2015年09月18日

考えよう(見方)によっては私のほうが凄いかと・・・(^◇^)

【スゴ技】驚異の早打ちタイピング 文字放送って人が打ち込んでたの?

映画やVTRならともかく、ニュースなんかの映像の会話に、リアルタイムで誤変換なく字幕スーパーが出るので「どんな仕組みになってるんだろ」と思っていたのだが・・・。なるほど、そういうことか・・・。

これは同時通訳よりもっと凄いかも。口で言うよりキーボードで打ち込むほうが難易度が高そう。どちらも次に出るであろう言葉を予測する必要があるけど慣れればキーボード操作のほうが簡単なのかなあ。いずれにしても、こういう特殊技能を持つ人がいなくなれば同時字幕スーパーは見られなくなる。

だが、ちょっとお待ち頂きたい。エヘン!、考えようによっては私のほうがもっと凄いかも(^◇^)

と言うのも、この女性が今までにどれだけの字幕スーパーを入れてきたか知らないが、私は4250件の記事と10600件にのぼるコメントの返信を打っている。一話が400字詰め原稿用紙で約4枚分の原稿量だとすると、平らにして積み重ねたら17000枚、原稿用紙100枚で1cm 弱の厚みだとすると私の身長とほぼ同じ。それにコメントの返信が1件当たり原稿用紙1枚平均で同様に約1m 。少なく見積もっても両方で2m くらいの高さにはなるだろう。それを、私は右手と左手の人差指1本ずつで打っている。

10本の指を駆使してブラインドタッチで猛スピードで打つ人も凄いが、それだけの原稿量を右手と左手の人差指各1本で打っていたのも凄い、と思って・・・は頂けないか😵

しかも、ローマ字変換でなくカナ変換なのだから、って、関係ないし・・・💦

それだけ長く大量の文章を打っていながら未だにブラインドタッチで打てないのは不思議ではあるが💧

私は、字幕変換のように超高速で打ち込むのも凄いが1本指で大量の原稿を打ち込んでいる自分も凄い、と思っている。誰も褒めてくれないから自分で労わるしかないが、これも一種の特殊技能ではあるだろう😃

posted by poohpapa at 05:26| Comment(4) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月17日

尾木ママのブログ・・・

尾木ママのブログ「オギ☆ブロ 尾木ママ オフィシャルブログ」のコメント欄を読むと・・・、

自分の記事に賛同する意見しか載ってない・・・。でもって、下の方に、

コメント投稿
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掲載されない場合もありますので、あらかじめご了承ください。


とある。

もしかして、尾木ママに対する反対意見は全てオミットしているのかなあ・・・。違う意見が1件も無い、なんてことは考えられないし・・・。たしかに、反対意見を書きこむのは勇気がいったりするものだから「書き込まないでおく判断をされる」ことも多いだろうけど・・・。私のブログでも、まあ価値観が似ているからこそお読み頂けるし賛同のコメントが多くなる、とは思っているが。

私のブログでは、それなりに反対意見が書きこまれていて、全く無いのはねえ、なにか不自然。私の場合は、辛辣な批判や反対意見だからということでは削除することはしないで返信もしているけど・・・。

これ、尾木ママが反対意見を削除していたなら尾木ママに民主主義を語る資格は無いし、そもそも教育評論家であること自体が間違いになる。やってそうな気がするなあ・・・、管理者にしか分からないことだけど。

尾木ママ、ブログで顔写真を見れば見るほど「嫌な人相だなあ・・・」と思ってしまう。

posted by poohpapa at 09:44| Comment(8) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月04日

社会への投資、というか細やかな恩返し^^;

昨日は非常に珍しい体験をした。店を閉める時になって初めて気付いたのだが、一度も店のPCの電源を入れなかったのだ。事務仕事が溜まっていて、と言っても、先々契約書を作成する際、手間が省けるよう物件ごとに契約書のコピー用元本を作っていたのだが・・・。今まではその都度(振込先などを)手書きで書き込んでいて、他社では当然にPCで打ち込んでいるのだろうけど当社は明らかに遅れているたらーっ(汗)

さて本題。最近、ヤフオクで相次いで2冊、カーネギー著「人を動かす」を落札した。以前から何度も書いているが、店と自宅に一冊ずつ置いてあって、店に来たいろんな業種の営業マンに勧めたりしていて、時に、話の流れで貸すこともあるのだが、ちゃんと返してくれたのは今までに一人だけ。

なので、貸してしばらく戻らなければ「その都度」オークションで落札している。もう、ゆうに20冊は超えていると思う。数えていないが下手したら30冊くらいになっているかも・・・。

ただ、そういうことではあまり腹は立たない。その本が参考になって少しでも「いい営業マン」に育ってくれたなら嬉しい。それも、私ができる「社会に対する細やかな恩返し」だと思っているから。


ところで、相次いで2冊落札したのだが・・・、出品者の人柄は全く違っていた。先に落札したほうの出品者は「言葉は丁寧だが横柄な人柄」が伝わってくる人。後で落札したほうの出品者さんは「落札者の利便などに配慮が行き届いていて謙虚なお人柄が伝わってくる感じ」であった。落札者評価の文面も、前者はヤフオクが用意した定型文で済ませていて、とにかく最初から最後まで感じが悪かった。

とくに必要が無い、と言ったらそれまでだが、こちらの電話番号は要求してくるが自分の電話番号は知らせてこないし。たまに、そういう出品者がいるけど、「この人とは次は無いな」と思ってしまう。

商品説明に送料に関する記載が無く、落札後に伝えてきたが他の出品者さんより高かったので「他に発送方法の選択肢は有りますでしょうか?」との問い合わせをしたのだが回答はなかった。そうであっても、こういう出品者はいきなり「悪い評価」を付けかねないので翌日には指示通りの代金を振り込んだ。定型文での評価は予想通り。発送方法の選択肢を問い合わせたのが気に入らなかったんだろう。

後のほうの出品者さんの送料は前者の半額。中には「さらにその半額の送料」を商品説明に記載している出品者もいるくらいだが・・・。我々の商売で言えば、手数料を客付け業者に振り込む際に少しでも振込料が安くなるよう配慮する業者と全く無頓着な業者がいるのに似ている。たったそれだけのことで私なんかは今後の付き合いを考えてしまうことがある。私は、遠方でなければ挨拶がてら届けている。

で、評価の文面、ヤフオクも利用者の利便を考えて「定型文」を用意したんだろうけど、あんなに失礼で味気ないものは無い。利用者に評価の文章を打ち込む手間くらいは掛けさせたほうがいいと思う。

posted by poohpapa at 06:23| Comment(4) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月18日

長男が言っていたのは「こういうこと」だったか・・・

私がいつも読ませて頂いているメルマガ「おはよう(^○^)/ しんたさんのメルマガ です!」には、本題のPCの操作法以外に、冒頭に「役立つ情報」が載っていて毎回楽しみにしている。と言うか、PCの操作法は専門的すぎて私には理解不能で、むしろ「それ以外の情報」を楽しみにしているのだが・・・たらーっ(汗)

ちょっと前、6/14付けで届いたメルマガにはこんな内容が・・・、

以前、消費者庁が景品表示法違反に当たるとして、措置命令を出した、
虫を寄せ付けないとうたった空間用虫よけ剤が話題となりました。

その空間用虫よけ剤のテレビCMが、最近また放映されています。

そのCMは、新バージョンですが伝える内容は以前のものと殆ど変わりません。

以前、僕はこの話題を「しんたのたわ言」で取り上げたことがありますが、
この商品の対象になっている虫は「ユスリカ」と「チョウバエ」なのです。

特に、「ユスリカ」は人間の血を吸う蚊だと勘違いしますが、実はユスリカは
ハエの仲間で、血を吸いません。

このような商品を、堂々とCMしたり、曖昧なパッケージにしているのは
如何なものかと思うのですが・・・


先日、長男が家に来て、玄関のドアノブに提げてある「虫除け」を見て、「こんなの効かないんだよ」と言っていたが、「どういうこと?」とは訊かなかった。しんたさんの記事を読んで「ああ、そういうことか」と解かった次第。たしかに、今もCMで流れているのは問題だろう。

最近は、うちのが庭で作業していて蚊が飛んでいると玄関の前には普通に蚊取り線香を置いていて、玄関のドアノブには今もそのまま「虫除け」が掛けてある。見た目も悪いし、そのうち外させよう。


posted by poohpapa at 04:48| Comment(16) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月08日

中央線の車内で見かけた光景

岩手帰省の話の余談です。

3日の夕方、東京駅に着くと、GWの真ん中なのにどういうワケか大混雑。新幹線より中央線の混雑がひどくて遅れも発生していました。並んで座れましたが、しばらくすると、発車前に50歳くらいの女性が乗ってきて私の前に立ちました。太っていてステッキを持っています。席を譲るべきか悩むところでしたが・・・、やめました。以前の私なら(周りの目を気にして)譲っていたと思います。

というのも、神田駅からの乗客には分かっても、その先の御茶ノ水駅や四ツ谷駅から乗ってきた人には、その人が始発駅の東京から乗っているのは分からないのですから、「目の前に足が不自由な人が立っているのに代わろうとしない冷たい人」とこっちが思われかねません。ですが、始発駅から乗っているのですから、自分が座りたければ並べばいいだけの話です。

座る気が無かったり、すぐ降りるとしても、それで他の人(この場合は私)が周りの人から誤解を受けることになるかも知れません。座るつもりは無くても並んで座るべきでしょう。どうしても「そんな手間は掛けたくない」のであればドア付近に立ってほしいものです。本来はそんなことを考えないでサッと代わってあげればいいようなものでしょうけど、なんか不愉快なんですね、周りへの気配りが無くて・・・。もちろん、途中の駅から乗ってきたなら躊躇なく代わります。今までもずっとそうしてきましたから。

その昔、遠方まで出掛けた帰りに、やはり中央線の東京駅で整列乗車して座ったところに、目の前に家族連れのお年寄りが立ったので、その時は疲れていましたが代わりました。その家族が降りたのは23区の外れの西荻窪でした。そんなとこまで行くならどうして並ばないのか不思議です。家族で並んで、たぶんもたもたして座れないであろう母親に家族の誰かが席を代わればいいのです。ただ、その時は西荻窪で降りる時に息子さんが丁寧にお詫びを言ってくれたので救いはありましたけど・・・。

実は、帰りの中央線ではもう一人いました。東京駅で老婦人が発車間際にカートを押しながら入ってきたのです。私の目の前を通り過ぎて少し先まで行ってシルバーシートでない席の前で止まって立っていたら、目の前に座っていた女性が「どうぞ」と席を譲っていましたが、どんな心境だったことでしょう。

私は基本的に「電車の座席は全てがシルバーシート」と考えていて、シルバーシートなんか無いほうが良い、と思っていますが、高齢者や障碍者であっても、少しは自分でも努力したほうがいいでしょうね。

最近は、「この人、人の善意をあてにしてるな・・・」と思ったら意地でも代わりませんねわーい(嬉しい顔)

で、結論、

「始発駅から乗るなら(よほど急いでない限りは)並べよ。5分も待てば次の電車が来るんだから」ちっ(怒った顔)

自分は「そのつもり」は無くても我知らず周りに気を遣わせていることって往々にしてあるものですね。



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2015年04月19日

ヤフオクでのTDL「クラブ33」のトートバッグ

ヤフオクで、現在、TDLの秘密会員制クラブ「クラブ33」のトートバッグが出品されている。

http://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/191631117

即決価格で6700円。2個出品されていて1個は即決価格で早々に落札されている。「その価格でも買う人いるんだ・・・」と驚いている。自分で行けないなら、持って歩いていても虚しいだけだと思うし・・・。

それでも欲しい、使いたい、というなら「ただの見栄じゃないのかなあ・・・」と思ってしまう。

これ、全く「行く方法」が無い人のことであって、今までに行ったことがある人とか、知人が会員になっていて(その紹介などで)行く方法がある人のことを言っているのではない。

以下の話は以前も書いているが、

実際の販売価格は、たしか3500円(税別)だったと思う。送料が加わると、ほぼ倍ということになる。本来はヤフオクなどでの転売は禁止になっているハズだが、それを強制したり規制することが出来ないから放置されているのが実情。クラブ33での写真も今はブログ等での公開は不可になっている。

聞いた話では、パーク内ではこのトートバッグを持ち歩くことも規制されているらしい。普通はパーク内でトートバッグなんか持ち歩く人などいないだろうけど、見せびらかしたい人はいるんだろうな。

中には転売目的で購入する人もいて、同一商品は5個まで、という制限が付けられた。こういうのを見ていると、先日の Ohana Bakery のパンも、やっぱりそのうち個数制限になるのかなあ、と思ってしまう。

で、このトートバッグ、現在の色は黒だが、一つ前までは深緑。ワンロットを生産してしまうと二度と同じ製品を作らない、と言われていて、もしかすると5月に行く時には違う色になっているかも知れない。

トートバッグに限らず、クラブ33の中で売られているものは、売り切ったら同じものが再製造されることはない、とのことで、ファンはそのあたりの事情をよく知っているんだろう。

1、会員か会員の紹介以外では入れないレストラン(そこでしか手に入らない)
2、売り切ったら再製造しない
3、購入制限がある
4、見る人が見れば製品のロゴから「クラブ33に(本当は行ってなくても)行った」と判る
5、優越感に浸れる

ということで付加価値が生まれるものだろうけど、それにしても、倍は高い。

いや、定価の3500円がそもそも高い。たかがトートバッグなのに・・・。と言いつつ、また幾つか買ってくるかも知れない。本当は、買って帰ってもなかなか使えないんだけど・・・、根が貧乏性であせあせ(飛び散る汗)

せっかく買っても使えないのは困るので、前回行った時に私がどうしたかというと・・・、

同じものを2個買って、一つは普段使い、一つは保存用にしている。私には「そういう理由で複数購入している物」が幾つかある。物によってではあるが、予備が無いと使わない(使えない)性格なのだたらーっ(汗)

貧乏性は、実は「高くつく」損な性分かも知れない、と、つくづく思うふらふら

ちなみに、1円スタートでこんな出品もあった。現在の価格は1300円。最終的に3500円を超えるのは間違いないと思う。

posted by poohpapa at 06:17| Comment(8) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月05日

4月2日付け記事の「三輪休雪の茶碗」のヤフオクの結果は・・・

昨日の朝、目が覚めて「あの茶碗」が幾らで落札されたのか見てみたら・・・、

ウオッチリストの「終了したオークション」では落札価格3,406,000円(税込3,678,480円) となっていた。

ではあるが落札者の欄は「-」になっていた。私は入札専門で出品経験が無いのでよく分からないが、オークションが成立しなかったことだけは解かる。だが、その金額はどういう意味なんだろう???

そこまでは上がっていって最後にキャンセルになったのか、だとすると途中までの最高額入札者に戻って継続されるものと思われるし・・・。やはり悪戯入札であったのか、今のところは分からない。

稀に、出品者サイドが煽って値段を吊り上げて、自身が最高額入札者になりそうになって、そうなってしまうとヤフーに出品手数料を支払わなければならなくなるので終了間際に出品を取り消す、なんてこともあるみたい。いくらオークションでも世間一般の常識に照らして適正と思われる額以上に上がっていったら要注意、ということで、自分が出せるのはここまで、というラインは決めておくべきなんだろう。

入札履歴も出ないから経緯や真相は出品者さんだけが知るところ。果たして中国人投資家が引っ掻き回しただけなのか、何か正当な理由があって中止になったのか、オークション外で買い手が付いたのか、全く不明だが、そのままウオッチリストに登録してあるから再出品されたかどうかは分かるだろう。

疑ったら申し訳ないけど、落札価格「3,406,000円」となっているのは再出品した時に少しでも高く落札してもらうための布石、価格操作の一種、なんてこともあるかも・・・。

そっか・・・、中国人投資家が日本製炊飯器の次に陶器をターゲットにし始めたなら私の所有する三輪休雪氏の茶碗を出品して一儲けしようと企んでいたのだが・・・、ダメだったか・・・ふらふら

と言うのはウソ、私にとっては「気に入っている宝物」の陶器だから幾らの値段がついても手放したりはしない。たとえ100万、200万の値段がついても、である。

ま、1000万なら考える。それなら住宅ローンが消えて、私が死んでもうちのが困らないだろうからわーい(嬉しい顔)


posted by poohpapa at 05:24| Comment(11) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月02日

一桁違うのでは・・・

三輪休雪氏の茶碗が好きで、ヤフオクで落札もして、その後もウオッチしていてこんなのを見つけた。

http://page21.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/j343095155
(オークション終了後には商品説明の写真は消えるかと思われる)

同じ11代三輪休雪の作品だが、私が落札した茶碗とは作風が違う。何より価格が凄いことにわーい(嬉しい顔)

明日4月3日(金) 22時11分終了予定だが、2日朝の時点で2,109,000円(税込2,277,720円)

今まで見た三輪休雪氏のヤフオクでの最高値は70万円くらいだったと思う。その3倍、である。まあ一般的に第11代より第10代のほうが価格が高くて、第11代の茶碗のこの入札価格は異常とも思える。他のどんな人間国宝の作品でもヤフオクでこんな値段になることはまず無いし・・・。何か、特別な曰く因縁があるんだろうか、商品説明には無いのだが・・・。

これ、本当にこのままオークションが成立するんだろうか・・・。他人事ながら心配になってくる。

いくら「美的感覚や価値観は人様々」と言っても、この茶碗の良さは私にはよく解からない。値段は今現在で50倍もするというのに、私からすれば「いつまでも眺めていたい景色」ではない。素人目に見ても、独り善がりでなく、私が43000円で落札した茶碗のほうが「ずっと観ていても飽きない」と思う。

玄人が見れば「今出品されている茶碗のほうがいい」のかも知れないが、飾っておくのでなく実用で考えたなら、どちらの茶碗でお抹茶を頂きたいか、訊くまでもないのでは、と思える。

参考までに、私が落札した茶碗はこちら、 ↓

11代三輪休雪2.jpg

DSC08187.JPG


それにしても、第11代三輪休雪氏の作風は変化に富んでいて、極端に違っていて面白い(^◇^)

私自身が大好きな陶芸作家であるが故に本当の価値というものは知っておきたい気がする・・・。


posted by poohpapa at 06:00| Comment(10) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月02日

ぜひ読んでおきたい、と思った本

ネットで「ある種の精神病」について調べていて、ぜひ読んでおきたい本にぶつかった。

他人を攻撃せずにはいられない人」 (PHP新書)、 著者は精神科医の片田珠美氏である。

他人を攻撃せずにはいられない人、というのは「クレーマー」とは少し違っていて、理由も目的も特になく、単に誰かを執拗に攻撃していることで自らの心の安定が保たれる人、という感じ。さらに言えば、自分は頭が良くて自分以外は全部バカ、と常に相手を見下している。統合失調症の人だけでなく境界性人格障害でも現れる症状のようだ。攻撃性が高いだけでなく虚言癖や妄想癖もあるようだ。

私は精神科医ではないから、私を攻撃してくる人がいたとして、相手が統合失調症とか境界性人格障害なのかどうかは私には断定できないが、自分から「医師にそう言われた」と言っているケースもあるし、後になって「やってることが以前の人と同じだからそういう病気だったんだ・・・」と判ることもある。

そういう人は一定の割合で存在するから、どんな商売でも避けて通れないし、そういう人もいての人間社会なんだと思っている。思い起こせば高校時代にも一人いた。たぶん、百人とか数百人に一人くらいの割合でいるものなんだろう。そういうのに当たってしまったら不運ではあるが・・・。

人間、たぶん誰でも何かしらの狂気は持っているものなんだと思う。ハッキリ言って、私にもある。個々の価値観や、どこでどんなケースでスィッチが入るのかの違いであって、常に特定の人を攻撃せずにはいられない人が精神病で、スィッチが入った時だけ怒るのが通常の人、ということなんだろう。

私の場合は、相手が「目上の人、権限や権力を持っている人」に対してと、「不誠実な対応をする者」「ワケなく攻撃してくる者」に対してのみ横柄になる。自分より弱い立場の人にはキツク当たったりはしない。ただし、家賃を滞納していてもちゃんと連絡をくれる人を叱ったりはしないが、こちらから何度も留守電やメールを入れても連絡ひとつ寄越さなければ「テメエ、ふざけるな!」になる。

うちは小さな店だから確率的に言えば1年に一人くらいの割合で当たる程度。大企業には顧問弁護士も必要だが顧問精神科医も必要かも知れない。宅建業協会の各支部に「そういう客への対応の仕方」などの小委員会(勉強会)を設けるのも一案だとは思うが、立川支部に提案したが返事すらなかった。

それはともかく、何かの参考になるだろうから、この本はぜひ読んでおきたいと思う。


posted by poohpapa at 04:58| Comment(24) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月20日

生活保護の問題点について、「NEVERまとめ」さんの記事から思ったこと

私のいつもの訪問先、「NEVERまとめ」さんの少し古い記事、

「不正受給だけじゃない…生活保護の問題点が多すぎる」

URLは以下 ↓

http://matome.naver.jp/odai/2140694421625442801

この中で、生活保護の問題点をいろんな角度から指摘していて、「不正受給も問題だが本来受給資格がある人が受けられない現状があるのも問題」との意見もあって、まさにその通り。

受給資格があっても(役所の怠慢で)受けられない人が出るのは、不正受給者によって市町村の予算が圧迫されている、ということが大きい。そのために「生き残れたハズの人」が亡くなっている。

もちろん、私は「不正受給を無くせ」「不当な支払いを減らせ」と言っているのであって、「有資格者であっても保護決定するな」と言っているのではないし、立川市の生活福祉課の職員があまりに不誠実であることを非難しているものである。立川市では、不正受給している者の逮捕が続く一方で、保護が認められずに餓死した人もいる。立川市の無為無策によって殺された、と言っても過言ではない。

立川市の生活福祉課の浅野職員が言っている「我々の仕事は生活保護受給者に保護費を渡すところまで」などという発言は認識違いもいいところ。大切なのは「保護決定に至るまでの過程」と「不正が入り込まない厳しいチェック」であって、そんなふうに言い切っている職員が十分な職責を果たしているとはとても思えない。こんな職員が生活福祉課にいるようではこれからも死者が出ることだろう。

反面、立川市ではこんな例も・・・。大澤ゆたかという市議がいて、票にもカネにも繋がらない福祉を専門に手掛けていて、生活困窮者の自立支援を一生懸命に後押ししているようだ。ただ単に「生活保護を受けさせる」のでなく「自立支援を促し支援することが最善」とお考えのようで、NPO法人を立ち上げて困窮者の世話をしている。老人家庭の電球交換なども市議自らしていて、私も何度か現場に遭遇している。

その「生活保護者が保護に甘えることにならないよう、なるだけ自立させることが大切」という認識と、私財も心血も注いで細かなフォローにも自ら動く姿、というのは「立派」の一言。生活保護を受けている人が少しでも働くことは福祉予算の削減に繋がるだけでなく本人のためでもある。受給資格の有無など関係なく、川崎から流れてきた申請者のために役所に口利きしている議員なんかとは全然違う。

北九州市では生活保護をなるだけ認めないようにしていて、それがために困窮者に死者が出ていて問題になったようだが、極端なんだと思う。本来は「認めるべき人には認めて、不正受給は受けさせない」で良いのに、問題が発生すると針を極端に反対側に振る・・・。しかも、生活保護は「0か100か」ではないのに、自立を促すこともなく「出すなら100で、何か収入があったら後で引く」、というのが間違い。

立川市の生活福祉課の職員みたいに「生活困窮者より自分の立場が大切」なんてのばかりでは、これからも社会の最底辺の弱者の凍死は無くならないだろう。人間性に問題がある市長とこんな無能な職員ばかりでは、立川市の福祉は何も変わらないし、財政再建なども期待できないだろう。

市長以下立川市役所の職員と、うちの全宅立川支部の役員たち、実によく似ている。ちょっと批判を浴びると直ぐに小さく纏まって自己弁護を始める。どちらも笑っちゃうくらいレベルが低い。

来夏の市長選で、いい市長候補、現れないかなあ・・・、年が明けたら直ぐ動こう。

そういえば、関東地方整備局にも例のADの件で行かなきゃならないし来年はなんだか忙しくなりそうたらーっ(汗)

posted by poohpapa at 07:40| Comment(12) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月20日

無駄な技術に思える・・・

一昨年ドイツを旅して毎朝ヨーグルトを食べていて、それ以降は帰国後(現在に至るまで)2年と2ヶ月もの間、毎朝ヨーグルトを食べるようになった。以前はヨーグルトの酸っぱさが苦手だったのだが・・・。

まあ、お陰さまで「お通じ」は良い。便秘にも(ほとんど)下痢にもならずに安定しているわーい(嬉しい顔)

私が食べているのは毎日同じ銘柄、明治ブルガリアヨーグルトのストロベリーで決まっている。プレーンや他のフルーツ味も試したがこれが一番好きだし毎日食べていても飽きない。

スーパーで、4個パックを賞味期限を見て安売りしている時に買い溜めしているので、うちの冷蔵庫には多い時で20個以上も入っていたりする。常にPCでチラシのチェックは欠かさない。まるで主婦だたらーっ(汗)

で、最近、気になったことがある。

以前は、持ち帰る際に揺れたりするので蓋の裏にベッタリとヨーグルトがついていて、蓋を剥がした後で舐めていたが、最近売られている製品の蓋の裏側には全くヨーグルトがついていない。試しに「つけよう」としてみたが、はじく、というか、まったく付着しない。それは凄いのだが・・・、ふと思った。

そんな技術、必要なんだろうか、と・・・。

たしかに、蓋の裏を舐めるのは行儀が悪いし、洗わずに捨てられればエコかも知れないけど、私なんかには「そんなの舐めりゃいいのでは」と思える。もしかすると他に必要があって開発した技術をヨーグルトの蓋に応用しているのかも知れないが、開発費用と天秤に懸けたら無駄のほうが多そうに思える。

と言うより、蓋の裏を舐めることでチヨッピリ童心に帰れたのに・・・、と残念に思う(*^^)v

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2014年10月14日

バカな制度

世の中の3連休が終わった。本来10月10日が「体育の日」であるハズが、ふだん休もうとしない(休めない)国民が強制的にでも休めるように、というお上の思いやりから2000年に誕生した制度である。

ハッピーマンデーなどというセンスの無い名前がついていて、その制度のために「成人の日」も1月の第2月曜日になってしまったし、他にも移動している祝日がある。祝日の趣旨から「どうしても移動できない」祝日もあるが、どうせなら元旦も天皇誕生日も全部ハッピーマンデーにしてしまったらどうか。

成人の日・・・、都会に出ている人間が、正月に帰省して、郷里の同窓生と一緒に祝うなら直ぐまた戻ってこなければならないし、いっそ「春分の日」にくっ付けてやったほうが親切というものだろう。

「国民が喜ぶ」と思ってか「財界からの要望があったから」かは知らないが、迷惑に思っている国民も少なからずいるに違いない。理容店みたいに、ずっと「月曜日」を定休日にしている業種もあるし。たまたま月曜日がハッピーマンデーだと、休むわけにいかないから営業している。一週間が一日長くなって疲れる。休んでも必ず他の日に来るのではあるが、次の土日に集中したりする。中にはハッピーマンデーでも「月曜だから休んでいるかも」と来店を見送る客もいるそうだ。14年も経っていて未だに、である。

だいたいが、そんな制度を喜ぶのは公務員くらいのものだろう。子育て真っ最中の家族でも「喜ぶ」とは限らない。ゆっくり休みたくても妻子から「3連休だからどこかに連れて行ってくれ」とうるさく言われる亭主もいるのではないか。うちの業界には関係してこないが、テレビで「3連休」という言葉や「行楽地の様子」など流されると、祝日も休めない職種の人間からすると不快になる。

不動産業界は盆暮れもGWもしっかり休めるからまだいいのだが、世の中にけっこういる「日曜祝日も休むに休めない職種」「日曜祝日なんて関係ない職種」の人たちにもう少し配慮したらどうか。お上(政治家)は「大多数の国民が喜ぶ」と決め付けているようだけど、あまりに浅慮ではなかろうか。

ちなみに、我々不動産屋、3連休で天気が良かったりすると空室確認の電話はガクッと減る。それが久し振りの快晴になったりしたなら尚のこと、である。

公務員に対するご機嫌取りみたいな法律は廃止して「なるだけ早く元に戻せ」と言いたい。

posted by poohpapa at 06:18| Comment(6) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月13日

ながらスマホは不快(何度も書いてるけど^_^;)

先日、取引主任者証更新のための法定講習を受けに中央線などを乗り継いで目的地まで行った際、車内は座っている人も立っている人も、たいていスマホをいじっていた。比率で言えば70%くらいか。

やることがなくて退屈、ということかも知れないが、私からすれば異様な光景である。スマホの画面の大きさからすれば、スマホを使って読書や勉強をしているとは思えない。多くは非建設的なゲームなどに興じているんだと思う。中にはヘッドホンで音楽を楽しみながら、という者もいる。それじゃあ、座っている自分の目の前に高齢者が立っていても気付かないであろう。気付かなかったフリも出来るし。

街を歩いていて、向こうから来る人がスマホの画面を見つめていて、ぶつかりそうになることがよくある。私はそういう場合、こちらからは避けない。ぶつかってもかまわない。スマホ画面を見てなくて安全に注意を払っているほうが避けなければならない、という道理は無い。ただし、見るからに「その筋っぽい」人の場合は進路を変更する。私もそこまでは無鉄砲ではないから。

自分がスマホに夢中になっていてぶつかっておきながら相手に因縁をつける輩も多いという。そういうのは製造物責任法が適用になってもいいのでは、と思う。もしスマホ操作に気を取られていて事故が起きた場合、そんなものを製造したメーカーや携帯電話会社にも何らかの責任はあるように思うのだ。もちろん、大半は自己責任なんだろうけど。せめて、歩行中や自転車に乗っている時はスマホを使わないよう注意書きに記しておく必要があるのではないか。歩行者に対しても道路交通法に「ながらスマホ」への罰則規定があってもいい、と私は思っている。

先日起きた「川越の全盲の女子高校生が蹴られて怪我をした」事件、相手は(スマホなどに気を取られてなくて)普通に歩いていたのなら自分が避けられたハズである。もしかするとスマホに夢中になっていたのではないか。盲導犬をフォークで刺した犯人といい、この犯人といい、卑劣である。

人間、便利さを求めると、必ず何かが犠牲になるものなんだろうな、とつくづく思う。少なくとも、世の中が豊かで便利になっていくと人の心は逆に荒廃していくように思える。日本人は「モノが無かった時代」のほうが今よりずっと優しかったのではなかろうか。どちらが良いか、は私には分からないが。

実は、先日の法定講習の参加者、見ているとガラケーを愛用している人がけっこういた。年齢層が高かった、ということもあるのだろうが、そういうのを見ていて、「うん、不動産屋は健全だ」と安堵したわーい(嬉しい顔)

私はこれからも、スマホ画面を見ながらこちらに向かってくる奴を自分から避けたりはしない。再度言うが、「スマホ画面を見てない人が衝突を回避しなければならない」などという義務は無いのだから。


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2014年09月06日

ケチと節約のちがい

分かりきったことではありますが、いつもの msn.に、こんな記事がありましたのでご紹介。


ケチは不快!? 「ケチ」と「節約」のちがいはコレだった!

貯金をするためには、お金を稼ぐだけでなく、「節約」も大事。でも、度をこえると「ケチ」に見られることも? では一体、どこまでが「節約」で、どこからが「ケチ」なのでしょうか。この2つのちがいについて、働く女子の意見を聞きました。

■必要なのに出さないのがケチ

・「必要な所まで削るのがケチで、不要な部分を削るのが節約だと思う」(32歳/医療・福祉/専門職)

・「ケチは、必要なときやみんなで出し合わないといけないときでも出し惜しみをする」(27歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)

目的を持って、お金の使い道をきちんと考えて行動するのは、節約。一方、お金を使わないこと自体が目的になってしまっているのが、ケチ。そのため、後者は必要経費すらも出さない傾向があるようです。

■まわりから見て、ケチは不快、節約は賢い

・「他人が見てみっともないと思うこともやるかどうか」(27歳/機械・精密機器/技術職)

・「他人に迷惑をかけたり、不快にさせなかったら節約の範囲内だと思う」(27歳/ホテル・旅行・アミューズメント/販売職・サービス系)

・「ケチは付き合っている友人にマイナスの印象を与えることで、節約は賢いと思ってもらえること」(25歳/小売店/販売職・サービス系)

まわりをドン引きさせたり、その場の空気を壊したりするレベルになると、節約ではなくケチと捉えられます。節約も、他人に迷惑をかけない程度にとどめておくのが最低限のマナー。

■他人のためにお金を使える人は節約家

・「人のために使え、自分の生活は節度をもつ人が節約だと思います。ケチは人にお金を使えない人」(32歳/生保・損保/事務系専門職)

・「ケチは人のためにお金を使わない。節約は自分のためには節制し、他人のためにはそれなりに使う」(31歳/不動産/事務系専門職)

自分だけでなく、誰かのために使うお金も出し惜しみするのが、ケチの特徴。自分にはできるだけお金を使わない生活をしていても、時には他人のためにお金を使える人でありたいですね。

ケチと節約のちがい、納得する部分も多かったのではないでしょうか。自分では節約しているつもりでも、もしかしたら、まわりからはケチだと思われている、なんてこともあるかもしれません。賢い節約を心がけたいものですね。



それぞれの意見や指摘、言えてますね。とくに、「必要な所まで削るのがケチで、不要な部分を削るのが節約だと思う」というご指摘、実に端的に「節約とケチの違い」を表現していると思います。

私がこれらの意見に一つ付け加えるなら・・・、

節約は自分の家の中でするもの、ケチは外でするもの。同じことであっても家の中でやれば節約、外でやればケチ、ということ。職場は家の中と同じ、仕事を離れた同僚との付き合いは外、だと考えます。

で、「その人間の本質」を知るためには、何をして幾ら稼いでいるか、ではなく、稼いだ(得た)おカネをどう使っているか、を見れば一番よく解かる、と思います。

以前も書いていますが、

解かりやすく言うと、どれだけ有名になって億万長者になっていたとしても、ここ、というところで出し惜しみするような人間は偉くはない、ということで、3.11東日本大震災の際、みのもんたや島田紳助が寄付をした話はどこからも聞こえてきません。同じ業界で一線から身を引いていた久米宏が2億円寄付したのは聞きましたが。みのもんたと島田紳助が「匿名で何億も寄付していた」なんてことは有り得ません。何故なら、多額の寄付をしていながら黙っていられるような人間ではないでしょうから。

私は、稼ぎは少ないですけど、カネの使い方、活かし方は心得ているつもりでいます。一方で節約して一方でパアッっと使う繰り返し。貯金する気もありません。カネは使わなければ戻ってもきませんし。

ただし、若い頃は何かの目標の為に節約して貯金をする、というのは大切なこと。逆に、歳をとってからなおチマチマ貯金したり資産作りに励むのは愚かでしかないと思いますね。子供の為に、という人もいるでしょうけど、自分が何百億の資産があっても、子供には「一息つけるくらいのカネ」を遺せば十分です。配偶者には「自分が死んでも生活に困らないようにしておいてあげたい」とは思いますが。

いずれにしても、自分の余生で使い切れないほどのカネを得ていたなら、それを生きてるうちにどう役立てるかを考えるべきでしょう。「豊かさ」や「ゆとり」はカネや資産の有無とは全く関係ありませんしね。

国際連合の人間開発報告書によると、世界の85人の富豪が、35億人分に相当する財産をもっているとか。つまり、たった85人で世界の富の半分を占有しているワケで、もちろん、才能に恵まれたり血の滲むような苦労をしているのでしょうが、不公平と言えば不公平な話。だから紛争も戦争も起こるし、人の弱さに浸け込む宗教が発展するものでしょう。


って、こういう価値観や人生観、「貧乏人の僻み」とも言いますがわーい(嬉しい顔)





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2014年07月07日

「世界ナゼそこに?日本人」的な番組を観て思うこと

最近いくつかのテレビ局で、海外の、しかも辺境に暮らす日本人を紹介する番組を放映している。

うちのが好きでよく観ているのだが、そういうのを観ていて、つくづく思うことがある。それは・・・、

日本人の気質って、やはり凄いな、ということ。

何の得にもならないことで、私財を投げ打ってまで現地の貧しい人たちのために尽くす、なんてことは日本人の専売特許かも知れない。トイレがない現地の全ての学校にトイレを作ったり、保育所を作ったり、辛抱強く農業を教える・・・、本来はODAですべきことを個人でやっていて、頭が下がる思いである。

番組的に多少「美化」していたり、本人にそうせざるを得ない何かの事情があったとしても、誰にでもできることではない。だから「日本人は全てそういう国民性」とも言えないだろうが・・・。

何より、宗教が絡んでいないのが素晴らしい。布教活動の一環でなく、どこからも資金や精神的援助が無い話で、まさに波乱万丈、幾度の試練を乗り越えて、それでも挫けず続けている・・・、それが凄い。

日本には伝わってこないだけかも知れないが、韓国人が「そういう活動をしている」なんて話は聞かないし、中国人なら「援助しても後で(資源などを)根こそぎ収奪する」のがオチであろう。アメリカの資産家が病院を建てたり大学や研究機関に多額の寄付をするのは売名行為であったり後世に名を残す目的、さらには寄付や慈善活動をしないと国民から尊敬されない事情もあるし、たいていは国内向けのもの。

海外で慈善活動をしている日本人は、そのまま誰にも功績が知られることなく異国で亡くなったとしても自身はそれで納得する人たちで、普段から恩着せがましい私なんかにはとても真似できないたらーっ(汗)

こういう人たちの地道な活動はどんなODAより日本の地位を高めてくれるし、勲章を与えるなら、そういう人たちを探し出してこそ与えてほしいもの。うちの業協会の元役員たちに(実はクソの役にも立っていないのに「業界の発展に尽くした」などという理由で)黄綬褒章を与えるのは悪い冗談でしかない。

アフリカだけでなく、そういう日本人が世界中にいて、現地の人たちのために様々な活動している、ということは、同じ日本人として心から感謝したい思いである。私にはけっしてできないことだから。



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2014年05月27日

ROLEXの凄さ

その昔ヤフオクで程度の良い中古のROLEXを落札して、そのクオリティの高さを記事にしているが・・・、


消費税増税前に間に合うようにROLEXの腕時計のオーバーホールを依頼したつもりであったが、誰も考えることは同じで駆け込み需要で混んでいて、結局、消費税8%での依頼に相成ってしまった^_^;

オーバーホールだけでナンと税込み68040円、ではあるのだが、返ってきた時計を見て驚いた。使用感に溢れた古時計が、まるで新品かと思えるほどピカピカに輝く仕上がりで返ってきたのだ。

しかも、である。以前より精度が増している。ちょうど3日前に正確な時刻に合わせ、丸3日経った時点で1秒とは狂っていない。まるでクオーツである。

聞けば、ゼンマイなどもオーバーホールする際には異常が無くても新品交換してしまうらしい。もちろん、精密部品もしっかりチェックして僅かでも消耗があれば取り替えるのでその値段になるとか。

そんなのは肉眼で見て判るような消耗ではないだろう。一度全部分解して、数百個からなる部品を職人さんが一点一点ルーペで確認しているんだと思う。正確な時間だけを時計に求めるなら自動巻よりクオーツのほうが優れているし安い。精密な部品の組み合わせと、(ほとんど芸術と言える)長年培われて受け継がれてきた職人技が生きていることこそが自動巻やゼンマイ式手巻時計の「廃れない所以」かも。

これなら68040円の代金も納得である。と言うか、そのオーバーホール代金を「高い」と思うような人間ならそもそもROLEXを持っていてはいけないんだろう。実のところ、私も本当はそのクチなのだがたらーっ(汗)

昨年の秋、あのマツコさんが私の腕時計をチラッと見て、「あなた、いい時計してるわね」と褒めてくださった腕時計でもある。ゆくゆくは次男にあげるつもりだが、一生モノとして大切に使っていきたい。



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2014年05月19日

「ごんぎつね」を読んだ小学生の読書感想文が物議を醸しているとか・・・

誰もが小学生の頃、国語の授業で新美南吉の「ごんぎつね」を読んだことがあると思う。私の最も好きな童話で、うちには2種類の(挿絵画家が違う)「ごんぎつね」の絵本がある。どちらのタイプの絵も捨て難い魅力があって、私の宝物になっている。

たいていは読み終えた後「ごんが可哀想」と涙するものだろうが、全く違う現実的な見方をする小学生が現れた。「ごんは撃たれて当然である」という感想文を書いていて、それが物議を醸しているとか。

私は「そういう感想もアリ」だと思う。同じ文章を読んで皆が皆「同じ感想」を持ったとしたならそのほうが怖いし、絶対多数と違う感想を一人だけ持ったとしても、べつに異端児ということでもない。そういう感想も受け入れられる度量が周りの大人には必要だろう。その小学生、実にしっかりしている。ただし、私の子供でなくて良かった、とも思う。ガキの頃から合理的に物事を判断するようでは可愛げが無いしわーい(嬉しい顔)

そういう感覚や価値観は、子供から大人に成長する過程で両親とか先生、友人や先輩後輩、仲間たちに揉まれて失敗や挫折を繰り返しながら少しずつ変わっていって形成されるもの。小さなうちからショートカットして現実的になっているのでは末恐ろしい、とは思うが。

その小学生、逆に大人になったら「ごんが可哀想」と思っているかも知れない。

実は私の場合も絶対多数と同じ読後感であって、今も読む度に涙しているが、一方で「陰でこそこそ罪滅ぼしをしていたごんも悪い」とは思っている。奥ゆかしいのは日本人の美徳だが、常に謙虚に遠慮して(必要があったかどうかは別にして)ずっと罪滅ぼしをしていた結果が今の対中韓関係だとも言える。

いつか、ごん(日本)が兵十(中韓)にズドンと撃たれてお仕舞い、なんて時が来ないとも限らない。そうなりつつあるし・・・。どこの国も、国民性には長短あるもの。良くも悪くもそれが日本なんだろう。

歳をとって様々な経験を重ねてきた今は、「ごんぎつね」は人生の縮図、人生は不条理な出来事の連続、塊りであって、童話でありながら「ごんぎつね」ほど人生を端的に表現している物語はないと思える。他にあるとしたなら、大きく飛んで、時代小説の「鬼平犯科帳」くらいのものか。

日本人ならみんな小学校で読んだ「ごんぎつね」、この機会に新たな視点で読み直すのもいいだろう。

そうだ・・・、田舎の中学の同窓会には今年も出そびれてしまったが、近いうちに同窓会に参加しがてら、私の両親と2区画隣の新美南吉の墓にお参りしてこよう。


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2014年03月25日

大事なところで「人生の選択」を誤っている人

今日は手短に、

ここんとこ何人かの「人生の選択」を誤っている人と接している。本人は気付いてないだろうけど、第三者が客観的な立場から見たなら「選択を誤っている」と言うより「最悪の選択をしている」くらいの話。

その人を知っている何人かの人と個別に話しても私と同じように捉えている。本人がそれで良ければ他人が口出しするようなことではないのだが、私も同じような体験や失敗を重ねていて「そのパターンで幸せになれることは無い」のが解かっているから、見ていて辛い。

人生の選択を誤る前に、そもそも誰の言葉を(何を)信じるかの選択を間違っていたりして・・・。

親切に(お節介で)指摘してあげても腹を立てられるか嫌われるのがオチ、静観しているしかないが、「ご縁や運に恵まれない人っているもんだなあ・・・」、と、つくづく思わされている今日この頃である。


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2014年02月28日

私がガストのお姉さんに嵌るワケ

当ブログに何度も登場しているガストの超可愛いウエイトレスさんに昨晩も会ってきた。食事に行ってきた、と言うより、会ってきた、というのが正しい表現。私は彼女から元気を貰いに行っているのだから。

彼女、見た目も可愛いのだが性格も可愛い。適当に図々しかったりもするが憎めない「得な性格」だし。

先日、プレッツェル社の「チョコスナイダーズ」というお菓子を持って行って、「これ、美味しいよ」と言ってあげたら、「うわあ、有り難うございます」と喜んでエプロンのポケットに入れる。スナイダーズは国際線の機内でドリンクサービスなんかの時に出されることが多いお菓子で、あげたのはそれにチョコが塗してあるもの。ポッケに入るくらいだから小袋で「50g入り」、三口で食べられるくらいの内容量。

家に持ち帰って一人で食べたかと思いきや、次に行った時「先日のお菓子、凄く美味しかったです。休憩の際に仲良くしている友だちと一緒に食べました。友だちも『美味しい』って言ってました」と言う。

「量が少ないし、私一人で食べよう」としないのが偉いし優しい。それで思い出した・・・。

初期の頃の記事で書いているが、私が高校2年の時、隣町で開かれる「半田市内4高等学校合同交通安全運動連絡協議会」に出るために、自転車通学している同級生T君から自転車を借りたことがある。それほど仲が良かったワケでなく、近くにいたから声を掛けただけなのだが、快く「鍵かかってないから乗ってって」と貸してくれた。会議を終えて帰る途中、焼芋を売っていたのでT君へのお礼にしようと一本買って帰り、運動場でサッカーの部活をしていたT君を呼び寄せて「一本しかないからここで食べていきなよ」と渡すと、T君はサッと仲間のほうを振り返り「お〜い、焼芋もらったから食べようぜ」と叫ぶ・・・。

私は正直とても恥ずかしかった。もっと買って帰れば良かった、と後悔した。運動場には10人以上いた。皆で分けたら一口ずつにしかならない。それでも独り占めしようとはせず皆で分けようとする・・・。

今、うちの業界を見渡せば皆「自分の会社さえ儲かれば良い」とばかりに何でもアリの状態。協会の役員の会社からしてAD付き(脱法行為)で広告を打っていて、少ないパイ(顧客)の奪い合いをしている。

風の便りに、T君は一浪して名古屋大学に合格したと聞いた。凄く嬉しかった。誰が合格した知らせよりT君の合格のニュースが一番嬉しかった。私に仲間を大切にするよう教えてくれたのはT君である。

で、ガストのお姉さんに「じゃあ、今度ケースで買って届けてあげるよ」と約束して、昨日、届けた。と言ってもバレンタインが終わったからかケースでは売ってなくてバラ売り・・・。期間限定だったのか、幾つかの店に置いてあったのに、売っていたのはルミネの中の成城石井だけ・・・。それを買えるだけ買って届けると「こないだ一緒に食べた友だちが今日も入っているのでまた分けます。きっと喜びます」と言う。しかも、「彼女、まだ高校生なんです。でもとっても可愛いんです。私、大好きなんです」だとexclamation

たまたまその高校生バイトさんがホールに出てきたので、「こちらがこないだお菓子をくださったお客様」と紹介された。たしかに可愛いし、これで高校生??、というくらい落ち着いていて素敵な雰囲気・・・揺れるハート

なるほど彼女がこの後輩を可愛がる気持ちは解かるな、というくらい性格の良さそうな娘さんだった。

だがまあ、「二兎を追うものは一兎をも得ず」と言うし、ここは浮気せず本命だけを追いかけようるんるん

そう言えば、以前はラムレーズン味のポッキーもあげていたが、「ラムレーズン味は苦手でした」とのこと。うちのが「私も苦手」と言うと意見が一致して喜んでいた。何でも欲しがる娘さんではないと判った。

さて、後は誕生祝を何にするか、である。「この仕事キツくて、辞めようかな、とも思っていたんですけど、〇〇さんが誕生祝を贈ってくださるって言うから、それまでは頑張らないと、と思ってます」とも言われていて、辞められたら寂しいから、辞めさせない為には贈り物攻勢しかないか・・・、くそっ!わーい(嬉しい顔)


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2013年09月26日

実際に会ってみたら「それまでの印象と全く違う人」って、いるもの

仕事でもプライベートでも、直接は面識が無く、遠くからて見ているだけだったり、噂で聞いていただけだったりして「そんなに良くない印象の人」が、実際に会ってみたら「凄くいい人」なんてことは良くあるもので、私も最近そんな経験をした。

もちろんその逆もあるが、先日、あるきっかけで、今まで遠くから見ていただけの有名人の方とお話しする機会に恵まれたのだが、今までの「近寄り難い印象」とは真逆で「気配りの塊」のような人であることが分かって感動したことがある。私の名刺をお渡しすると、「立川だったの!?、じゃあ友だちが部屋探しする時は紹介するね」と気さくに声を掛けてくださって、たぶん口だけではない、と思う。苦労人だろうから。

よくテレビなんかでは凄く爽やかな好青年という印象の男が実際には横柄だったり、清純さを売りにしている可愛いタレントが実はアバズレで我侭で、楽屋では常にタバコを吸っている、なんて話も聞く。

だいたいが悪役を演じている俳優のほうが実際には腰が低くて善人で、ドラマや映画の中でその人たちを捕まえたり斬り捨てる主演俳優のほうがお粗末な人間性だったり、なんてことは誰でも知っている話。

プライベートでもテレビなんかで観る姿そのまま、という人もいるだろうが、ま、柳沢慎吾なんてタレントがまさにそう。ちょっと騒々しいけど、ああいう友だちが一人いたなら人生が楽しくなること受けあいで、私は大好きである。嫌なことがあっても忘れさせてくれそうだし、人間、裏表が無いのが一番だから。

そう承知していながら、実際にその方に会うまではそれまでのイメージから「怖い人」だと思っていた。そういう先入観が払拭できたのも嬉しいが、商売柄、ついつい深読みをしたり、相手の本質を見極めようとしてしまう普段の姿勢は(少しは)改めたほうがいいのかも、と、反省もさせられた。

相手が私をどう見たか、は分からない。悪い印象を与えていなければ良いのだが、と気になっている。


posted by poohpapa at 06:05| Comment(6) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする