

私が退去させた母子、母親は80歳、息子は独身で50歳。転居先に何度か訪問していて、その際に老母から「坂口さん、全部終わったら一緒に食事でもしましょうね」と言われたことがある。私が「家賃を払ってないんだから直ぐ出て行け!」という対応をしていたならそんなことは言われなかったと思う。息子は碌なモンじゃなかったけど、この老母、家主と逆でハートが有る・・・。家主を気遣ったことを後悔した。

ちなみに、この母子を退去させるに当たって当社管理の2DKの部屋を紹介して、「家主さんに事情を説明して、何かあったら私が責任を取りますから、と伝えて了解を頂きます。今より相当に家賃が安くなりますから、それなら払えるでしょう、2人なら広さ的にも2DKで充分でしょう」と言ったのだが、息子は「アンタの世話にはならない」と拒否。滞納していたマンションと同じくらいの家賃の貸家を自分で探して契約して、そこでも最初の家賃から滞納が始まっていたようだ。

そんな奴のことを家主さんに「何かあったら私が責任を・・・」などと約束しないで済んで良かった。母親は間違いなくもうお亡くなりになっていると思う。ご存命なら100歳を超えていらっしゃるから。でもって、あの(プライドだけ高い)息子が幸せになることはけっして無いだろうな。今頃は孤独死しているかも。

今でこそ非弁行為は咎められるが当時はそれほどでもなく、不動産屋が取り立てや立ち退き交渉などしてもうるさく言われることも無かった。だが、今思えば、そういう意味からも危ない橋を渡っていたかも。

もし、その家主のほうから毎年年賀状が届いて、「いつもお世話になっております、今後とも宜しくお願いします」と手書きで書かれていたなら当然に私の対応も違っていたことだろう。と言うか、他の不動産屋なら「取り立てや立退き交渉だけ」なんて引き受けないだろうし、引き受けてもとっくに投げていたと思う。そこまで「自分のことしか考えない」家主は稀有だけど、ハートの無い家主は今も何人かいる。

「無償じゃやってられない」と言っているのではない。「この家主さんの為なら報酬など要らない、関係ない」と思える家主さんは何人もいらっしゃる。綺麗事を言うつもりは無いが、カネやモノでなく、心からの感謝の気持ちが伝わってきたなら報酬など要らない。そんなの求めなくても後から何かで付いてくるのだから。まあ、カネとかモノは、感謝の気持ちを伝えるのに一番解かりやすいツールではあるけど・・・。

話を戻して、

親しい間柄なら新年の挨拶もLINEやメールで済んでしまう時代、もう年賀状でもないかな、とは思う。ただし、家主さんとか目上の方とか、こちらがお世話になっている立場の方へはこれからも出させて頂くとは思う。商売の上での付き合いではさほど悩まないが、プライベートでは悩む。それでご縁が切れてしまう可能性があるから、である。消息を定期的に知ることができる便利なツールでもあるし。

私の場合は新しい友人知人はこの歳でも増え続けているけど、だからと言って古くからの友人知人とのご縁が消えていくのは辛いし寂しい。でも、そろそろそういうのも受け入れなきゃダメなんだろな・・・。

今年の年末もきっと同じことで悩んでいると思う。ま、生きていれば、の話だけど。



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2019年07月18日

驚愕の事実、と、素朴な疑問

昨日の記事で書いた、お客様から頂いたお菓子「N.Y.キャラメルサンド」に関して、驚くべき話を聞いた。菓子の材料とか製法とか、なかなか入手できないとか、そういうことでなく・・・、

お客様は真夜中に立川を徒歩で出発して東京駅まで8時間かけて行き、大丸で行列に並んで購入して帰ってきたんだとか。ま、帰りは電車だったそうだが、過去に6回、徒歩で東京駅まで行っていると言う。

江戸時代かよ、という話だが、それを聞いたら俄然「有難味が湧く」というもの。なんで東京駅まで歩くのか、と言えば、トレッキングが趣味で、そのトレーニングを兼ねているんだとか。あと、ラジオで「今、一番評判で行列のできるお菓子は東京駅大丸のN.Y.キャラメルサンド」と聴いて興味を持ったんだと。

だから「キャラメルウィッチ」と間違って買ってきた、というのではなかった。一箱に8枚しか入っていないので、3枚は伊勢丹のスタッフ3人に差し上げて、3枚はうちのに、私が2枚を頂くことにしよう。


そして、こちらは、はたまた韓国関連のニュースに関する素朴な疑問、

文大統領「結局は日本経済に、より大きな被害」  読売新聞  2019/07/15 16:04

要するに、韓国の糞大統領が、「対韓輸出規制の強化なんかしていると、韓国よりむしろ日本経済のほうが打撃を受けることになるよ」と警告している、というのだが・・・、

地球上で最悪の反日国家であって、反日で凝り固まった糞大統領が、ご親切に「日本の利益になるようなこと」を言うワケがないのでは、ということ。本当にそうなるなら黙って知らん顔をしていて、日本が甚大なブーメラン被害を被った時に「それ見たことか、ザマあ見ろ!」と喝采を浴びせるハズ。韓国経済のほうが甚大な被害を受けるのが明白だからこそ「日本のほうが・・・」と言っているんじゃないのか。

まあ、語るに落ちた、ということで、「糞大統領は世界200ヶ国以上の国と地域の元首の中で最も頭が悪い。世界中の元首の中で私より頭が悪いと思えるのは糞だけ」と私が確信する所以である。

何かといえば「過去の歴史」を連呼して、「日本は歴史を直視しろ」などと騒いでいるけど、歴史を直視すべきは韓国。嘘に嘘を重ねて歴史を捻じ曲げていつまでも恨んでいて、「恥」の文化がなくカネに汚い厄介な隣人でしかない。外交上は「日本の支援のお陰で韓国はここまで発展することができた」とハッキリ言えないまでも、感謝の思いが伝わってくる国民性なら今日の日韓関係はないし、韓国は発展することができるのに・・・。まあ、少なくとも、糞が大統領のうちは関係改善は無理だろうな。

ところで、反日で没落する韓国と親日で発展する台湾とではこんな違いがあって面白い。

韓国からここまで悪質な風評被害を被っていながら根気よく日本は付き合ってきたけどもう限界。日本は世界に例を見ない「お人好し国家」だけど、私なんか、韓国は朝鮮半島ごと海に沈んでほしい、と思っている。


 私の体調不良に関してはいろいろご心配をお掛けして、コメントの返信も休ませて頂いて申し訳ありませんでした。ここ数日は自律神経失調症の強烈な症状は出ていませんので、この記事から、ぼちぼち返信させて頂きます。もっとも、昨日クリニックで先生から「血液検査の結果、尿酸値と中性脂肪の数値が高いのと、脚の静脈血栓症が完治していないので薬を出しておきます」とのお話がありました。なので、再びコメントの返信をお休みさせて頂く事態になるやも知れませんが、どうぞご了承ください。



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2019年07月16日

この記事に同感

日本はなぜ極端な"不寛容社会"になったか  PRESIDENT Online 門倉 貴史  2019/07/15 09:15

日本人だけでなく世界的な傾向で、中韓はとくにそう。ネット社会が発達して、誰もが身分を明かさずに好きなことを言えるようになったことで、昨今は「寛容(思いやり)の心」が失われているように思う。

私は、今は身分を明かした上で、時にキツイ意見や批判を書いていて、当然に、その分だけ強烈な反論や批判を受けることもあるが、それは覚悟の上のこと。そんな覚悟が要らないならもっとキツイ書き方もできるもの。身分を明かさずに誹謗中傷するのは卑怯と言える。ネット社会では誰もがサイコパスになっている。

ネットの社会だけでなく、不祥事を起こした企業や個人に非通知で電話して抗議するのも同じ。反論や弁解できる立場になく、ただ頭を下げるしかない相手に対して集中砲火を浴びせる。それって、もう白旗を挙げている敵陣に対して攻撃の手を緩めず皆殺しにするようなもの。気が小さくて、ふだんは面と向かって意見が言えない奴に限ってその傾向が強い。信念や自信を持っている人間はそういうことはしない。そいつらが「今までに間違いなど犯したことは無いのか」と言えば、絶対にそんなことはない。

にも拘らず、みんな「他人や企業の粗探し」をして次なる憂さ晴らしのターゲットを探っている・・・。


話が飛ぶけど、太平洋戦争末期に中国や北方領土に居留していた日本人に中国やソ連がやったことも同様。中国は南京事件の真実を歪曲して日本人の残虐行為だと非難しているが、中ソがやったことはそれどころでなく、人間の所業ではない。中ソは民族的に残虐なDNAを今も受け継いでいる。


で、私なんかは政治家や芸能人の不倫が発覚しても何とも思わない。自分とは関係ないし、むしろ「ああ、同じ人間なんだ」と安堵したりして。「これが、企業のトップが何十秒も深々と頭を下げて謝罪しなきゃならないような事案かねえ」と思うこともしばしば。そうしないと世間が赦さないからなんだろうけど。

一人じゃ何も言えないくせに集団の中に紛れてなら言える・・・。そんな奴とは友達にはなれない。ネット社会は生活環境を飛躍的に便利にしてくれたけど、我々から「寛容の心」を奪ってしまったのも事実。

「日本はなぜ極端な"不寛容社会"になったか」と問われれば、「自分には火の粉が飛んでこない安全な対岸から見物して好き勝手を言っていられる観客席が用意される社会になったから」ということに尽きる。

まあ、以前も書いたけど、「日本人は何かで懲りると極端に針を反対側に振る傾向」があって、身分を明かさずモノが言えるようになったら、この時とばかり、事実確認もせず、相手の事情や心情も考慮せず、一方的に非難して個人的な溜飲を下げる・・・、そういう民族に成り下がっているのも事実。

どんなに世界や生活環境が変わろうが、日本人としての稔侍を失わないで毅然としていることが、国際社会からの日本に対する信頼や国益に繋がる、と思うんだけどね。って、言うのは簡単だけど難しい。



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2019年04月17日

整形の前と後の写真を見て考えたこと

整形手術に関しては、ふだんは「本人が納得してするなら他人がとやかく言えることではないかな」と思っているけど、この整形前・整形後の写真は凄い。ここまで違うと一人で二人分の人生を歩めそう。


「私は“普通の人”になりたかった」総額1000万円超えの整形YouTuber・轟ちゃんが明かすリアルな事情
ORICON NEWS

もちろん、左が整形前。いくらお笑い芸人を目指していたとしても、右(の写真)から左に整形はしないもの。このくらい変われたなら1000万の投資も惜しくは無いだろう。

YouTuber の轟ちゃん、とのことで、「轟、桃の木、山椒の木」、くらいの驚き (*^_^*)

ではあるが・・・、たぶん左の顔のままで大人になったとしても、「とても見られない」ということは無かったんじゃないか、とは思う。女に一番大切なのは「愛嬌」で、そりゃあ美人であることに越したことは無いけど、愛嬌さえあれば女性は可愛いと思う。よく美人ネタを書いているので「美人にしか興味がないんだろ」と思われているかも知れないけど、「世の中の基準で言う美人」から外れていても、私が大好きな女性は何人もいる。共通して言えるのは、愛嬌があって自然な笑顔が素敵、ということ。

何度か書いているけど、美人かどうかは「歳相応の分別や教養を身に着けていて、それが表情から滲み出ているかどうか」で決まる、と思っていて、そりゃあ、整形手術など必要ない美人に産まれただけでアドバンテージだと思うけど、どんなに美人でも性格が悪けりゃ魅力はないし、最終的には「女は愛嬌」だと思う。ま、私みたいな価値観は極めて少数派だとは思うけど。

左の顔でも前向きにハツラツと生きていれば、それを認めて愛してくれる人は必ず現れると思う。でもイケメンのハイクラスは寄ってこないかもだけど。合コンなんかでは常に引き立て役にされたりして・・。だいいち、整形で自分はキレイになっても、産まれた子供は元の顔にしか似ないワケで・・・。

いずれにしても、男としては、興味はあっても元の顔は知りたくないなあ・・・。整形したことを隠していても、結婚しようとして実家に挨拶に行ったら、「この両親からこの彼女は産まれんだろ!」とバレそう。

希ちゃんのポスターを机の前に貼っている私が言えることではないけど、親から貰った顔をそのまま大切にしてほしい、というのが本音。韓国みたいに男も女も国民総整形、なんてのは呆れるばかり。

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2019年01月24日

年賀状騒動記

毎年、公私で200枚近い年賀状を出したり頂いたりしていて、大半はお年玉くじ付き年賀状。

そんなに頂いているのに、今年当たったのは切手シート1枚だけ。数年前はゼロだったし、当たる時は5枚くらい当たる。今年は当選番号の前後というのが8枚あった。で、誰からの年賀状が当選していたのかと言えば、うちの入居者さんからのもの。退去なさったお客様からの年賀状も毎年何枚か頂いているが、現在入居中のお客様からは2枚。そのうちの1枚が当たっていた。

直ぐに電話して「200枚ちかく年賀状を頂いていて、Sさんからの年賀状だけが当選していたんですよ」と言うと凄く喜んでくださった。そのSさん、独身の娘さんで、事情が有って生活保護を受けていらっしゃる。兄弟姉妹は他に3人いるが、みんな母親の介護をSさんだけに押し付けていて、一切の協力も理解もなく、それがために心を病んでしまっているのだが、それだけに、心根はとても優しい。

当初は2階の部屋に入居していたが、母親が階段の上り下りが困難になって、1階の部屋が空いた時、「下の部屋に移れないか」と尋ねてきた。他の部屋は風呂がバランス釜で、その1階の部屋だけたまたま全自動になっていて、さらに私が交渉して家賃も値下げして頂いたのだが、それをずっと恩義に感じてくれている。

以前に、「立川駅方面まで出られることは有りませんか?、都合が合えば食事でもしませんか?」とお誘いすると、「私はファミレスなんかに行くと、どうしていいか解からなくなって心臓の鼓動が激しくなってパニックになってしまうので・・・」と辞退されたことがある。

家賃は毎月早めに振り込んでくれていて、管理会社としては実に有り難い入居者さん。それで、当選したお礼に、と、先日の解体セールで購入したバームクーヘン2種類とチョコレートを届けることにした。たかが切手シートだが、私が幸運を独り占めするのでなく、Sさんにも幸運のお裾分けをしたかったのだ。

その時、同じアパートのオヤジからストーカー被害を受けている相談も受けた。そのオヤジ、私より少し若いくらいで世話好き・・・、たぶん「どうこうしよう」というのでなく気に掛けてくれているんだと思う。ただ、その表現や方法に関違いがあるようで、私からすると「身につまされる話」である (滝汗

断っておくが、いや、いちいち断るから誤解を受けるんだろうけど、私はその娘さんを女性として意識したことは無い。魅力が無いのでなく、「不動産屋とお客様の関係」に他ならないからである。と言いつつ・・・、うちのは元々が当社のお客さんだったんだけどね、ま、時にそういうこともある、って話 (こら

で、その年賀状を郵便局に持って行ったら、窓口の女性職員が「これ、持って行ってください、早く仕舞って」と、他の客に内緒で切り餅を一袋くれた (^◇^)

そういえば、今年の年賀状のうち、横浜のTさんと中学時代の先生(担任であった恩師とは別の先生)から、「今年で年賀状を最後にしたいと思います」とあった。その気持ちはよく解かる。年賀状って、けっこう負担になる。目上の方に出す際には礼儀上、印刷した文面だけでなく一筆添えなければならないし。ま、年賀状は届かなくても、そして返信は求めず、こちらから一方的に近況報告で出させてもらうのもアリかな、と思う。

そして、5日ほど前、1枚のハガキが届いた。差出人は以前オーストラリア・ニュージーランド旅行でご一緒したUさん。内容は、宛名に敬称を付け忘れてしまったことへのお詫びだった。宛名のほうは気にしてないから全く気が付かなかったのだが、滞納家賃の督促や憎むべき相手への郵便物でも「殿」くらいは付けるもの。「あの野郎・・・、そんなふうに見下していやがったか。訪ねて行って首を締めてやろう」と思ったが、やめた。

相手の職業は埼玉県警の刑事だと思い出したからである(おい)。電話して「PCで印刷してるとそういう間違いは起こりますよね。気にしなくて大丈夫だったのに・・・」と伝え、しばし世間話。「また一緒に旅行しましょうね」と約束して電話を切った。そんなことで電話するきっかけが出来て良かったかも。

年賀状、と言えば、少し気になることがある。半分くらいの家主さんからは年賀状が届かない、ということ。それって、本音では「オタクに管理させてやっている」とでも考えているのかな、と思ってしまう。不動産屋は家主さんの知らないところで本来は家主さんが自身で対応しなければならないことを代理して無償で行っていたりするもの。それをいちいち言わなくても少しは解かっていて欲しいのだが・・・、年賀状一枚で家主さんの本音が透けて見えてしまうようで、なんだか辛い。気にしない人は全く気にしないだろうけど私は気にする。

不思議なことに、ふだん冷たい対応をされている家主さんから届いて、「いつも本当にお世話になっています」と仰ってくださる家主さんから届かなかったりする。年賀状なんて慣習・・・、無くなってほしい。

さて、もう1月も終わる。いちいちくよくよしてはいられないか。

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2019年01月06日

こんなのヤフオクで売ってていいの?

PCの画面左側に広告が出ていて、クリックしたら「送料200円追加50円●紺 ハイレグ Tバック ワンピース水着 」ってことなんだけど、水着って・・・、こんなの着てプールだの海だの行けんのかよ、という話。

不快に感じるであろう方は見ないでね。

送料200円追加50円●紺 ハイレグ Tバック ワンピース水着 SWb26

これ、落札して、うちのに「着てみてよ」と言ったなら、荷物纏めて家を出て行くだろな、きっと・・・(*´з`)



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2018年12月15日

こんな詐欺メールが届いた

【楽天市場】注文内容ご確認(自動配信メール)、ということで、

私が「ぎおん(株)ヤサカ電機」なる店で、クレジットカードで買い物をしたことになっているが私の名前が出てこないし、届け先が全く関係ない所。店の市外局番で「怪しい」と判ったけど、わりとよく出来ている。

会社名が「ぎおん (株)ヤサカ電機」となっていて、名前からは京都の店だと思わせているが電話の市外局番は052、名古屋である。そもそも、その設定がおかしかったのだ。今回の買い物で388Pが付く、とあるが、買い物額とポイントが、いろんな比率で計算しても合わない。

これ、中身がもっと「尤もらしく」できていたなら引っ掛かってクリックする人もいたであろうに、やってることが中途半端。こんなんでウイルスを仕込むことが出来るんだろうか。

たまたま、「ぎおん(株)ヤサカ電機」で検索したら、春先に同様のメールを受け取った方が丁寧に記事にしてくださっていた。こういうのは参考になる。「逆転いっしゃんログ」というサイトの記事。

ぎおん(株)ヤサカ電気を騙る楽天市場の注文内容ご確認迷惑メールに注意!

どの部分をクリックしたら危ないのか解かりやすく解説してくれている。


これから、「もっと上質な、本物と見分けがつかない詐欺メール」が登場するんだろうな。

そうだ・・・、誰か、届け先だけをうちの家にして、極上の寿司でも注文してくれないかなあ・・・ (^◇^)

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2018年12月11日

ノルウェーのおとぎ話なんだとか

Lufthansa ドイツ航空から、クリスマスシーズンに合わせて「さまざまな国に、さまざまなおとぎ話 – ルフトハンザよりお届けします」というメルマガが届きました。前置きに、

妖精トロールは、ノルウェーと切っても切れない関係です。何千年も前からスカンジナビアの森を闊歩していたと言われます。今では飾り物として親しまれる空想上の生き物で、ノルウェーのマスコットとも言えるでしょう。しかし、トロールはずっと人気者だったわけではありません。それを伝えるのが、今回ご紹介するスカンジナビアのクリスマス童話です。

とありまして、タイトルが「ドブレフィエルの猫」で、ノルウェーのおとぎ話と言うのですから、てっきり、「ノルウェージャン・フォレストキャットの話かな」と思っていましたが・・・、違いました。


ドブレフィエルの猫


昔むかし、ある冬のこと、フィンマルクからコペンハーゲンに向かう男がいました。男はたくましい白熊と一緒です。デンマーク王への贈り物にするつもりでした。クリスマスの夜、男は雪に覆われた山小屋に辿り着きます。そして一晩寝かせてほしいと頼みました。

山小屋の主人ハルボルはこの日、自分と家族の寝床さえないんだと答えます。毎年クリスマスイブには、乱暴なトロールたちが山小屋に押し寄せるというのです。しかし、男はそれにひるみませんでした。ハルボルを説得し、自分はベッドで、熊は暖炉の陰で寝かせてもらうことになりました。

ハルボル一家は夜に向けてトロールのために食べ物をたっぷりと並べ、それから安全な場所に隠れました。その手荒な訪問者たちは、晩餐に人間を同席させなかったのです。男と白熊は、逃げろという注意をよそに、のんびりと寝床につきました。

真夜中になる頃です。扉が激しく開き、乱暴なトロールたちがドタドタと入ってきました。夢中で食事にかぶりつき、ワイワイと騒ぎます。その一人が暖炉の陰にいる熊に気づきました。熱いソーセージを熊の鼻に突きつけ、声をかけます。「猫ちゃんよ、ソーセージが欲しいかい?」

目を覚ました熊は腹を立て、トロールたちの様子を窺いました。小さいトロールや、大きいトロール。太ったトロールや、痩せたトロール。しっぽのあるトロールもいれば、無いトロールもいます。熊は前足を高く持ち上げると、唸り声を上げてその邪魔者たちを追い払いました。これで朝まで安心です。次の日、男と熊は朝早く出発していきました。

一年後、森でハルボルが薪を割っていたときのことです。近くでトロールの声が聞こえました。「ハルボルよ、あの大きな白猫はまだいるのかい?」ハルボルはチャンスだと思い、こう答えます。「ああ、まだいるよ。子どもが7匹産まれたんだ。親猫よりも大きくて、いたずらだよ。」するとトロールは言いました。「じゃあ、二度と来るもんか。」それからというもの、ドブレフィエルのハルボルのもとにトロールが現れることはありませんでした。

              – アスビョルンセン&モーの原作の翻案


翻訳がマズイのか、あまり面白い話ではなかったですね (^◇^)

それより、こちらの話のほうに興味が湧きました。

猫は死期が近づくと姿を消すのは本当か エンジェルタイムの重要性  NEWS ポスト セブン

うちのが田舎で飼っていた数匹の猫(ほとんど野良で、家に出入りしていた)が、ある日、急に姿を見せなくなって、ずいぶん経って家を建て直す時に、床下から白骨化した猫の死骸が出てきたとか・・・。

毎日餌をくれる人にも心を許さない・・・、野良で生きていくのは大変ですね。


少し早いですけど、どうぞ良いクリスマスを♪





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2018年11月27日

卒業・・・

お陰さまで風邪の症状は治まったのだが、何かの番宣で「風邪に罹ってから葛根湯を飲んでも効かない」と流れていて、「早く言ってよ〜、風邪の引き始めに効く、と聞いてるからさっき飲んだよ」、という思い。葛根湯が効いたのか元々がしぶといから治ったのかは不明だが、たぶん後者だとは思う。

さて、いつの頃からか、グループを脱退したり会社を辞めたり長く続けてきた趣味をやめることなどをなんでもかんでも「卒業」という言葉で表現するようになった。たしかに、「脱退」や「退職」という言葉より「卒業」という言葉のほうが表現としては柔らかいけど、私が不動産屋をやめることになっても、「卒業」、とは言わない。

最初はAKBのメンバーが脱退した時だったか「モーニング娘。」での脱退の時だったか、それ以降、本来は正しい言葉でニュースを伝えるべき女子アナ(局アナ)がフリーになる時なんかまで「私はこの度フジテレビを卒業させて頂くことに・・・」などと言っている。広辞苑の新版では新しい語釈が加わるだろう。

ということで、このニュース、

元貴乃花親方、景子さんと離婚 NNN24

この二人が離婚すること自体は驚かない。むしろ夫婦でいることのほうに違和感さえあったから。

この中で、「元親方は離婚について日本テレビの取材に対し、『お互いの夫婦関係を卒業する』と2人で話し合って決めたと語った」とあって、ついに離婚まで卒業という言葉に置き換えられるようになった。

そのうち「オレは今日、刑務所を卒業してきたばかり」なんて言われるようになるかも。

私も、正直、いろいろあって疲れたから、「お人好し」を卒業したい・・・(ハァ

posted by poohpapa at 06:29| Comment(6) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月19日

生きていて一番辛いことは何だろう・・・

自由が無いことも、食べる物が無くて日常的に空腹であることも、貧乏であることも、信用を失うことも、みんな辛いことではあるけど・・・、




私の価値観からすると、一番辛いのは・・・、

「人から誤解を受けること」、だと思う。

独裁国家で命の危険に晒されながら生活しているなら話は別だけど、「自由が無い」なら自分の置かれている状況の中で楽しみを見つければいいし、飢えも貧乏も子供の頃に経験しているから今と比べたら屁でもない。商売をしていて「信用」こそが最も大切なモノで、それを失ったら店を畳むしかなくなる。だけど、たいていの場合、それは自己責任。うちの店、例の気違いから「これでもか」とばかりにネットで誹謗中傷されているけど全く影響は無い。そんなのより30年掛けて築いてきた信用のほうが勝っている。それで潰れるようなら「自分の商売の姿勢が間違っていた」ということだろう。

人によっては、こちらの誠意が伝わらないこともあるし、僅かな目先の利益で裏切られることもある。それは仕方ないことだと思っている。時に、今までの付き合いは何だったのか、と言いたくなることもあるけど、それが人間社会というもの。良いことも悪いことも受け入れて生きていくしかない。

ただ、他人から、とくに自分が大切に思っている相手から誤解を受けて、それに対して弁明の機会が与えられなかったり、相手が「聞く耳」を持ってくれていないケースは辛い。私と何かでトラブっている相手から先に情報が与えられていて、それを聞いた人によって(間違った)噂を拡散されてしまったりして。人間て、最初に聞いた話を先ず信じるもの。それを覆すのは並大抵の苦労ではない。自分の生活に影響がないなら放っておけば良いが、そのまま放置しておけないケースも多々ある。

久しぶりに会った知人の目が明らかに依然と違っていて、「あ、この人、(私とトラブっている相手から)何か聞いてるな・・・」と容易に解かることもあった。自分の頭で、「どちらが正しいかでなく何が真実なのか」を考えればいいのに、一方的に片方の言い分を信じて決めつける人もいる。それが付き合いを切れない相手だとキツイ。誤解って、こちらがもがけばもがくほど逆効果になったり深みに陥るものだし。

私の経験上は、誤解に対しては何もしないのが一番。焦って「状況を改善しよう」と動くと、たいていの場合、事態は更に悪化して失敗する。しばらく経ってから、タイミングを見て「実は、あの時はこういうワケがあったんですよ」とゆっくり話すのが最も効果的。そう解かっていても心は焦るもの。

空腹や貧乏は自分の努力と忍耐力でどうにでもなるし、今の日本でなら「自由が無い」と言っても程度問題。信用を失うのも、相手によりけりで、どう頑張っても誠意や努力が伝わらない相手というものは一定の割合で周りに必ずいるもの。所詮はそれだけの相手、と納得すればいい。こちらを誤解している相手も「そう思えばいい」ことになるが、誤解をされたまま離れていかれるのは気分が良くない。

中には、誤解でなく、自己保身の為に意図的に事実と違う情報を流す奴もいる。

ではあるけど、幸いなことに私の周りには、いちいち説明しないでも阿吽の呼吸で解かり合える友達が大勢いて、それで援けられているから鬱にはならないけど。今まさに「誤解」で気になっている人がいて、さて、どうやって(何か)誤解しているか確かめればいいやら・・・。時間は掛けられないしなあ・・・。

posted by poohpapa at 05:55| Comment(4) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月15日

高須医院長と私の「ある価値観」の共通点

ネットで【Yes!高須のこれはNo!だぜ】という連載を読んだ。そのうちの、

「相続トラブル…遺産は害、子供そのものが財産だ 」
という記事に全く同感。

私も、「子供が本当に可愛ければ子供に財産を遺すべきではない。財産を遺すのは子供にとっては為にならないどころか害にしかならない」と思っていて、高須医院長と全く同じ考え方。

その昔に紹介している話、映画「ピンクパンサー」のクルーゾー警部役のピーター・セラーズ氏が亡くなった時に財産のほとんどを妻に遺し、子供たちには(日本円にして)一人数百万ずつしか遺さず、こんな言葉が添えられていたという。「自分の足で立て」と・・・。おそらく、子供たちは全く訴訟など起こしていないと思う。

考え方は同じだが、高須医院長と私の違いは、「高須医院長は財産を築いていても子供たちには遺さない」ということで、私はそもそも「財産が無いのだから遺したくても遺せない」ということ (おい

どうしても子供に遺すなら、せいぜい「一息つける」くらいが適当。私が住んでいる家も、我々が亡くなったら「誰か住んでくれる人にあげてしまおう」と思っている。もちろん、住宅ローンも片付けた上で。

その代わり、子供たちには「親の老後の面倒は一切看なくていい」と伝えておこう。長男には既にそう伝えている。「お父さんは良くても、お母さん(元妻)は『一緒に暮らしてほしい』と言うんじゃないかな・・・。そうしたら僕が長男だから断れなくなるんじゃ・・・」と言うので、「オマエが結婚したなら奥さんのことも考えてやらなきゃならんだろ。一緒に暮らしたらたぶん家庭は崩壊するぞ。オマエは母親のことより奥さんのことを一番に考えてやんなよ」と言っておいた。「長男は先に産まれた、というだけのこと」で、それだけで親の老後の一切の世話をおっ被せられたら不公平。弟妹と連携もしてくれなくていい。

何故そう言うのか、と言えば、

「親と子は全く別の人格。例えば私が将来路頭に迷って野垂れ死にしても、それは自己責任。私自身も好きなように生きてきたから子供たちも好きなように生きればいい。親が子供のお荷物や足手まといになることは最もみっともないこと」と考えているからに他ならない。ただし、伴侶のご両親の老後のお世話をすることは反対しない。夫婦でよく相談して、(無理のない)可能な範囲で尽くしてあげればいい。

私の親父が、私が高校を卒業して上京する際、新幹線の名古屋駅のホームまで見送ってくれて、その際、私にこう耳打ちした。「オマエがどんな女を見つけてきても俺は反対しないから、結婚費用だけは自分で出してくれな」、と・・・。もちろん「うん、解かってる、いいよ」と返事した。さらに、20歳で結婚する時、言われた通り双方の親から援助を受けずに東京で披露宴までやって、控室で親父とお袋から、こう言われた。「東京の人と結婚するということは、オマエはもう田舎に帰ってこないで東京で骨を埋めることになるな。だったら、わしらのことは何も心配しなくていいから、これからは〇〇さんのご両親を自分の親だと思って尽くしてあげなさい」、と・・・。親として当然の言葉だと思う。その教えは忠実に守ってきた。

親父が私に掛けてくれたのと同じ言葉を自分の子供たちに掛けたい、と思っている。

高須医院長みたいな人が私なんかと同じ考えであったことに安堵した (*^_^*)


posted by poohpapa at 06:22| Comment(4) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月12日

なんか、好かんなあ・・・

かの福沢諭吉は、「世の中で一番醜い事は、他人の生活を羨む事です」と言っていて、それにピッタリ当て嵌まる「貧乏人の僻み」かも知れないけど・・・、この男はなんか好きになれないなあ・・・。

人のことは言えないけど、顔に全く教養が滲み出ていないし、苦労人にも見えない。

たまたま事業が当たっただけのことで、チャラい印象しかない。

人間、ある意味、「カネの使い方(稼いだおカネをどう使うか)でその人の本質が判る」と私は思っていて、この男がこのまま事業で成功を続けていたとしても、「50歳を過ぎたら自分の職責を通して社会に恩返しする生き方をしよう」などとは考えないのではないか、と思う。wikipediaによれば、現代アートの普及活動及びアーティストの活動支援を目的とした(公財)現代芸術振興財団の会長らしいけど、支援の対象がねえ・・・。



と・・・、ここまで書けば誰のことだか9割以上の人が判ると思うんだけど・・・、





ファッション通販サイトZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイの創業者である前澤友作氏、である。43歳にして総資産26億米ドル・・・。そりゃあね、女は金持ちになびくものだろうけど、この男がフリーターだったりしたら、つまり、カネが無ければ何の魅力も無さそうに思える。貧乏人の僻みじゃないよ、ほんと。

人気タレントと交際するのも宇宙旅行を企画するのも「稼いだカネを何に使おうが個人の自由」だけど、なんか生き方が美しくないんだよね。自分がスタートトゥデイの社員だったら、よほどの高給を貰わなきゃアホらしくてやってられないだろな、と思ったりして・・・。何より、ZOZOTOWNを利用しようとは思わない。それにしても、失礼ながら、衣類の通販でそんなに儲けられるものなのかねえ・・・。

自分が生きているうちに、この男が「自己破産したニュース」を見てみたい。ただし、見たいのは「破産する姿そのもの」ではなく、心から支援してくれる友人が周りに何人残っているか、なんだけど。事業に関しての才覚は有るんだろうけど、このまま死ぬまで大金持ちでいられる、なんてことは無いだろうな。

言えるのは、カネの本当の有難味も怖さも、まだ知らないんだろうな・・・、ということ。大きな挫折を経験して、そこから這い上がってきた時に、人間、ホンモノになる、と私は思う。

言うまでもなく「羨ましく思う」のと「僻む」のは全く別物、だから、僻んでないよ、ほんとだってば(滝汗)



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2018年09月29日

私と別の視点から深く掘り下げた記事

横浜で超高層マンションの最上階を申し込んで抽選に外れたお客様の話の中で、当ブログで「私なら湾岸地域の超高層マンションは買わない」と書いているが、別の視点から鋭く切り込んでいる記事があった。

人気タワマンでも40年後は廃虚!?恐ろしいマンション劣化の真実  DIAMOND online

私は、海に近くて元々が地盤が脆い地域に高層マンションを建てることは、理論上「技術的には問題ない」としても、理論と現実は違うし予測不可能な事態の発生も有り得るのだからリスクが大きすぎる、何かあってマンションが傾かないという保証が無い、という観点から反対していたが、別の見方をしていて説得力がある。

たしかに、タワマンは「建物が巨大地震にも耐えられるか」より先々廃墟になる可能性のほうが心配。入居者が高齢化したなら高い管理費と修繕積立金を支払えなくなるもの。年金で賄えるような金額ではないのだから。仮に数億の購入代金をキャッシュで支払えたとしても維持が大変。それを棄て銭くらいに思えて「10年〜20年くらい快適な生活が享受出来れば良い」と考えられない人は購入すべきでないかも。

入居者が少しずつ出ていって虫食いになったなら、残った人で維持管理が出来るものなのか、疑問である。だいたいが、いくら人気があっても中古のタワマンが直ぐに売却できる、なんてことはないだろう。

だが、世の中には5億10億のカネくらい何とも思わない大金持ちはいるもの。そういう人たちが購入することまで反対はしないし出来ないが、僻みでなく、(買えないから言うのでなく)私なら買わない。

そう言えば・・・、昔、東京の府中市で3億円強奪事件があって、その3億円は東芝府中工場の全社員のボーナス分だったとか。当時は凄い金額だったが、今、企業買収なんかで出てくる金額は億ではなく兆・・・。事件絡みで「2億だ、3億だ」と聞いても驚かない。貨幣価値が変わった、と言えばそれまでだが。

子供の頃は「いつか大金持ちになってやる」と思っていたが諦めた。私には貧乏が似合っている 💧

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2018年09月03日

「私は発達障害なんでしょうか?」

あるお母さんからそんなことを訊かれた。お子さんが医師から「発達障害」と診断されていて、「もしかすると、自分もそうではないか」と疑いを持っているようだ。

私からすると、いたって普通の常識的なお母さんで、そんなことを言ったら、私も、いや、そもそも「人間は誰でもみんな発達障害である」と言えなくもないのではないか。医学的な発達障害の定義は私には解からないが、「同世代の子供と比べて知識が劣る」とか「勉強についていけない」とか「友だちと上手くコミュニケーションがとれない」とか「親や先生の言いつけが守れない、理解できない」とか、そんなことで判断されるのであろうが、ほとんどが「大人になれば自然と治るもの」と私は思っている。

例えば、完成された人間、何事にもパーフェクトな人間の指数を100とすると、ほとんどの人は「20〜30」の中で生きていて、どんなに優秀な人でも50くらいのもの、と私は思っている。得手不得手や能力の差、個性の違いであって、昔は、そういう人を「変わった人」と表現していたが、今は「発達障害」と言っているだけ、だと思う。言っている、というより、レッテルを貼っている、という感じ。

それにより自分が優越感を得たり、批判する時の正当性を持たせたリしているのではなかろうか。

私なんかは昔も今も「立派な発達障害」であろう。貧しくて、うちの兄弟6人は幼稚園にも保育園にも行っておらず、いきなり小学校。元々「入れるつもり」は無かったから「日本死ね!」などとも思わない。高校まで進学させてもらったのは6人兄弟の中で私だけ。小学校に入るまでは、「傍にお母ちゃんの姿が見えない」ことに気付くと泣いて探し回っていたし、小学5年までオネショもしていた。

紙と鉛筆だけを与えられて一日中お絵描きをして過ごしていて、テレビも無いから世の中の情報も全く入ってこない。それで「発達障害」にならないワケがないだろう。いきなり小学校に入って、それで同級生とのコミュニケーションがとれなくて困ったか、というと、実は全く逆であった。同級生という存在が珍しくて積極的に輪の中に入っていって、通信簿に「落ち着きが無い」と書かれていたのを覚えている。当時は「発達障害」という言葉はなかったから、今なら「発達障害の疑いあり」と書かれていたかも。

中学の頃から先生や大人に対してハッキリ「ものを言う」ようになって、こんどは教師や一部の同級生から「問題児」というレッテルを貼られていたが、幸い支持して応援してくれる人のほうが多かったからなんとか持ちこたえた。教師の中にも「あいつは面白い、見所がある」と言ってくれる人もいて、それは今も同じ。私が尊敬して今もお付き合いさせて頂いている恩師はどうだったかと言うと・・・、私を高く買ってくれていたワケでなく、冷静に分析して「ここは違うと思うよ」と意見してくれていた。自分は「正しい」と思って発言しているから、「間違っている」とか「そんなふうに考える人ばっかじゃないぞ」と言われると一時的にカチーン! とはくるけど、不思議に「根に持つ」ようなことは無かった。

そうやって、いろんな意見の人と議論や喧嘩をして、自分が社会で生きていけるよう棘とか角(かど)を落としてもらって、発達障害が「社会に順応できる程度」までになっていった、と思う。ようやく「その程度になった」ということであって、「発達障害が全快した」ということでなく、死ぬまで発達障害なんだろう。

人と比べて自信を失くしたり、根拠もなくレッテルを貼られたり、そんなことで悩むのはナンセンス。もしかすると周りの人のほうが遥かに発達障害であるのかも知れないし。私の周りを見回してみても、「あ、この人も、あの人も・・・」で、そんな人ばっか、である。完全な人などいなくて当然なのだ。

例のゴミ屋敷の住人も、勝手なことばかり言う客も家主も、何ら感謝の気持ちを持たない生活保護受給者も、会員業者のことなど全く眼中になく自分のことしか考えない立川支部の役員たちも、みんな立派な発達障害ではなかろうか。むしろ、大人になっても改善されていないどころか加速しているのだから重症である。


私に相談してきたお母さんには、「あなたは発達障害じゃないと思いますよ」ではなく、「そう、あなたも私も発達障害、みんな発達障害なんですよ」と伝えた。程度の問題で、たぶんそれで正解だと思う。

posted by poohpapa at 05:50| Comment(12) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月16日

立派な教育者、いちいち同感

夕刊フジに「人生相談 駆け込み寺」というのがあって、そこでの記事、

42歳で働かない長男が心配 野々村直通氏「刺し違える覚悟で最善の道探せ」 (2ページ)

回答者の野々村直通氏の意見に全く同感である。相談者は私と同世代の67歳・・・。無駄に歳を重ねたな、という印象。結果論だが、いくら少子化が大問題でも、こんななら子供は産まないほうが良い。


■今回のお悩み

 長男の先行きが心配でなりません。もう42歳になるのですが、まともに働いたことがないんです。

 大学まで行かせたのですが、「人に使われるのはイヤだ」と言って、就職しませんでした。何度か、「このまま働かないでいるとダメになるぞ」と注意しましたが、「オレはデカいことをやりたいんだ」と聞く耳を持ちません。

 何か悪さをしてはいけないので、今も小遣いを渡して実家に住ませています。息子はこのままでいいのでしょうか。(無職・男性 67歳)



は??、いいワケないだろ! ( `ー´)ノ

42歳にもなって「人に使われるのはイヤ」 「デカいことをやりたい」と言いながら親から小遣いを貰って家でゴロゴロ・・・。典型的なニートで、普通で考えたら、行き着く先は「尊属殺人」しかなさそう。もしかすると逆のケースもあるだろうけど、いずれにしても最後は殺人で終わる可能性が高い。

野々村氏は、回答の中で、

今の学校教育では、「働くことが美徳なんだ」と教えません。「個人の自由」や「個性」「人権」を旗頭に騒ぐ左翼的な人間がいます。そんな人たちは、道徳を教科化しようとしただけで、「価値観を強制するな!」と大騒ぎです。

と指摘していて、我が意を得たり、の思い。この国は馬鹿な教育者が国を蝕んでいるのが実態。

私が一番感じるのは、「親に覚悟が無い」ということ。取っ組み合いになったらもう親は勝てないだろうけど、本当に子供の将来を考えたら、最悪、自分が殺されるか大怪我を負ったとしても、子供にしっかり意見しなければならない。にも関わらず、親が逃げていて赤の他人に馬鹿な相談をしている・・・。

逃げているのは親だけでなく子供も同じ。今は少なくなったけど、以前は音大の学生さんとも繋がりがあって、多くが「将来はオペラ歌手になりたい」という夢を持っていたのだが、現実はオペラ歌手として成功するのはほんの一握り。なので私は「他に兄弟姉妹はいますか?」と訊くようにしていて、「弟(妹)がいます」と言われたら、こう話していた。「あなたが自分の夢を実現するためにはたいへんな資金が必要になります。あなたのご兄弟も当然に夢を持っているでしょうから、親が用意している教育資金をあなたが全部使ってしまったら他のご兄弟も困るでしょう。キツイことを言うようですが、『オペラ歌手になりたい』という夢を追いかけるのは30歳まで。もしそれまでに芽が出なかったなら『自分に才能や運が無かった』と思って夢を諦めなさい」と。

そう、(近い将来の)転職の勧め、である。自身に見切りを付けるのは早いほうがいい。「夢は追い続ければ叶う」などというのは絵空事、歌やドラマの中だけの話。それで叶うなら誰も苦労はしないもの。

大きなお世話、内政干渉くらいの話だが、親が言わない(言えない)ことを私が代わりに言っているだけのこと。↑ の相談者の息子は既に42歳。今まで何かにチャレンジしたことなど無いし、だから失敗も挫折も経験していない。社会に出て人間関係でトラブったことも無い。そんな人間が突然変異を起こして「でかいこと」ができるワケが無い。たぶん、本人も判っていて親に甘え切っているんだと思う。

そこが難しい。本人が気付いてないなら気付かせてやればいいだけのことだが、本人も判っているとしたら改めさせるのは相当に困難。実は、私も中学高校時代(ニートではないけど)経験しているから。

親が亡くなったら・・・、家が自己所有だったり他に兄弟がいたりすると困難だが、まあ生活保護まっしぐらであろう。これまで懸命に働いてきて今が不遇で生活保護、というなら何ら問題ないが、大学まで出ていながら全く社会に貢献しない人生を送っていた奴を税金で面倒みる・・・、こんなアホらしい話は無い。

黙っていても食事が出てくる、風呂も沸いている、小遣いももらえる・・・、家庭内生活保護と言える。勤労意欲など生まれるワケがない。子も子だが親も親、死ぬまで悩んでいればいい。親が死んだら、生活保護でも受けない限り、コンビニのパートでもするだろう。「こんなハズじゃなかった、俺がこんなふうになってるのは俺の才能を認めない世間が悪い」などと勝手な理屈をこねながら生きていくに違いない。死ぬまでム所と娑婆の往復、ということも考えられる。これは偏見ではなく当然の帰結を予測したまで。

ただし、子供が引き籠ってニートになるのは、ほんの些細なきっかけが原因だったりすると思う。そのシグナルを親が見逃していた、ということは充分に考えられる。いずれにしても、この親が「子供の教育に失敗した」のは間違いない。本人は、一度も真剣にぶつかってきてくれない親を見下していることだろう。

野々村直通氏・・・、こういう教育者にこそ子供の教育を託したいもの。



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2018年04月06日

完全キャッシュレス時代の到来か・・・

立川相互病院で抜糸をしてもらった際の支払い・・・、国保だし、なにやかやで2〜3千円は掛かるのかな、と思って、カードで支払えるから現金を持って行かなかったのだが・・・、

220円だった。会計で、思わず「ウソでしょ!?」と呟いてしまった。そういうのは、たいていは予想していた金額より高かったりして文句を言う時に呟く言葉だが、今回は逆のケース。「本当に間違いないですか?」と訊くと、会計の女性、「抜糸だけですから」とアッサリ言う。

「すみません、もっと掛かると思ってカードしか持ってきてないんですが、こんな額でもカードで支払って宜しいでしょうか?」と訊くと、「最近は少額でもカードで支払われる患者さんが多いですよ」とのこと。もしも渋られたら腕時計でも担保に置いて現金を取りに帰ろうと思っていたのだが。

それで思った。最近はコンビニでも nanaco だの QUICPay だの、お財布携帯なんかで支払う若者は多いし、世の中、相当な勢いでキャッシュレスに向かっているのでは、と。つまりは「全てカード決済」の時代がすぐそこまで来ているのでは、と・・・。現に、昨年TDLに行った際、1円の現金も持って行かなかったが、家に戻るまで全く困らなかった。今は公共料金もカード支払いだし・・・。自動販売機でも小銭は要らなかったりして。

受け入れ側の問題もあるけど、多くの企業が給料も振り込みだし、そこから現金を下ろさなくてもカード決済していれば済むなら、カード入れさえあれば財布は要らない。重たい小銭も持ち歩かなくて済む。電車もタクシーもカードでOK。カードで支払えばポイントも付くし、利用履歴を重ねれば信用度アップにも繋がるもの。属性としては最低ランクの私がJCBの「ザ・クラス」カードを持たせて頂いているのも、20年以上も利用履歴をコツコツ積み重ねていたからに他ならないと思う。

スーパーのレジの行列も、皆がカード支払いなら待ち時間は短縮するし、メリットのほうが多そう。現在の高齢者が理解できるかどうかの問題があるが、ならばクレジットカードでなくプリペイドカードでも良い。大阪で検討されたが、生活保護費もプリペイドカードで支給すれば良いのでは。

銀行のカウンターの内側で行員がお札を扇型に広げて手際よく枚数を数える名人技が見られなくなるかも。もっとも、最近はどこも機械で数えていて味気なくなっているけど。あ。現金輸送車も消えるか・・・。

今はまだあまり普及していないが、これからは我々の業界でも、契約金や家賃の支払いもカード決済、という方向に進まざるを得なくなるかも・・・。

中には(ブラックで)カードが作れない人もいるだろうから、アパート申し込み時の審査も、カードの有無と有効かどうかで出来たりして。一部のお年寄り以外は現金決済しない、という時代になるのかなあ。

「いつもニコニコ現金払い」っていうのは遠い昔の話になりそう・・・。

posted by poohpapa at 06:08| Comment(12) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月03日

この二つ活動は対照的

3/17付の記事、「こんな問題を小学生に理解させる必要があるのか」とは対照的な話。

NPO法人 抱樸(「僕」ではなく「樸」)による「生笑一座」(いきわらいちざ)が、九州を拠点に小学校などを廻って公演(講演)しているとのこと。メンバーは全員が元ホームレス。

HPによれば、

◆ 生笑一座(いきわらいちざ)のご案内 ◆

@ 一座が始まったきっかけ
座長である「蛤 牡蠣右衛門」こと奥田知志は、ある日ふと思った。どうしてこんなに豊かになったこの国で子どもたちが、自らを追い詰めてしまうんだろう。
そんな気持ちを仲間に相談をすると「わしらもおんなじような気持ちになったことがあるぞ。どうやったら生きていけるか、ちょっとわしらが話してみようか」
「ありがとう。一人で悩まず、仲間に話してみて、良かったよ。よし、デビュー公演は、2013年8月、福岡県だな!」から始まりました。

A 一座の伝えたいこと
住む家や家族を失った経験からわかったことや見えてきたこと、そんな自分を真剣に大切に思ってくれる人がいたこと、「生きてさえいれば、いつか笑える時が来ること」を子どもたちに伝えたいと思います。そして、困ったとき、苦しいときは遠慮しないで、「助けて」と言いなさい。「助けて」は恥ずかしい言葉ではないということを知ってもらいたいと願っています。

B 公演の内容
サバイバルな生活の知恵(段ボールハウスの秘密、空き缶集めのルール、食べ物を大事にする方法など)について、実践を交えながらご披露したり、お芝居として演じたり、上手な「助けて」の言い方、元気の出る声の出し方(歌つき)などのハウツーも子どもたちに分かりやすい形で紹介します。
(※ 公演会場等は、どんな状況でもきちんと工夫いたします)

C 公演に関するご負担等
福岡県北九州市から、出向いてまいりますので、公演に際しては、交通費等の実費のご負担を相談する場合があります。上記「公演のご依頼」のページからお問い合わせください。

D 主な座員のご紹介
友だちだった犬のランとの思い出や段ボールの技をこっそりお教えする松尾寿幸さん、空き缶集めの奥義をご披露する西原宣幸さん、軽やかな歌声のさっちゃん、「なかまが大切」がモットーの松葉吉一さん、伴走と伴奏のプロ谷本仰さん、そして、座長は宮城の牡蠣が大好きな奥田知志でございます。


とある。

当然のことながら、全員が苦労人である。ということは、人の痛みが解かる人たち、ということ。ホームレスをしていた時には、心無い人に、段ボールに火をつけられたりもしたようだ。もちろん、好きでホームレスになったわけでなく、いろんな事情があって野宿生活に入ったハズ。ホームレスと乞食とは違うが、その違いが判っていない人は多いと思う。正当な事情があって生活保護を受けている人は別だが、不正受給を受けていたり、少しは働けるのに全く働こうとしていない人は乞食に近い、と私は思う。私がホームレスの人の部屋探しをするのは、「ホームレスの人は基本的に真面目」と思っているから。

自分は契約金や家賃を払えない、と解かっているから部屋を借りようとしないワケで、家賃を払う気が無いのに部屋を借りる奴より遥かにマトモと言える。今、幸せな家庭に育っている子供たちだって、いつ何時どんな理由でホームレスにならないとも限らない。そうなったらもうお仕舞い、というのでなく「何かあれば恥ずかしがらずに恐れずに誰かに話してごらん、必ず希望が見つかるよ」と子供たちに伝えるのが一座の目的。活動の目的は、テレビ番組「しくじり先生 俺みたいになるな」と似ているかも。

これねえ、同じく九州を拠点に講演活動をしていても、冒頭の「自分が性同一性障害であることを告白して、そういう minority に(差別しないよう)理解を求める」より、生笑一座の活動のほうが遥かに意義があるし、子供たちに伝えるべき事柄だと思う。もっと言うなら、前者は小学生の前に出てきてはいけない人。世間に理解を求めるような話でなく自己消化すれば良いだけの個人的な話。世間から冷たい視線を浴びせられているとしても、弱者じゃないし。本人こそが勘違いしていると思う。

前者を呼んだ小学校・・・、呼ぶ相手を間違っているのではなかろうか。

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2018年04月02日

立川は、今日あたりが私の大好きな葉桜

私は、満開の桜より、散りかかった葉桜が好き。

今年も桜が観られたなあ・・・、散り始めて、「来年も観られるかなあ・・・」と感慨に耽るのが好き。

鬼平の物語の中で、長谷川平蔵が(悪党を捕らえるの功績があった)労咳を病む間取りの万三を捕えずに、呼び寄せていた万三の女とともに駕篭に乗せて、「どこにでも好きなところに行け。桜が咲くころまで元気でいろよ」と送り出すシーンが大好き。桜を見るといつも思い出す名場面である。

って、毎年書いてるか・・・ (*^_^*)

posted by poohpapa at 08:12| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月17日

こんな問題を小学生に理解させる必要があるのか

少し前に、ネットでこんなニュースを見掛けた。

「私は男で生まれましたが」真っ赤なミニスカートで授業

こういうデリケートな問題を小学生に理解させる必要があるのか、と、ずっと疑問に思っていた。伝えるなら高校生になってから、どうしても義務教育中に理解させたいなら中学2年あたりがベストかと私は思う。今の世の中、minority (少数派)に配慮することが人権、と思っている風潮があって、そういうのを押し付けられるのは不快である。なぜなら、性同一性障害は心の病気であって、本人から「理解してくれ」と訴える話でなく、周囲が気付いていても触れないでいてあげるだけで充分、それが「そういう人たちへの配慮」だと思うから。自分から小学校に出向いて教壇に立って伝えるような話ではないだろう。

個人的には、オカマや女装は個人の趣味の問題だから全然OK、もちろん、その逆もアリだと思う。体に障害を持つ人に配慮して公共施設などでバリアフリーに改修するため税金を使っても文句はない。

私は世の中の大半の人がそうであるように、もし女として産まれてきてもそれを受け入れて生きていたと思う。男として産まれてきたから男として生きているだけの話。それが受け入れられなくて「女に(男に)産まれたかった」というのは「無い物ねだりの我が儘」くらいに思っている。まあ、私みたいな人間にこそ理解させる必要がある、くらいに人権団体は思うだろうけど、心の病は、人様に理解や配慮を求める話ではないと思う。

世の中の少数派に対して理解をしなければならないのは事柄によりけり、人権の名の下に理解を無理強いされるようで、時と場合によっては逆差別になるのではないか。そういうのは個人の問題で、本人が先ず「そういう病気」を受け入れて生きていけばいいだけのこと。受け入れられなければ本人が悩んでいればよい話で、一種の自己責任。配慮するのが常に人権保護、とは限らないのだし。

ハッキリ言って、60に近い元男(?)が、真っ赤なミニスカートを穿いて人前に出る・・・、私からすれば立派にゲテモノの範疇で、児童に見せるべきではないもの。伝える対象と方法が間違っている。あ・・・、念のために言うと、私は、60近い女が真っ赤なミニスカートを穿いていてもゲテモノだと思う。

いずれにしても、小学生に解からせるのは無理というもの。この企画をした小学校の関係者・・・、著しく児童への配慮に欠けているのではないか。

posted by poohpapa at 05:22| Comment(6) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする