2021年01月13日

マイノリティ(少数派)による「人権」という名の暴力

1月5日づけの記事、「拡散希望、とのことでご協力、もちろん私も概ね同感」を読んだ友人から電話があって、「なるほど、そういうこともあるか・・・」と驚き、納得もしたのでご紹介したい。記事の中で私はジェンダーフリーについて批判的に書いていて、友人は実体験を聞かせてくれた。

友人はいつも通り仲間(女性)とウオーキングをして、帰りに Jonathan's でお茶を飲んでいて、相手がトイレに行ったんだと。すると、そこに、女性の格好をしているけど明らかに男と思われる人物が・・・。女性は(用を足したくてトイレに来たのに、そんなのがいたからといって用を足さずに戻るのは不本意だから)とボックスに入って、その人物がトイレから出ていく気配を待って用を足したとか。

洗面所の鏡の前で化粧でも直していたものか、でも、そんなのがいたらさぞかし驚くことだろう。その人物が単なる女装趣味なのか、LGBT の 「T」、つまりトランスジェンダー(性同一性障害)かは不明で、そういう雰囲気を醸し出しておいて盗撮や悪趣味な録音をしようとしているのかも知れない。相手がもし「私はトランスジェンダーなのよ」と言ったなら許容しなくてはならないのか、疑問である。

性転換の手術をして、おチン〇ンやタマ〇マを切り落としていて、誰が見ても女性と認識するのならともかく、ゲイバーにいるような、明らかに「アンタ、本当は男じゃん!?」と直ぐ判るようなのが女子トイレに入るのは如何なものか。そういうのが男子トイレに入っていても、男性なら「おおおっ」と思っても受け入れると思うが、逆は無い。個人的には、まだおチン〇ンやタマ〇マが付いているなら、いくら女性の格好をしていても女子トイレを利用すべきではない、と思う。確認しようがないけど。

ファミレスなんかで用を足したくなったら、スタッフに事情を話し、トイレの前で待機していてもらうとか、他の客に迷惑を掛けない方法、マイノリティの側が配慮できる方法が何かあると思う。

昔は大多数の「普通の人」(そういう問題を抱えていない人)の陰に隠れて生きていたのが、人権活動家のお陰で「LGBT 」の人たちも大っぴらに権利を主張できるようになってきた。そのこと自体は悪いことでは無いが、被害者意識が強すぎて、度を越して権利を主張しているような。

部落差別問題と似ている。「今も差別がある、差別されている」と主張する人たちがいて、利権に目を付けた人たちに後押しされて国や自治体に補償や特権を求めたりしている。筋違いも甚だしい。

少数派にも人権があって、多数派は少数派にも配慮するのが当然だとしても、少数派による権利のゴリ押しは一種の暴力。まあ、公共施設でのトイレに「男性用」「女性用」の他に「B・T用」があれば解決するのだろうけど、スペースも費用も必要。だいいち、そんなのを設けたら「入る時に好奇の目に晒された」と文句を言うことだろう。

現代は、いろんな場面で、もう「少数派=弱者」ではない。声の大きな弱者が(本当は理解しているワケでなく利権に群がる)支援者の後ろ盾を得て、(誰もが反論しにくい)「人権」を盾に、多数派(自然に普通の人たち)の権利を侵害して不快な思いをさせている。

これ、少数派の人たちが「私は極めて少数派の人間であって、多数派の人たちに少なからず不快な思いをさせているかも知れない。そのことを認識してなるだけご迷惑を掛けないように生きていこう」と考えているのが伝わってくるなら、多数派の人たちも快く受け入れられると思う。それが今では「そうだよ、私たちにも人権というものがある!」と声高に権利を主張し始めると不快になる。

炎上覚悟で言うと、車椅子や要介助の人が国会議員の選挙に当選したことで、国会議事堂の中の階段をスロープにしたり、様々な改修工事が必要になるが、衆議院議員465人のうちの一人のために、であるから、自分が国会議員になろうとするのでなく、ちゃんと理解をして代弁してくれる支援者になってもらおう、と、どうして考えないものか。もちろん、権利は有るのだが、いつでもどこでも権利を行使していい、にはならないもの。少数派が遠慮すべき場面、というものは有ると思う。

川崎市のヘイトスピーチ禁止条例が典型的な例だが、逆差別が世に蔓延っている。嫌な時代だ。


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2020年12月25日

生きていて、一番辛いことは何でしょう?

おカネが無いこと、食べ物が無いこと、健康でないこと、気に掛けてくれる人が誰もいないこと等々、いろいろあるでしょうけど、私は・・・、



人から誤解されること

です。

貧乏や不健康な状態は慣れてもいますし受け入れられますが、誤解されるのは最高に苦痛です。

もちろん、誤解される側にも何がしかの理由や責任はある、とは思いますが。悪意で嘘を吹聴して回る奴もいて、本人があがけばあがくほど、嘘が広まったり誤解が消しようがないものになったりして。

その価値観こそが、私が「韓国が大嫌い」な一因にもなっています。

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2020年12月23日

毎年悩まされる年賀状

例年、公私で200枚近い年賀状を出しているが、正直、そこそこ心の負担になっている。今年もまだ書いて(印刷して)いない。今日の定休日には仕上げないと、元旦に間に合わない・・・。

年賀状でしか互いの無事や近況を確認できない相手もいたり、普段からお世話になっていて一つの区切りとして年初にご挨拶させて頂く意味があったり、とかなら解かるのだが、年賀状が届いても届かなくても今後の付き合いに全く影響しない友人もいて、そういう関係なら無用だと思う。仕事関係は難しいが、プライベート中心で50枚は削減できそう。それくらいじゃ削減できたことにならないか・・・。カネの問題でないけど、国や自治体の財政削減と似ていて、やらないよりマシ、くらいの話。

逆に、今からでも年賀状を出したいな、と思う旧知の友人もいるけど、今更だしなあ・・・。

中には、私が出しているのに出してこないかねえ・・・、という相手もいる。ピンポイントの話で、その昔に記事にしているけど、20年ほど前、大手住宅メーカーが、「今、調布のマンションに入居中の家族が1年近く家賃が遅れていて、家主さんが当社に相談にきたのですが、オタクで相談に乗ってやって頂けないでしょうか」と私に振ってきて、お困りだろうからと引き受けた一件。入居しているのは80歳近い母親と、離婚した50歳の長男とその子供が一人。契約者は50歳の長男、連帯保証人の弟はもう逃げている。長男を店に呼んで話をしたが埒が明かない。

ソファに座るなり「煙草を吸ってもいいか」訊くので、「ダメです」と答えると、「ここに灰皿があるじゃないか、吸ってもいいんだろ」と言う。「いいえ、他の人ならかまいませんが、あなたはダメです。家賃を一年も滞納しているなら、『ご迷惑をお掛けしているので煙草もやめました、月に1万にしかなりませんが、これだけでも収めてください』と言うのが当たり前」と言うと、立ち上がり、

「俺はこう見えても拓大を出てるんだよ」と言う・・・。意味不明、ダメだこりゃ、である。

どうにか追い出して、毎月少しずつ家主さんに振り込んでもらうことにして、振り込みがない月には移転先の隣町の東大和の貸家を訪ねて催促していた。家主には年賀状を送っていたけど家主からは届かず、3年目にようやく家主から届いた年賀状には「11月分が振り込まれていなかったのでよろしく」とあった。非弁行為だし、私はここまで全て無償で行っていて経費すら請求していない。

追い出した後の入居者募集をやらせてもらったのはいいが、3者からほぼ同時に申し込みが入ったことで家主が入居者を選べる状態。三鷹のお蕎麦屋さん協会の会長夫妻、東京電機大学教授のドイツ人と日本人の奥様、それに社員数十名の広告代理店の法人契約。私は「この中でなら地元で商売をしていて信用もあるであろうお蕎麦屋さん協会の会長がいいと思います。大学教授はトラブルになると理屈っぽくて面倒だったりします。小さな会社では法人契約といっても怖いです」とアドバイスしたが、「個人に貸して懲りたから法人にしてくれ」とのこと。家主がそう言うなら仕方ない。

だが、それは広告代理店なんかでなく暴力団で、入居早々部屋の前に組事務所の看板を出したから大騒ぎになった。だから言ったのに・・・、である。当然のように家主は私に「オタクで追い出してくれ」と言う。簡単に言うが、相手は八王子でドンパチやって死者も出している武闘派暴力団。

調布警察の中にある丸暴相談室に行って弁護士とも相談したが、「もう専門家に任せたほうがいい」とのことで、全く同感。家主に「ここから先は専門の弁護士に依頼してください」と言って下りた。私に一方的に世話になっていながら年賀状も寄こさないでいて、3年目に初めて届いた年賀状が取り立ての依頼じゃあね。私にも家族がいる、ハートのない家主のためにタダで命を懸けられないもの。

こちらからは3年続けて出しているのだし、年賀状一枚くらい出せるだろ、である。

「この家主さんのためならカネは要らない、何でもお役に立ちたい」と思える方もいらっしゃれば、「カネをもらっても嫌」という相手もいて、もちろん年賀状は届かない。立場が違うから、普通の家主さんなら年賀状が一方通行でも全然かまわないのだが、腹の中で「アンタんとこに管理させてやってるんだから何でもタダでやってくれて当たり前」くらいに思っているのが透けて見える家主は不快。

東大和に移転した家族の老婆から言われた「坂口さん、みんな片付いたら、一緒に食事でもしましょうね」という言葉のほうが遥かに温かい。その日が来ないのは解かっていたけど、「そうですね、(息子は呼ばないけど)一緒に食事しましょうね」と答えた。もうお亡くなりになっているだろうな。

年賀状、と聞くと、どうしてもその一件を思い出してしまう。

まあ、そういうのはプライベートでも有る。器が小さいのかも知れないけど・・・。うん、来年から年賀状は減らそう。新年の挨拶は LINE でもできるし・・・、などと急にデジタル人間になったりしてね。

posted by poohpapa at 06:31| Comment(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月15日

私の好きな言葉

「敵は恐るる足らず、甘言を弄する友を恐れよ」

甘いことを言って(こちらを)その気にさせて判断を誤らせ、何かの責任を取らされることの無い自分は利益に与って、結局は思いのままに操ろうとする奴(ほとんど身内)というのは何処にでもいるもので、一見、良き理解者や味方に見えて、擦り寄ってくる奴こそ警戒しなければならない、という意味。

敵とハッキリ判っている相手には、こちらも充分に身構えて対応するので恐れるには足らない。しかし味方のように思わせて近づいてくる者には油断をするな、真の友かどうかを見極めて交わる知恵を持て、ということだろう。甘言・・・、マラソン選手に沿道からコーチが「いいペースだ、あと5キロだ、大丈夫だ、もう少しぺースアップしろ、先頭は捉まえられる」などと激励するのはOKだけど。

「先頭はもう競技場に入った。3位も500m先を走っている。もうメダルは無理だ。あとは自分のペースで走れ」と本当のことを言ったら気落ちして棄権してしまうかも。そこは、嘘も方便だろうけど。

まあね、部下のお世辞や「大本営発表」みたいな報告を信じてしまう無能な上司も多いけど。

今、1年以上も店舗の賃料を滞納している借主に「纏めて払うよう」言っていて、それが為に恨まれて嫌われたのも知っているが、逆恨みもいいところ。事業継続支援金200万と家賃補助とで併せて240万の補助が受けられたのだから、120万ちょっとの滞納賃料が払えないワケが無い。だいいち、仕入れとかでなく別の借金返済や生活費に回してしまったなら制度の主旨を間違って捉えていることになる。

もう16年もブログをやっていて、初期の頃から私の考えに1から10まで賛同していた人は必ず離れていっている。その時は味方でもあり理解者でもあったとは思う。私も「あなたの考え方は間違ってないよ」と言われれば嬉しいし安堵するけど、100%消えている。「それは違うと思う、こういう見方もできるよ」とハッキリ指摘してくださっている方は今も付き合いが残っている。

ブログがご縁でいろんな相談を受けるけど、相手が期待している、あるいは実は自分なりの結論を持っていて、私が「あなたは間違ってないよ、それでいいと思う」と言って背中を押してくれることを期待してやって来たけど、私が「違う回答」とか本音を言ったことで離れていった人もいるしね。私はそういうことで人から嫌われることは何とも思っていない、それで離れていったとしても気にしない。「来る者 拒まず、去る者 追わず」である。この考え方は、私が尊敬する同業の女性社長から教わったこと。

それと、私が特に親しくしていた友人との別離で悩んでいた時に、横浜のTさんから掛けて頂いた「それは、互いの役割が終わった、ということですよ」という言葉にはもの凄く救われた。互いに、代わって役割を果たしてくれる人が必ず現れるもの、そう考えれば気持ちが楽になる。いや、楽になった。


先日、私が読んでいる「60億人の名言」というメルマガに、こんな言葉があった。

 十人が十人とも悪く言う奴、これは善人であろうはずがない。だからといって
 十人が十人ともよくいう奴、これも善人とは違う。真の善人とは、十人のうち
 五人が貶し、五人が褒める人物である。


                   (孔子 中国の思想家・哲学者)

我が意を得たり、である。まあ、5:5じゃダメで、私は(貶す)2:8(褒める)か、1:9くらいがちょうどいいと思う。私自身も、今まで付き合ったり面識のある人ではそれくらいの比率で好かれたり嫌われたりしていると思っている。私の場合「どちらでもない」は希少だろうな。いや、「だから私は善人だ」と言っているのでなく、「誰からも悪く言われないような奴が世の中に役立つハズは無い」と思っているだけ。

posted by poohpapa at 06:25| 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月16日

営業トークに役立つ(かも知れない)豆知識

「次のページ」 「次のページ」と続けていって、いくつページを開いたか分からなくなるけど、まあ、知っていて損は無い知識。逆に、得もしないけど、営業トークの中で「雑学知識」として使えそう。ところどころ日本語が変なので、この記事を書いているのは日本人じゃないかもだけど。

これらの家庭用品がこのように使用できることを知っていましたか?
Daily break

一つ追加すると、「鍵の回りが悪くなった時、鍵穴に油を挿してはいけない」とか。油を挿すのは逆効果、鉛筆の芯を削った粉をキーに塗すといいらしい。もちろん、キーに油を塗って鍵穴に挿すのもNG。

いかにも「どうです?、私は博学でしょ!」とばかりに知識を披露するのは嫌味でしかないけど、さりげなく「ああ、その場合はこうすると良い、って聞きましたよ」くらいに話したなら好感度アップに繋がるかも。営業マンはどんな話題を振られても、例えば「すみません、私はゴルフはしたことがないので・・・」と言ってはならないもの。相手が話したがっている話題を遮ってしまうのだから。

相手に合せて「パープレイで回るなんて凄いですね」くらい言えなければならない。経験してなければそれを正直に伝えて教えを乞う姿勢でいれば間違いないとは思うけど。「ゴルフの上手い人には憧れますね」と心から言えるようになれば良い。

私なんか、練習場にも行かず、いきなり初めてコースに出たのが大橋巨泉も会員になっていた伊豆のサザンクロス・カントリークラブで、会社の慰安旅行の一環だったんだけど、その時私は20歳、キャディから「アンタ見てると、つくずく気の毒になるわ」と馬鹿にされたんだから、いかに下手だったか知れようというもの。「お客様」でなく「アンタ」と言われたのがショックで、半世紀たってもまだ覚えている。

それはともかく、歳を取っても「貪欲に知識を吸収しようとする姿勢」は大切なんだと思う。

posted by poohpapa at 07:13| Comment(4) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月31日

こういうのは、親切を通り越して怖い

一昨日、ある方に LINE で「お誕生日おめでとうございます」と送ったのだが・・・、

夕方には「 LINE を使って大切な方にプレゼントが送れます」との広告が届いた。たまたまなのかなと思っていたら、「今日がお誕生日の〇〇さんにプレゼントを送りませんか」だと・・・。べつに、スマホや LINE に友人知人の誕生日を登録しているワケではない。まるでメッセージを覗き見されているかのような話。そういうのを「便利」と思う人もいるだろうけど、親切ではなく「大きなお世話」だったりして。

PCなんかでも、何か商品を検索すると次からは関連した商品の広告が表示されたり、ヤフオクで出品物をチェックすると、次から「あなたが検索した商品の関連商品があります」とか「最安値の出品はこちら」などと表示される。そういうのは便利だったりするけど、LINE の話は怖いものがある。

詳しいことは解からないけど、大阪府が TikTok での情報発信をスタートさせるとのことだが、 TikTok って運営会社は中国・・・、大丈夫なのかなあ、極秘事項までハッキングされそう。ま、それを言ったら LINE も韓国なんだけど。ソフト開発とハッキングは(繋がっていても)別の話だとしても、怖い、と思うようになってきた。なんか、「日本は世界から遅れている、取り残されている」と感じてしまう。

日本は、ハード面では世界一の演算速度を誇るスパコンを開発したりしているけど、大切なのはソフトではなかろうか。スパコンの世界一なんか他の国に譲って、日本はもっとソフトの開発に注力したほうが良さそう。そうしようとしていても、ソフト面で中国や韓国に追いつくのは困難かも知れないけど。

日本には、中国や韓国みたいに「情報や極秘事項を(日本から)盗んでやろう」という凄まじい執念は無いもんなあ・・・、その差は大きいよなあ。スパイ防止法も無くて産業スパイにとっては天国だし。ま、ハッキングなんて面倒なことしなくても、最近は優秀な技術者を高給でスカウトしているけど。


と、書いていたところに再び LINE で「今日はAさんの誕生日です(プレゼントを・・・)」と送られてきた。Aさんというのは入居者さんで、電話番号だけで LINE のお友だち登録がされている人。今までに LINE でやりとりしたことは無く、もちろん、私はAさんの誕生日を登録していないから、Aさんご自身が LINE のプロフィールに誕生日を登録しているんだろうけど、そんなのが届いたのは初めて。

以前からそうだったけど、昨今はとくに中国や韓国を「疑いの目」で見るようになってしまった。

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2020年06月03日

さっきの記事の続き、みたいなもの

私は、みんなが「そう」だと言っている事は疑って掛かる、と言ったけど・・・、

今、その最たるものが、池上さん(ジャーナリストの池上彰さん)である。どんなジャーナリストや評論家、専門家が意見を言っても、国民のほとんどから支持されるなんてことは無く、必ず一定の割合で「それは違うでしょ」という反論が出るもの。ところが、池上さんが言えば(解説すれば)ほとんどの国民が「池上さんが言っているんだから間違いない、そうかもね、その通りだろう」と思ってしまうのではないか。

だから、私は疑う。具体的な根拠は・・・、無い。私の感、である。私なんかより何十倍も勉強なさっているだろうから、私が言うことよりも正確だとは思うけど、池上さんほどの人であっても、どうもテレビ局(制作側)に迎合している部分があるような・・・。そして、そこが一番危険、という気がしてならない。

まあ、池上さんが都知事選に出馬したなら現職の小池さんでも勝てないだろうな、間違いなく。現職に勝てる対抗馬は池上さんしかいないけど、野党が担ごうとするかなあ・・・。本人は出ないだろうけどね。

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このアンケート結果は不承知

現在、必要でないモノは? トップは「学歴」
ITmedia ビジネスオンライン  2020/06/01

私は、みんなが「そう」と言っている事は疑って掛かることにしている。うちの業界での「AD」がそうであるように、えてして少数派の意見のほうが正しいことって多々あるから。ほとんどの不動産業者は「余計なこと言わずに知らん顔していろよ」と思っているだろうけど、多数派の意見が正しいとは限らない。

で、学歴・・・、若い頃は私も「必要ない」と思っていたけど、歳をとってきて逆の考えになりつつある。このアンケートでは「要らない」となっていても、学歴は必要、有ったほうが良い、と今は考えている。高校時代、同級生が受験勉強まっしぐらだった時、「学校の勉強なんかクソの役にも立たんでしょ。小学校で習った円周率なんかも死ぬまで一度も使わないよ」と主張していたら、先輩から「それは勉強が嫌いなのを言い訳しているだけ」と窘められたけど、円周率など一度も使ったことが無い。

円筒形の物を紐でしばる際、「えっと、直径が28cmだから、円周率の3.14を掛けて、3周させて結ぶ分の余裕を足すと・・・」なんて計算したことは一度も無い。直感で「こんもんだろ」で切っている。それで「あちゃあ、ちょっと短かったか、失敗したなあ」なんてことは無いのだ。

高校時代から、「日本史も世界史も、教科書の後ろから教えるべき。明治維新の前の出来事は教養でしかなくて、それ以降は教訓。これから役に立つのは教訓。時間切れになって、日本史も世界史も近代史に入る前に終わってしまうのはおかしい」と主張していた。国語の試験で「傍線部の作者の意図は何か」という設問も、そんなの本人に訊いたワケでもないのだから教師が勝手に「これが正解」とするのはおかしい、いろんな捉えかたがあっていい、と思っていた。まあ、屁理屈だけどね。

まあね、教科書で学んだことが「あれは役に立ったなあ」なんてこと、一度も無かったのは事実。

中学時代から、校則が一方的に変えられた時など、私は「それはおかしい」と思ったなら絶対に従わなかった。そうすると、教師のほうから折れてくる。「おかしい」と文句を言いつつ教師に抗議することなく校則に従っている同級生を「コイツらが社会に出ても使いものにならんだろうな」と見下していて。

生活指導の先生から「将来、弁護士になれ」と言われたけど、そんな頭は無いから宅建士で止まっている。そこまでで精一杯。自分がならなくても信頼できる弁護士を知っていればそれで足りるし。

うん、「学歴」は有ったほうがいい。学歴そのものより、いい大学に行けば人脈も築けるし、中卒や高卒だと大企業には採用されない。大企業や役所に就職すれば老後に受け取る年金の額も違ってくる。私が受け取っている年金は2ヶ月で11万円ほど。それでは暮らせない。一流大学から大企業や官庁に進んだ同級生は、今、遊んで暮らせる額を受け取っている。仕事があるだけ幸せだが私は死ぬまで働いていなければならない。中学、高校での頑張りの差は老後になってから如実に表れる、ということ。

このアンケートには年金を受け取っている人たちの声も反映されているハズなんだけど・・・。「学歴」の次に不要なものが「資格」って、何にも解かってないじゃん、と思う。世の中には「どうでもいいような資格」が多くあるのも事実だけど、資格が無ければできない仕事もあるのだし。

島田紳助の二番目の娘さんだったかな、勉強が大好きで、紳助が「おまえ、勉強なんかせんでもええやろ。なんで勉強すんねん?」と訊いたら、「勉強していい大学に入れば可能性が広がるやん」と答えたとか。素晴らしいと思う。そう、私は勉強から逃げて可能性を狭めていただけだった。

ただ、勉強がしたくなくて生徒会活動に逃げていたけど、当時の体験が今すごく役に立っているし、いい先輩に恵まれたので幸運だった。以前から何度も「老後にどこで勝組と負組が分かれるか、健康であることは当たり前なので置いといて、老後の資金が潤沢にあるのに越したことはないけど、自分の話を聞いてくれる人が何人いるか、互いに気に掛け合う人がどれだけいるか、そこに尽きる」と言っているが、しょうもない友達をいっぱい持っていてもどうにもならず、そういうところで学歴がモノを言う。

私の場合は、学歴が無くてもたまたま良き友達に恵まれているけど、結果論として(高い)学歴は有ったほうがいい。良き人脈を築くためと豊かな老後を送るために。以前は「学歴なんか要らない」と言っていた私が「有ったほうがいい」と言っているのだから、本当に有ったほうがいいものだと思う。

もちろん、ここで言う「学歴」・・・、大卒かどうかでなく「どこの大学で何を学んだか」ということだけど。

なんか、支離滅裂になっちゃったけど、ご勘弁

posted by poohpapa at 05:56| Comment(17) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月16日

コロナじゃない(と思います)けど、体調が良くありませんね・・・

すみませんが、頂いているコメントへの返信、お時間ください。少しずつ、そして、順番が前後すると思いますが、どうかご了承ください。このブログをいつも訪問してくださっている方にはそういう「お断り」は無用かとは思いますし、逆に失礼でしょうけど。

ちょっと短めに、今思っていることを書かせて頂きます。いや、長くなるかも、ですが。


「はなくろ」さんのブログで、「集中治療を譲る意思カード」、平たく言えば「人工呼吸器等が不足した場合は自分は辞退して若い人に譲ります」という意志表示のカードの存在を知ったので、今度取り寄せて所持していたいと思います。いつ何時、口が利けなくなるかも知れませんので。「悪徳の奴、そんなカッコいいこと言っててもイザとなれば命乞いするに決まってる」とお疑いの方は多いでしょうけど (^◇^)

一度アップしてから、ふと考えました。

私がもし医師なら、「若者に譲ります」と言う高齢者に人工呼吸器を回して、「譲らない」という高齢者には人工呼吸器を着けさせないかも。いくら「歳は取っていてもやるべきことがたくさんある、背負っているものが大きい」としても、他の人にも家族はありますし、ここは「潜水艦浮上せず」の精神で行くでしょう。

私は、例えばの話、もし他人様の臓器の提供を受けなければ死ぬ、という立場になった時、たとえ身内から「私の腎臓を一つ使って」と言われたとしても断ります。親からもらった体で生きていけなくなったなら、それが自分の死に時、だと思っているからです。自分は他人様からの臓器提供を受けてまでは生きようとしない、という考え方です。逆に、ドナーカードは持っていました。他人様が、知らない誰かから臓器提供を受けてでも生きていたい、(子供を)生かしてあげたい、と思うことは否定しません。

「自分はしないけど、他人様がするのはかまわない、むしろ当然じゃないか」、と思っています。年齢的にもう臓器提供はできなくなりましたが献体はします。献体・・・、死んだ後、医大生の手術の練習用に使って頂く、というものですね。以前に東大病院から資料を取り寄せたのですが、(元妻と暮らしていた)家を出る際に失くしているので改めて取り寄せたいと思っています。それも、早くしなければ・・・。でも、コロナで死んだら献体の意思表示も無駄になるでしょうけど・・・。

その件に関しては、「自分はこういう主義で、私の考え方は正しい、だから他の人もそう考えるのが当たり前」とは思わないのです。我ながらマトモな考え方だと思いますね。実は、そういう考え方が全くできない人、そもそもそういう発想が無い人たちがいます。野党の議員や支持者たちです。自分と違う考えに理解を示して「この部分をこう改善したらどうでしょう」という提案などせず頭から全否定します。

もっとも、私も「ダメなものはダメ!」と言うこともありますし、そのほうが多いかもですが (滝汗

私に、「アンタみたいに考える人ばかりじゃないぞ、違う考え方もある。それを尊重せなアカンぞ」と教えてくれたのは中学時代の恩師でした。高校の先輩たちからもいろんな物の見方を教えて頂きました。

何度も言ってますが、「世の中、すべて相手があること」なんですね。

このコロナ騒動、国民全員が納得できる対策なぞ望むべきもありません。みんな、状況や立場が違うのですから。不十分ながらも政府なりに「なるだけ多くの人に納得してもらい、感染が喰い止められる方法、生活を支援する政策を模索(試行錯誤)している最中です。今日もいろんな人(芸能人)が政府の対応に怒りをぶつけていますが、「自分の主張が通ったなら困る人もいるかも」という発想がありません。

もう、解かったような顔をして勝手なことばかり言ってますね。坂上忍なんかとくにそう <`ヘ´>

再度言いますが、「国民の全員が納得できるような対策」なんてありません。もしも政権交代して枝野が総理になったとしても今より良くなることはありません。いや、もっと酷くなりますね、きっと。取り巻きも含めて、自分と違う考えを聞く耳など持っていないのですから。何でもハナから決めつけて掛かりますし。

みんな不平不満はあるでしょうけど、誰もが我慢をしているのですから、今は政府や自治体の要請を受け入れて、自分にできる予防に努めましょうよ。総括するのはコロナが落ち着いてからでいいでしょう。

なんかねえ、今の世相を見ていると、日本人てこんなだったっけ?、と悲しくなりますね。生活も国民性も破壊されて、コロナ以後、元の日本に戻れそうもないような、そんな感じがします。

私は、「自分が最前線に行かなくていい人たちで決められるなら、この世から戦争は無くならないんじゃないか」と若い頃から思っていて、コロナも似たようなことは言えそうです。「自分たちは安定した給料がもらえる人たち(議員や公務員)に所詮は下々の苦労など解かりはしないから名案など浮かぶワケがない」ということでして、そういう理由から言えば最初から国に期待はしておりません。だから「ああしろ、こうしろ」 「早くしろ」 「もっと出せ」などと言いません。元々人間社会は不条理なものなんですから。

結局、いつも通り長くなりましたが、結論は「自分の身は自分で護ろう」、そこに行き着きます。

posted by poohpapa at 05:51| Comment(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月08日

老いは平等に訪れるもの

先日、隣家のAさんご夫妻と話していて、ご主人が、話し始めて直ぐに止まって固まってしまった。

私が、「今、何を言おうとしていたか忘れたでしょう?」とからかうと図星だった。他人様のことは言えない、実は最近私もよくある。とくに、私みたいに話し好きで、簡潔に伝えるのが苦手で、話が長い人間には、「あれ、オレ、今何を言おうとしてたんだっけ??」ということがよくある。若い頃は少なかったけど還暦を過ぎた頃から多くなってきた。文章なら考える時間もあるし修正もできるが、会話だと難しい。

テレビなんかを見ていて、タレントや歌手の名前が出てこない、なんてのは日常茶飯事。それは私の世代だと誰にでも表れている現象。Aさんのご主人をからかったのも、自分もそうだからに他ならない。

自分の認識不足や間違いを若い人から指摘されることも多々ある。そこで、「いいや、私の記憶のほうが正しい」と言い張ってしまったら本当にボケ老人、ただの頑固オヤジでしかなくなる。若い人から「それは間違いですよ」と指摘されたなら、若い人の指摘のほうがほとんど正しいんだと思う。

ふと考えた・・・。もう若い時には戻れないのだし、程度の差こそあれ惚けや老いは誰にも平等に訪れるものだから上手く騙し騙し付き合っていくしかない。間違っても、自説を押し通さないようにしよう、と。

それで、まだしばらく続く休業の期間中に今度こそ終活をしておこうと思った。私が急に死んだら、私の私物の処分とか店のこと、誰に何を連絡しなければならない等々、すぐに分かるようにしておこう。今もメルカリやヤフオクで落札したりして物が増えているけど、適当に、断捨離もしなければ・・・。

体も心も、自分の老いや不遇を嘆いていても始まらない、どんなに資産家でも、立場違えど人知れず苦労はあるものだろうし、老いは平等に訪れるものだから、それを受け入れて生きていくしかない。歳を取ったら一番必要なもの、それは・・・、謙虚さと感謝の気持ち、なんだろうな。本当にうちのに感謝しているなら、少しでもうちのが面倒に巻き込まれたり困ったりしないようにしておかなければ、と思う。

せっかく天が与えてくれた休業期間、生かして使おう。

さて、今日も良い一日を ♪

posted by poohpapa at 05:46| Comment(6) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月29日

こういう記事は見るのも辛い・・・

加山雄三がケアハウスに入居、コロナ禍で進める若大将「83歳の終活」
週刊女性PRIME [シュージョプライム]  2020/04/28 21:00

私が中学2年の頃、ベンチャーズ寺内タケシとブルージーンズに憧れて、自分たちもエレキバンドを結成して、と言っても楽器を買うカネが無く、全員の楽器が揃ったのは高校2年の時、大喜びで練習し始めたけど路線の違いで2週間で私が脱退。ボーカルを入れたいと言う仲間と、あくまでインストルメンタルで行きたい、という私との意見の食い違い。3年も掛けて準備して2週間で脱退・・・、若かったなあ。

中2の時、加山雄三氏の若大将シリーズ(映画)の「エレキの若大将」を友達と町の映画館に観に行ったのも懐かしい思い出。うちにはDVDもある。久しぶりに観てみようかな・・・。

映画の中で加山雄三が使っていたギターは YAMAHA 製だけど、マイクはモズライトだったような。

私のエレキギター、高2の時に同級生が持っていたものを3千円で譲ってもらったもの。それを親友に貸したら、又貸しして今は行方不明。文句の一つも言いたいところだけど我慢。もしも次に買うならフェンダーじゃなくてモズライトがいいかな、などと思ったりして。夢を見るのはタダだから。

夢のまた夢だけど、コロナが落ち着いたら、こっちで仲間を集めてエレキバンドでも組みたいもの。70歳過ぎの爺さんが「昔取った杵柄」で集まってバンドやったら、さぞかし面白くてカッコいいだろな、と思う。

さて、加山雄三氏、立川のパレスホテルにディナーショーのポスターが貼ってあったけど今は撤去されている。うちのは「おとうちゃん一人で行ってくれば?」と言っていて、開催されたとしても付き合う気は無いみたい。まあ、二世代近く違うから仕方ない。私の周りには誘う相手もいないから諦めよう。

加山雄三氏は「元気な年寄り」のシンボル的な存在だから、またステージに立ってほしいと願う。



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2020年04月27日

出遅れたけど、私の本音を書いておきたい

女優の岡江久美子さんが新型肺炎で亡くなられて、遺骨となって無言の帰宅をされたのだが、

家の前に陣取ったマスコミの奴ら、傲慢でしかない、と思う。普段は「3密を避けるよう」報道で協力を呼び掛けていながら、このザマは何?。ご遺族はどんなにか辛い思いをなさっていらっしゃるだろうに、どうしても、解かりきったコメントをもらって、悲しみにくれるご遺族の写真を撮りたい、ってか!?

百歩譲って、どうしても取材したいなら、どこか一社が代表取材して他社に配信すればいい。マスコミって、普段は偉そうに発信していて、それくらいの信頼関係も協力関係も知恵も常識も無いワケ?

岡江さんのご遺骨は直接の手渡しができなくて、玄関の前には椅子が置いてあって、そこに葬儀会社が置いていったと聞く・・・。家族じゃなくても、悲しいよね。

うちら夫婦は著名人じゃないからそういうことは起きないけど、もし、私がそういうことをやられたら、(うちには無いけど)金属バットを持って出て、取材陣の撮影機材を片っ端から叩き壊したと思う。もちろん、テメエらが悪いのに器物損壊で訴えてくるだろうけど、国民はみんな味方してくれるんじゃないかな。あ、撮影機材を叩き壊すついでに勢いが余ったことにして隣のブロック塀もブッ壊したりしてね (おい

こういうのねえ、志村けんさんの時もそうだったけど、それくらいヒドイ話。そうであっても、ご主人の大和田獏さんのコメントは気遣いに溢れていて優しい大人の対応。ほんと、もう静かにしてさしあげようよ。

忘れてた、YouTube に岡江さんの息子を名乗る男の動画がいっぱいアップされているけど、よくそういうことができるよね。先日たかさんから送って頂いた「バナナの被り物した猫」の動画の言葉、「ちょっと、コロナさん、アンタにも親御さんはいるやろ、そんなことせいと教育されたワケやないやろ?」である。

火事場泥棒というか、最低の行為だと思う。捕まえて、厳罰に処してほしい。

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2020年04月22日

頼んでもいないメルマガが届いた

差出人は、ユーモアメディア
件名は、everyday read

(43)とあるから、その前に42話あることになる。「悪い口癖」シリーズの(43)てことかも。


悪い口癖(43)

六十歳になる石井に再婚の話が持ちこまれた。相手の女性は四十八歳。これまで独身を通してきた人だという。
   縁談を持ってきたのは息子の嫁で、「とにかく一ペン会ってみたら????」と勧める。
   「だけど、この齢で再婚というのもな????」
   石井はあまり乗り気になれなかった。妻とは十五年前に死別し、いまは息子夫婦と別居して独り暮らし。不自由なこともあるが、気ままに過ごしている。
   「せめてもう十年も前ならば、わしも考えないではないが????」
   石井が正直な気持ちを言うと、息子の嫁はムキになってたしなめた。
   「おとうさん、その口癖、やめたほうがいいわよ。何かと言うと、十年も前、なんだから。まだ老け込む齢じゃないでしょ」
   「まあ、それはそうだ??????」
   「大丈夫、相手のひとだっておとうさんの年齢は十分承知しています。こんないいチャンス、二度とないわよ」
   石井はとうとう押し切られて、相手の女性に会うことになった。
   会ってみると、石井が想像していたよりも若わかしい女性だった。着ているものも落着いた色調でセンスがいい。
   「どうも、始めまして?????」
   石井は型通りのあいさつをしたが、気持ちははっきりと弾み出していた。
   「こちらこそ、よろしく????」
   相手はにっこりと微笑んだ。さすがに目尻に皺はできたが、はなやかな笑顔だった。
   __こんな魅力のある女性がなぜいままで独身だったのだろう?
   石井はあっけにとられる思いだった。
   話してみると、言いことは齢相応にしっかりしている。相手をまっすぐ見る話し方に気の強さも感じられたが、石井はそれも好ましかった。何よりもときどき見せる彼女の笑い顔がすっかり気に入った。
   __これから先の人生、この女性といっしょに過ごせたらどんなにいいだろう。
   会話の間、石井の頭にそんな思いがしきりに浮かんでくる。 いっしょになるとして生活面は薬局を経営しているのでまず心配ない。気になるのはやはり年齢だった。
   まだ若さが残る相手に比べて自分は六十歳。齢をとり過ぎたという思いが先に立つ。そんな引け目を感じた石井の口から、ふといつもの口癖が飛び出した。
   「こうしてお会いするのが十年も前でしたらね、私はすぐにもプロポーズをしたんですが?????、残念なことをしましたよ」
   石井は彼女に対する好意を精いっぱい表したつもりだった。
   だが、石井がそう言ったとたん、彼女の表情が急に固くなった。彼女は冷たい目差しをむけると吐き捨てるように言った。
   「失礼なことを言わないでください。十年前でしたら、わたし、あなたとお見合いなどしていません!」

(原文のまま)


実話を元にした話かどうかは不明。「ユーモアメディア」と言いつつちっとも明るくない。うん、まあ「あるある」という他愛もない話。でもって、年齢差12歳・・・、うちなんか16歳と8ヶ月も離れてるけど年齢差で違和感を感じたことは一度も無い。この話のお見合い相手の女性が、「十年も前でしたらね」と言われて怒るのが私には解からない。腹の中で思っても聞き流せばいいだけのこと、プライドが高そう。

年齢差による違和感は本人同士の価値観次第。3歳差でも違和感がある時(相手)もある。

このネガティブ思考の親父、お友だちにはしたくないタイプ。自分に自信が無いのと謙虚とは違う。卑屈になるのとも違う。私の場合は、「俺と同じことができると言うならやってみろ!」という傲慢さと、「お陰さまで」という謙虚さ(感謝の心)の両方を備えている。だが、損得を考えて相手によって使い分ける、なんてことはしない。損得が行動の基準になることは無い。ネガティブ思考だったり計算高い人間は大嫌い。

まあこれ、相手の女性に「この男と暮らしていても楽しくない」と看破されたに過ぎない、そういう話。商売をしていて、たまに、度を越して感謝の言葉を並べる人がいて閉口する時がある。程度問題であって、感謝の度が過ぎると不快になる。伝え方が下手なだけかも知れないけど・・・、国語の能力は大事。

この話の前にあるハズの42話は、読まなくてもいいかな。あまり参考にならないし他で使えそうもない。

あ、そういうことが言いたかったんじゃなくて、ただ「頼んでもいないメルマガが届いたよ」という話ね。


でもって、いつものことですがコメントの返信、少々お待ちください。今日は店に出ます、定休日だけど。



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2020年04月21日

マスク狂想曲・・・、いつまで続くことやら

うちは、退去者さんとブログ仲間さんが送ってくださった分から、うちのの分と私の分の在庫としてそれぞれ10枚ずつ取って、(送り主さんへは事後承諾になったけど快諾して頂いて)あとはマスクが入手できなくて困っていたYさんとMさんに適当に差し上げたのだが、ふと「もう使い切っているんじゃないかな」と心配になって、Yさんに「まだ足りてますか?」と訊いたら、「今も手に入りにくい」とのこと。

Yさんは持病があって、感染したら命に関わる。それは私も同様なんだけど、もっと切迫している状況。前回お送りした分を大事に使っていてくれるようだが、予備が有るのと無いのとでは安心感が違う。Yさんがお住いの地方は地域柄もあってドラッグストアがあっても行列に並びにくいし入手困難みたい。

会社でマスクの着用を義務付けていながら「各自で調達しろ」と言われている私の長男が、JCBカードの利用履歴から通販でマスクを購入しているのは判っていたので、ネットならそろそろ出回り始めているかも、と思って、うちのに調べてもらうと、楽天で昨日9時から販売を開始するショップがあった。

9時ちょうどに不織布マスク50枚入り一箱を直接Yさんに送ってもらうよう手配した。中国製みたいだが、今は「マスクをしている」という事実が大事。マスクをしてないと病院にも入れなかったりして。

併せて、別のショップで「ポリウレタン製で何度でも洗って使えるマスク」3枚一組も注文して送ってもらうことにした。不織布マスクのほうはうちの分も一箱注文した。それで少し安心していたところに、たかさんから「シャープが生産しているマスク、明日の10時から販売を受け付けるよ」と連絡が。しかも、「国産だからね、中国製の粗悪品じゃないから」だと。それでいて値段は・・・、千円も安い。

なんだよ、もう少し早く判っていれば楽天で注文しなかったのに・・・。後で長男に聞いたら、「僕が買ったのと同じだと思うけど、ほんと、品質が良くないよ」とのこと。失敗したなあ、しょうがないけどさ。

今、うちは、送って頂いた不織布マスクを洗いながら大事に使っている。まあ、1枚を2週間は使うから10枚あれば5ヶ月くらいはもつだろう。こういう時は貧乏性という「みっともない性分」が役に立つ。

それにしても、トイレットペーパーやティッシュは店頭に並ぶようになったけど、マスクは今も品薄状態が続いている・・・。なんで?、である。シャープ以外でも国内で生産を開始したんじゃなかったっけ?

でもって、ほとんどニュースになってないけど、台湾から200万枚のマスクが日本に送られてきたとか。その分は医療機関や施設などに優先的に回されるとのことで、それは大賛成。マスコミも、政権の粗探しばかりしてないで、こういうのは国民にちゃんと伝えてほしい。ネットでは「国から10万円もらえる分で、落ち着いたら台湾を旅して恩返ししたい」という声も聞かれる。それは日本人として嬉しい話。

話が脱線するけど、東京都が中国に防護服33万6000着を送っていたとか。日本の医療施設で防護服が不足していて、現場ではレインコートやビニール袋(ゴミ袋)を代用している病院もあると聞く。

いくら中国が困っていたとしても、(日本国民優先で)余っていたら送る、で良かったんじゃないの。そこは、「中国のほうがもっと困っているハズ」、などと配慮しなくていいのにね。

小池都知事が連日、テレビCMや街頭オーロラビジョンで「都民一丸となってこの難局を乗り越えましょう」と訴えるのも、言ってることは間違っていないけど、都民の税金9億円を私的に使って7月の都知事選の事前運動をしているが如しで、腹が立つ。どんな対抗馬が出るか知らないけど、私は(日本一計算高くて悪運が強い女)小池百合子には入れない。対立候補が「残念な人」なら棄権するだろう。

今、うちはコロナ離婚の危機に直面している。店を休業していて私がいつも家にいて鬱陶しい、という理由からではない。マスクをどうやって、どれだけストックしておくか、という問題で、「そんなにストックは要らないでしょう、そのうち普通に売り出すだろうし」と主張するうちのと、「まだ当分はコロナ騒動は収まらないよ。在庫があったほうが安心じゃん」という私の主張が真っ向から衝突していて、うちのの主張が正しい、と私も納得しているんだけど、子供のころに極貧生活を体験している身としては、頭で解かっていても、目の前の在庫が乏しいと不安になるもの。それは「育ちの違い」だと思う。

いかんなあ、なんかコロナウイルスごときに日本人の価値観までも狂わされている。あ・・・、昔からか。

落ち着きそうでちっとも落ち着かないマスク不足・・・、いつまで続くんだろ。

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2020年04月20日

ご近所さんから入った LINE

一昨日の夜8時半、そろそろ寝ようかな、と思っていたところに、ご近所さんから LINE が入った。

「これから母の葬儀に行ってきますので、宜しくお願いします」、だと・・・。

葬儀に行く、と言ってもご実家は秋田。直ぐに電話すると、今出れば最終の秋田新幹線に乗れるだろうけど車で行くとか。まあそのほうが賢明か。車でも、今すぐ出れば当日中に着けるらしい。それにしても、東京から参列した、というだけで白い目で見られたりして。奥様も「東京からコロナを運んできたとか思われそう・・・」と気になさっていた。両方の意味でお辛いことだろう、察するに余りある。

そのお宅では野良ちゃん2匹を保護している。「餌とか大丈夫ですか?」と訊くと「うん、大丈夫」とのこと。それは安堵した。おそらくはトンボ返りなさるんじゃないかな。それにしても大変だろうな・・・。「どうぞ、くれぐれもお気をつけて」としか声が掛けられなかった。


いっぽうで、横浜のTさんと電話で話していたら、先日、Tさんの知人の父親が亡くなって、家族は「どうしても葬儀をしたい」と葬儀社に予約を入れようとしたが「今は受け付けておりません」と断られ、それでも諦め切れずに何社も当たって、ようやく受けてくれる葬儀社を見つけて執り行ったみたい。聞けば、参列者のために食事の用意までしてあったとか。見込みが外れて大量に廃棄処分したんじゃないかな。

今の世相混乱の中、家族葬ならともかく普通の葬儀をするものかねえ、と思う。知らせを受けた(故人の)友人知人も迷惑だろうに。行かなきゃ「不義理された」と思われるだろうし、行けばコロナに感染するリスクがある・・・。家族で荼毘に付して、後日、コロナ終息後に改めて「お別れ会」を催せばいいものを。

親族以外に、友人知人が数名参列していたらしいが、それだと逆に寂しいもの。世の中すべて「相手のあること」なんだから、自分の主義や願望を貫いていい時と我慢すべき時がある。故人はきっと天から「頼むから、そこまでしないでくれ・・・」と思いながら寂しく地上を見下ろしていただろうな。

私は、このコロナ騒動が起きるよりずっと前から、「死んでも葬儀はしないよう」うちのに伝えてある。かと言って何もしないワケにもいかないだろうから、伝手(つて)を頼って鎌倉の由緒あるお寺さんのご住職にお経だけあげて頂けるよう手配してある。最期に「分不相応な最高の贅沢」を許してもらおう。

何より、現世では嫌われていたけどノルンの傍に行けるから幸せ。お願いだから逃げないでくれよ 💧

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2020年04月10日

フェイクニュースに騙されないようにしよう

マスコミが垂れ流している情報は「嘘」と「欺瞞」に満ちているとしか思えない。国民に不安を煽るネガティブキャンペーンでしかない。究極には安倍さんによる憲法改正阻止を目論んでいるんだろう。

昨日「とくダネ!」で、新宿バスタが大混雑、と報じていたが、全くの事実無根。あ、新宿バスタが大混雑、って、新宿駅のスタバが大混雑している、というんじゃないよ、新宿バスターミナルのことね。田舎にコロナ疎開する人たちで大混雑、ということにしたかったんだろうけど、実際はガラガラ・・・。

コロナとは専門外の某大学教授が「家にいるほうが感染リスクが高い」などと滅茶苦茶な理論で「外に出る」ことを勧めている。野党は政府の方針に対案も出さずに批判しかしない。おまえら、批判してないで提言しろよ、である。たまに意見を述べたかと思えば結果を見てからの結果論だけ。それなら子供でもできる。立憲民主党の枝野や蓮舫に至っては馬鹿が洋服を着て金バッチを着けて騒いでいるだけ。

うちはマスクの在庫が10枚しかなかったから、うちのに「あなたが全部使えばいいよ」と言っていて、それでも「おとうちゃんも必要な時があるだろうから2枚くらいは持っていなよ」と渡してくれて、先日、退去者さんやブログ仲間さんが送ってくださったので私も普段から使えるようになった。1枚を10日は使うことになると思う。洗濯してまた使ったりして。送ってくださった方のお気持ちとマスクを大切にしたい。

で、感染して一言も言い残せないで死んでいく可能性もあるから、先日の記事でもうちのに言い残すことを書いていたけど、もしICUに運び込まれたとして人工呼吸器が不足していたなら、私は辞退する。なるだけ若い人に回してやってほしい。それがヤクザとかチンピラでも、「例の気違い」以外だったら属性はかまわない。私は普通の人より人生を楽しませて頂いたし、もの凄く恵まれた人生だったから、もう十分。

そう宣言したからもう後戻りはできない。これで「助けてくれよ、俺はまだ死にたくないよ、人工呼吸器、俺に回してくれよ」などと言ったら(目で訴えたら)軽蔑されるだけ。だから、宣言は撤回しない。うちのもこの記事を読むだろうから、その時が来たら、私の意思を尊重してほしい。

でね、私たちはマスコミやネットで流される情報を鵜呑みにせず、自分の頭で、何が真実か、何が正しいかを考えよう。マスコミもネットも、悪意に満ちているから。

「マスクをしないと言っていたお前が言うな!」という話だろうけど、人権だの個人の自由だの、今はクソ食らえ!、である。人権とか自由より、一人ひとりの辛抱が国や大切な人を護ることになるのだから。





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2020年04月06日

このマスク、ほちい・・・

昨日の記事で、たかさんとのコメントのやり取りで話していたこと、リアルだったみたい。

ブラジャー屋が本気だして作った“マスク”!? 「これは予約したい」とツイッターで話題に - 製造の経緯を聞いてみた

富山にある、(株)あつみファッション で企画しているもので、見た目はブラの片方(半分)そのもの。

まだ試作品の段階で、販売するかどうかは不明のようだ。医療や福祉の方面で致命的に不足しているので、ブラジャー製造ラインをマスク製造ラインに変更して、先ずは医療と福祉関係に納入するらしい。

今は全国的にマスクが不足しているから、こういうのを着けて街に出ても「え?、何あれ?、面白い!」とウケてもらえるだろうけど、普通に出回るようになってブラジャーマスクをして街を歩いていたら「変態」としか思われないかも。まだ手に入らないけど、着けるなら今しかないんじゃないかな。

うちのに「まだ売り出さないんだってよ。あなたの使い古しので作ってよ」と言ったら「絶対に嫌だ!」と拒否。「だって、あなたのブラで作ってくれれば、いつもあなたのオッパイを吸ってる気分になるじゃん!?、そうしたらマスクを常用するようになるんだから」と言ったんだけど「ダメ」だって・・・。ケチ <`〜´>

先日紹介した猫動画「「ちゅ〜る」たべたいのに おかあちゃん・・・」、を思い出した。

試作品のはピンクだったけど、レースのフリルが付いた白いブラマスクが出回り始めてるみたい。

たかさんのコメントへの返信に書いたけど、超人気タレントに実際に着用させた下着や水着で、どこの部分の生地を使ってマスクを作ったか証明書を付けて販売したら予約が殺到するだろな・・・。まあ、清純路線で売る広瀬すずちゃんや浜辺美波ちゃん、新垣結衣ちゃんなんかは事務所が反対して絶対に実現しないだろうけど、出回ってても渡辺直美のじゃ要らないしなあ、マニアはいっぱいいるかもだけど。

すずちゃんや美波ちゃんのなら、オークションで転売したなら1枚10万円以上、部位によっては100万円くらいで落札されると思う。売り上げの何割かを寄付すればいい、昔あったオークション番組みたいに。あれは夢があって楽しい番組だったなあ・・・。とんねるずは・・・、あまり好きじゃないけどね。

ちなみに、ブラマスク、個人で製造している人もいるみたい。

使わなくなったブラジャーでマスク作ってみたw

まあ、たしかに、ブラとマスクは形が似てるもんなあ、転用は利きそうだわなあ・・・。ん?、待てよ・・・、ブラでマスクが作れる、ということは、マスク2枚あればブラも作れる、ということか・・・(^◇^)

早く出回ってほしいもの。早速購入して、着けて伊勢丹の地下に行ってみよう。出禁になるか・・・。


そういえば・・・、この1ヶ月以上出ていなかった「うわぁ、気持ち悪い・・・」という症状が一昨日あたりから再び出始めた。昨日はお風呂に浸かっている時に出た。リラックスしてたのになあ・・・。


posted by poohpapa at 06:39| Comment(8) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月31日

やっぱり私は強運の下に生きているみたい

お説教がましい話で恐縮だし「オマエが言うか!?」の話になるけどお付き合いを m(___)m

参考になるかどうかは不明だけど、ここらで自分の生き方、考え方を整理して書いておきたい。大袈裟な話、生き方の参考になってくれたら嬉しい。


世の中がコロナウイルス旋風に翻弄されているのに私は身心ともに安泰でいられる・・・、もちろん、明日、いや、コロナの潜伏期間と言われる2週間後はどうなっているかは判らないのだけど、今、生きている。ちょっと前は滞納の督促や取り立て、追い出しなんかが何件も重なって、「もしかして私は鬱なのかな」と思うくらいに落ち込んでいた時もあったけど、いつの間にか立ち直っているし。

何度も書いているけど、私は、公私のどちらも「もう行き詰るかな・・・、これで終わりなのかな」と観念しているところに必ず救世主が現れる。それも、たいていは同じ人物ではなく別の人。自分では義理堅いほうだと思っているけど、それらの救世主の全員と今も付き合いが残っているのかと言えば、そうでもない。その後に別の事情で喧嘩別れした相手もいる。互いに顔を見るのも嫌なほどになっていたりして。

もちろん、中学高校時代から今も変わらず支えになってくれている奴もたくさんいる。うちの管理物件を何年も前に退去なさっていても今もお付き合いが残っている人も多いし。違う救世主がいろいろな場面で現れる、ということは、それだけ付き合いの幅が広い、ということではあるんだろうな。

以前は「人と疎遠になる」 「一切の付き合いが無くなってしまう」ということが死ぬほど辛かったけど、ある時、横浜のTさんから「それは、お互いの役割が終わった、ということなんですよ、そう考えればいいだけのこと」とアドバイスされてから、ずっと心に背負っていた重い荷物を降ろすことができた。

心の重荷・・・、言い換えれば、「相手のために私にしかできないことがある」 「私がこう思い遣っているのだから相手も同じように思っていてくれるハズ」という思い込み、思い上がりでしかなかったと思う。

冷たいようだが、「もう相手は自分を必要としていない、他の人との交友を選んで去っていっただけ。人間、一人では生きられないのだから、ならば自分もアッサリ忘れて別の人たちと付き合って生きていけばいい。向こうは向こうでそうするだろうし」と思うことにして気が楽になった。ま、失恋が典型的な例。「捨てられた」と思うから苦しくなるけど、「互いの役割が終わった」と考えれば気が楽になる。

人と疎遠になることはもう寂しくなくなった、と言ったらウソになるが。中には、どう考えても「自分は間違っていない」というケースもあるけど、そんなことで悩んでいたらキリが無いほど人間社会は複雑かつ不条理にできているから仕方ない。人間関係なんて所詮そんなもの、とまあ、そう思い至るまでに半世紀近く掛かっている。ここまで生きてきて、ようやく、お互いにだけど「人は変わる、人は裏切る。そう思っていれば間違いない」と自分を納得させることができるようになった。思えば長い道のりだった・・・。

さて、例年の売り上げなら、今の世の中の自粛ムードの中、うちの店など吹っ飛んでいたかもだけど、昨年の9月に、当方が辞退していた数件の売買契約での手数料をご厚意で支払って頂き、今期末までの給料は確保できているし来期もまあ何とかなると思われる。うちの店に限って言えば安泰だろう。

場所も決して良いとは言えず、管理物件も少ない店が25年も潰れずにいるのは、「利益を追い求めなくてもお客さんが喜んでくれたら利益は後から付いてくるもの」という考え方で商売してきたからなんだろうな。だから一発「大儲け」はできないけど、なんとか食べていくことはできる。そのほうが楽しい。

つくずく、私は「人とのご縁」に恵まれていると思う。それは私が「ご縁」を大切にしてきたからに他ならないと思う。たとえ代わりの人が現れても、目の前の損得だけで付き合いを切ったりはしないから、私と同じような思いの人との付き合いが今も数多く残っていて、そういう友人知人に支えられている。

偉そうなことを言わせてもらうが、今、友人や仲間に恵まれず自分で「私は不幸だ」と嘆いている人、これまで「ご縁」というものを蔑ろにしてはいなかったか考えてみてほしい。それで思い当たることがあるなら直ぐ「ご縁」を大切にする生き方に変えてほしい。即効性はなく、最低でも3年は掛かるだろうけど、必ず、人生が変わって幸せな晩年が迎えられると思う。

「人間、誰しも自分が一番で、こっちが思っているほど相手はこっちのことを考えていない」のも事実で、「人は変わるし裏切るもの」ではあるけど、自分の生き方を変えなければ環境も変わらない。逆に言えば、不遇(だと思っている)環境を変えたければ自分が生き方を(良く)変えるしかない。

そのために最も必要なもの、それは「素直さ」なんだと思う。自分にとって嬉しくない意見をしてくれる人の言葉であっても、しっかり聞いて受け止める素直さがあれば人生は変えられる。どんなに素晴らしいことが書いてある啓蒙書を何冊読んだところで「素直さ」が無ければ何も心に残らない。もっとも、啓蒙書なんて、たいていはクソの役にも立たないものだけど。素直さ・・・、オマエが言うか、と言われそう(滝汗

運が良いとか悪いとか・・・、それは「宝くじが当たった」とかでドーンと臨時収入があった、というような話でなく、自分を高めてくれる人との出会い、それがどれだけあったか、に尽きると思う。ただし、真剣に生きていなければ、目の前や周りにいる「運」(ご縁)に気付かず逃してしまうもの。

突然の自慢話になるけど、

私は日本で有数の資産家である。私を嫌っている人も一定数いるけど、そんなの比較にならないほどに多くの良き友人知人(最高の資産)に恵まれているのだから。逆に、友人知人にも資産家になって頂こう、これからもそういう思いで生きていきたい。それこそが自分が幸せになれる方法じゃないかな。

何をもって幸せと思うかの基準は人それぞれだけど、幸せって双方向であるべき、と私は確信している。自分のしたことで相手が喜んで笑顔になってくれる、それで私も幸せになれる。「自分さえ良ければ」では幸せにはなれない。当たり前の話だと思うんだけど、嘆かわしい話、不動産業界は「そういう業界」なんだよね。

繰り返すけど、「ご縁」って凄く大切で有り難いもの。間違っても目先の損得を判断基準にしないようにしなければならない。そして、「素直さ」と並んでもう一つ大切なのが、おかげさまで、という「感謝の心」だと思う。そのうえで不義理をしなければ幸せのほうから寄ってきてくれる、と、そう思っている。

世の中がコロナウイルスの影響で不要不急の外出自粛を要請されたりして経済も生活も委縮しているけど、こんな時こそ「現状を受け入れられる人は楽しめる分だけ得である」との西洋の諺が身に染みる。不平不満はあっても、今の環境の中で楽しめばいい。やがて懐かしい思い出に変わるだろうから。

ま、これで自分が感染せずにコロナ騒動が終息したなら本当に強運だったと言えるのかも。


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2020年03月03日

これ、経験あるわあ・・・

リクライニングマナーは日本特有? 座席倒し時の声かけ、どう考えるか
マネーポスト  2020/03/02 16:00

これ、私も実に嫌な思いをしたことがある。以前も書いたかな・・・、ま、いいや。

3年前、クロアチアを旅行した時、バスでの移動の際に、後ろの席のツアー仲間(夫婦の旦那のほう)に、「寝たいのでシートを倒していいですか?」と訊くと、快く「どうぞ、どうぞ」と笑顔が返ってきた。さらに「邪魔でしたら仰ってください、すぐ起こしますので」と言うと右手を挙げて「了解」のポーズ。それで安心してシートを倒して寝ていたのだが・・・、

途中、トイレ休憩でバスが停まったのでシートを起こしたら、その旦那から「キツくて身動き取れなかったよ」と怖い表情で文句を言われたのだ。「どうぞ、どうぞ」と言われて「了解してくれたもの」と考えてしっかり倒した私もいけなかったんだろうけど、他に言い方があるだろう。少なくとも、自分は了解していたのだから。もし「そこまでとは思わなかった」としたなら、「邪魔だったら起こす」と断っていたのだから初めに言えばいい。そんな言い方をするくらいだから「気が弱くて言い辛かった」ということは無いだろう。

「倒していいですか?」と訊かれて「嫌です、困ります」とは言いにくいものだろうけど、「いいですよ」と受けたなら後で文句を言うべきではないと思う。逆に、私は前の座席の人から「倒していいか」を訊かれたら常に快くOKすることにしている。もちろん、後でゴチャゴチャ言ったりしない。

私は、リクライニング付きのシートは目いっぱい倒してもいい、と思っている。そういうふうに作ってあるのだから。そこまで倒しちゃいけないなら最初から浅めのリクライニングで作るだろうし。ただし、後ろの席でテーブルを倒して食事をしていたりPCを使っていたりすることもあるだろうから、そういう配慮は必要だとは思う。私自身は、前の席の人から断りなく倒されても文句は言わない。

おかげで、と言うか、そのせいで、クロアチアという国自体は素晴らしかったけど嫌な思い出しか残っていない。他にももう1件実に嫌な思い出があるしね。それでクロアチア旅行記が途中で止まっている。

ギリシャを旅した時にはこんなこともあった。同じように、機内で後ろの席のツアー仲間(やはり夫婦のご主人のほう)にシートを倒す了解を求めたら、快く「どうぞどうぞ」と了解してくださり、後でシートを戻してお礼を言うと、「とんでもない」と笑顔が返ってきた。旅の途中で奥様に「ご主人様、とても人柄がいいですね」と言ったのだが、その奥様が他の人たちに私のことを「あの人は主人のことを人柄がいいって言ったけど、とんでもない。あの人は人を見る目が無いのよ」と言っていたとか。

どうやら冗談ではないらしい。自分の連れ合いのことを褒められて素直に喜べないってどうよ!?、である。たとえ夫婦仲が冷え切っていたとしても、である。違うかなあ・・・。率直に言って、そういう裏話を差し引いても、私からすると「奥さんの人柄は碌なモンじゃないな」と思えたほど。

私の旅仲間であって当ブログのコメント欄の常連さんの「たか」さんは、たとえ前後のシート間隔が広いプレミアムエコノミーに座っていてもシートは倒さないとのこと。「後ろの人に迷惑が掛かるから」だと。だったらエコノミーでいいじゃん、と思ってしまう。顔に似合わず優しい人なのだ。

新幹線のグリーン車や航空機のビジネスクラスを使うのでなければ、選べるなら、座席はなるだけ最後部を予約することにしている。自分が最後部だとそういうことで嫌な思いをしなくて済むから。



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2020年02月16日

崎陽軒のシュウマイ弁当

ダイヤモンド・プリンセス号から降りられない乗客乗員のために崎陽軒がシュウマイ弁当4000個を寄贈したが、乗客乗員には届かず廃棄処分にされた(行方が分からなくなっている)とのこと。

それじゃ崎陽軒の厚意は報われない。そんな時は、ルールや慣例や手続き上の問題は置いておいて速やかに配布すべきではないのか。要は、誰も「全責任は私がとる」と言える責任者や担当者がいなかったということ。何かあって後で自分が責任を問われたら堪らない、という自己保身あるのみ。

昨日の昼、うちのと高島屋の地下に行って、崎陽軒のシュウマイ弁当を2個買ってきた。2個では何の穴埋めにもならないけど、応援の気持ち、である。

宅建協会の様々な催しでも崎陽軒のシュウマイ弁当を購入して応援して差し上げればいい。そうすれば不動産屋の社会的な評判も上がるのではないか。不動産屋は昔からそういう男気に欠けている。

posted by poohpapa at 08:42| Comment(4) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする