2020年08月02日

今ね、茨城の歯医者さん夫妻からメールが入ったんだけど

私の旅仲間の歯医者さんご夫妻、月に一度の贅沢、ってことで焼肉屋にいるんだと。しかも、毎回、焼肉屋から写真を送ってくるんだけどさ、今日なんか私の晩飯はバナナ2本だけ。チンパンジーかよ、って話。向こうは特上霜降り和牛で、私は東急ストアの値引きシールが貼ってあるバナナ・・・。

「月に一回の贅沢」って言うけど、あんなに美人で気立てのいい女房をもらってるんだから「毎日が贅沢」じゃねえか、って話。「これから帰ります」って LINE が届いたんで、悔しいからこう返信してやった。


「脱輪しろ、脱輪しろ」

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2020年07月11日

(本格的な投稿ではないけど)ちょっと嬉しい昨日の出来事

昨日、うちのとバーミヤンでランチをして、サービスでテーブルに届けてくれる読売新聞の一面トップにコロナに関する「ある署名記事」があった。その記者さん、お会いしたことがあって、今もしっかり覚えている。名刺も保存している。やや小柄だが顔立ちも整っていて知性的で、凄く美しい女性だった。

山田佳代さんという記者さんで、当時は、大学を出て読売新聞の記者になってまだ2年目くらい、とても初々しかった。宅建業協会の内部事情に関する取材を依頼されたのだが、たったそれだけのことなのに私の本を購入して、お読みになってから立川までお越し頂いている。依頼を受けて、「返送は無用ですよ」と資料をお送りしたのに、お礼のメッセージと共に後でちゃんと送り返してくださったのには驚いた。

私はふだんマスコミのことをボロクソに貶しているが、そんな誠実な記者もいるんだ、と感激した。あれから何年経ったかなあ・・・、一面のトップに署名記事が出る・・・、ご活躍のようで凄く嬉しい。

「ご自由にお持ち帰りください」とあったので、その新聞を頂いて帰ってきた。大切に保存しよう。

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2020年07月02日

家のPCのマウスパッドを交換した

スペインのマドリードの国立ソフィア王妃芸術センターを訪問した際に購入したダリの「窓辺の少女」のマウスパッドの表面が何箇所もヒビ割れしてきたので交換した。10年も使っていたから仕方ない。

原画を一目見て不思議な郷愁を覚え、美術館のショップで購入したマウスパッド。中身の絵の部分だけ切り抜いて机の上に飾ることにした。訪問した際、ピカソのゲルニカも鑑賞してマグネットも購入。

ピカソの絵なんか、顔の造作がバラバラに「あっち向いてホイ!」していて、子供でも描けそうな絵だが、実は写実的な絵も遺している。ダリも同じで、どちらもしっかり基礎ができている。基礎ができている上で抽象画を描くのと、抽象画しか描けないで抽象画を描くのとでは「えらい違い」だと解かる。


3枚の在庫の中から新しいマウスパッドに選んだのは・・・、今話題?の希ちゃんのビキニ姿の上半身。以前にヤフオクで落札したもので、他は、一枚がビートルズの最初のLPジャケットにもなっている写真のもので、もう一枚が京都の平等院鳳凰堂を訪れた際にショップで買ったもの。どちらもセンスがよく、下ろしてしまうのは勿体ないので希ちゃんのを使うことにした。貧乏性なのでビニール袋に入れたまま。

その、希ちゃんのマウスパッドがこちら、

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けっこう若い頃の写真、まあ、この頃からファンだった (^^♪

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こちらはビートルズのもの(ケースに入った状態)

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平等院鳳凰堂のもの、シックなデザイン

でもって、交換したのはいいけど、マズイことが・・・。

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卑猥な気分になる・・・

ほとんどが希ちゃんの左胸の上でマウスを転がしていて、なんだか渡部に申し訳ない思い・・・ (*´з`)

ま、アイツは多目的トイレで「いたして」いたんだから気イ遣うことなんか無いか (爆

ところで、Google で「多目的トイレ」で検索すると、本来の説明でなく渡部のネタが最初のページの上位に出てくる。きっと、未来永劫ず〜っと言われ続けるんだろうな。渡部の代名詞になったりして。


さて、昨日は真夜中の1時半、今日は2時に尿意で目が覚めて、そのまま起きてしまった 💧

店には行くけど、少し昼寝しよう。うちのは嫌がるけど、でないと体力的にもたないから。

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2020年07月01日

プーさんグッズがドーン!と届いた (^^♪

昨年の11月、うちのと石川県の片山津温泉を訪れた際、現地在住の古くからの友人Nさんから、たまたまポケットティッシュを頂いた。第一生命の販促品のプーさんのティッシュだった。「あ、プーさんだ」と言うと、「プーさんが好きなの?」と訊く。「うん、うちのも僕も大好きで僕のメアドにも pooh て入れてるくらいだよ」と言うと、「じゃあ、友だちが第一生命に勤めてるから他にも無いか訊いてあげるね」とのこと。

その時は「うん、有り難う」と答えたけど、こういうのはたいていは「言ってみただけ」で、そのまま忘れられてしまうもの。ちゃんと覚えていてくれた、なんてケースなどほとんど無いものだが、それが、送られてきた。しかも、凄い量である。覚えていてくれたんだ・・・、と感動した。ま、元々がそういう人である。

もちろん、そのまま忘れられていたとしても何の文句も無い。だが、それだけに、届いた時の感激は大きいもの。しかも、想像以上の量なのだから。

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いろんな種類のタオル

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大きな巾着袋まで

ご当地の冷菓まで入っていた。なんだか申し訳ない (^◇^)


実は私も、「話の中でついでに約束した」ような些細な約束でも果たすように心がけている。契約書なんかでしっかり交わした約束より、相手だってほとんど忘れている小さな約束を果たすことでこそ信用が築けるもの。相手が感激していても、こちらは涼しい顔で「当然でしょ?」という態度でいることが重要。そうすると相手から「こんな小さな約束まで守ってくれるなら信用できる」と思って頂けるもの。

先日も、とくに約束していたワケではなかったが、うちにある某キャラクターグッズ(新品)を掻き集めて高校時代の後輩にドーン!と送ってあげた。以前に話の流れの中で「好きだ」と聞いていたからである。どうやら夫婦して好きだったようで、凄く喜んでくれて、私も嬉しい。

Nさんもそうだけど、互いに忘れず気遣うことで交流を深めたり継続することができる。寂しい老後を送るハメにならないようにするには、コツコツと約束を果たして不義理しないに限る。



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2020年06月17日

ついに届いたア (^^♪

アベノマスク、じゃないよ、そんなのは一月前に届いてるから。

特別定額給付金の10万円 × 2 の20万円が、今日、振り込まれていた。と言っても・・・、

私の10万円分に関しては、もう使って(バラ撒いて)しまっているから補填でしかないけどね。

でも有り難い。もちろん、「少ない」だの「遅い」だの文句は言いませんとも。

なんだ、金融機関、信用できるじゃないか (おい

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2020年06月01日

半年間で歩いた距離

スマホに万歩計機能が付いているので毎日何歩いたかチェックしている。スマホに、と言うより、コカ・コーラのアプリで、歩いた距離に応じてスタンプが1個もらえて15個溜まるとコカ・コーラの自販機のドリンクが1本タダで貰える、という仕組みに乗っかっているんだけど。

目標は1日7000歩、一週間で49000歩をクリアするとスタンプ1個。私は一日平均1万歩、毎週クリアしているので15週に1本はタダで飲み物をゲットしている。実際には歩数だけでなく、何かの節目節目でスタンプが貰えたりするので15週も掛からない。始めてから半年弱、通算で間もなく200万歩に達する。私は大股で歩くので2歩でだいたい1m、200万歩だとおよそ100万mで、1000kmになる。

東京から1000km・・・、東京 ⇔ 京都を往復した距離で、いろいろ調べてみると、高速道路を走ったなら門司港ICまでの距離が約1000km、 直線なら都庁から長崎県庁までが約960km、1000kmなら五島灘あたり、とのこと。「思えば遠くに来たもんだ・・・」である。まあ昔(江戸時代)の人ならそれくらいの距離を歩いて移動していたんだもんな、車や交通機関の発達は人類を逆に退化させている。

足腰が弱ったら仕事も浮気もできなくなるし、とにかく今は体を労わりながらイジメている。

このコカ・コーラのアプリ、うちのに入れてもらったから私には(スマホへの)入れ方が解からないんだけど、無料だし、歩数を気にして歩くだけでほぼ定期的に飲み物をゲットできるのでお勧め。


さて、ちょっと自慢話、

うちのの実家にお願いして二度送ってもらった焼き菓子、うちで食べる分を除けば総額で6万くらいになるんだけど、それを、このコロナ禍にあって辛い思いをしながら頑張っている人たちに、美味しいお菓子を食べて少しでも笑顔になってもらおうと考えて配って(バラ撒いて)いて、あと少しで配り終える。

人間、美味しい物を食べると笑顔になる、笑顔になれば元気になれる。うちも生活は楽ではないけど、こんな時に、自分でできることで社会に恩返ししなければいつするのか、という話。うちのは「お父ちゃんはやり過ぎ」と呆れているが、諦めているのか文句は言わない。それが嬉しいし幸せ。

もしお口に合わなかったとしても「美味しかったです」としか言えないものだろうけど、お礼の電話の向こうの笑顔を想像して自己満足に浸っている。毎度書いているけど、自分の小さな行いで誰かが笑顔になってくれたらそんな幸せなことは無い。このご時世で家賃の立替えなんかもあって来月から給料が減って生活は更に厳しくなるけど、それでもうちは恵まれているほう、贅沢は言えないし言わない。どこぞの企業のCMではないけど、「お客様(私の周りの頑張っている人)の笑顔のために」である。見返りを求めているのでなく、「情けは人の為ならず」で、そういうのはいつか別の形で自分に返ってくると思う。

自分で言うのもナンだけど、私みたいな人間は少ないと思う。私は偽善者でかまわない。私がそういうことをする(できる)のは貧乏の辛さを身に染みて知っているから。それと、お金の活かし方も。

みんな、今は自分のことで精一杯で自分のことしか考えられないと思う。そのこと自体は批判しない、人間なんてそんなものだから。ただ、それぞれができる範囲でできることをすればいいだけのこと。

無駄遣いと言えば無駄遣いかも知れないし、かなり桁が違うけど、一昨日、都内上空をブルーインパルスが医療従事者の頑張りに感謝してデモ飛行をしたのと同じだと思う、いや、そう思いたい。あのデモ飛行では飛行機雲がモールス信号になっていて「ありがとう」というメッセージを伝えていたらしい。もうね、記事を読んでいるだけで涙が出た。そんなのでも「批判する奴」がいて情けない思い。重箱の隅を突いてばかりいないで何事にも素直に感謝すればいい。それができない人って心が寂しい人なんだろな。

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2020年05月27日

親の意見と茄子の花は千に一つも無駄はない

体調が良くないし、老い先も短いので、近々「遺言となる記事」を纏めておこうと思っていて・・・、

纏めるつもりで最初から脱線 (^^;

次男にとっては、この話は蒸し返されたくないだろうけど書いておく。

次男が川崎の読売新聞販売店で新聞奨学生として新聞配達をしながら専門学校を二つ出て、そのまま新聞配達を続けていたのだが、奥さんのご両親(千葉在住)が高齢で、先々自分たちがお世話をさせて頂くことになるかも、とのことで、新聞販売店を辞めて千葉に移り住むことを考えているみたい。それに伴って、転職もしなければならないのだが、もう42歳・・・、そこにきてこのコロナ不況で、簡単に就職先が見つかるワケがない。だからと言って、ウーバーイーツも出前館も勧められない。

次男だけのことを考えたら、次男は私なんかより遥かに環境適応能力に優れていて、どんな逆境にも耐えられるから、ホームレスをしながらでも生き延びられると思うのだが、男として一家の主として家族を養っていかなければならないから正職に就く必要がある。それは入籍前に言っておいたのだが・・・。

新聞販売店、いや、新聞社そのものが先細りで、マスコミ界の不動産王である朝日新聞を除けば新聞業界に将来は無い。早めに見切りをつけて転職すべきだったのだが、なんせ順応性が高いことが裏目に出た。いくら、「現状を受け入れられる人は楽しめる分だけ得である」、と言ってもなあ・・・。

私がたまたま多摩都市モノレールに乗っていて、多摩都市モノレールの「職員募集 1年後に正社員登用の道あり」という求人広告を見て、ギリギリ年齢制限内だし次男に向いている、と思い、次男に電話して勧めると、「そうだね、履歴書を送ってみるよ」と言っていて、数日後に「履歴書を送ったのか」訊くと、「ああ、あれ、やめたわ」とのこと。理由を訊くと「彼女が『立川に住みたくない』と言ってるから」だと・・・。

べつに、多摩都市モノレールに就職したからと言って「立川に住まなければならない」ということは無い。そういうつもりでなかったとしても、「義父さんの側になんか行きたくない」と言っていることにもなる。それで次男に「これから自分の夫になろうかという相手が新聞配達のアルバイトを辞めて正職に就こうとしているのに、そんな理由で反対するような女なら結婚しないほうがいい」と怒ったので、まあ、それをそのまま彼女に伝えたんだろう、入籍して8年(?)、一度も挨拶に来ない。それは次男も悪いと思う。

だからお祝いもしていない。元妻のところには挨拶に行っているようだし、千葉ではお披露目の会も催してくれたようだが、私にその気は無い。孫が生まれたとしても可愛いとも思わないだろう。

それで私と次男の関係が壊れたのか、と言うと、そんなことはない。何かあれば普通に電話してくる。先日も「向こうでの求人広告を見てるんだけど、お父さん、エイ〇ルって、あまり良くない不動産屋だっけ?」と電話してきた。まあ、年齢制限の無い求人は「使い捨ての営業」くらいのものだろう。

「お店によって差があるね。多摩地区のエイ〇ルはどこも割と感じがいいよ。ただ、社員は定着していなくて、久しぶりに電話すると『ああ、〇〇は退職しました』と言われることが多いから、そういうことでも内容は判るんじゃないかな。採用されたとしても、オマエは宅建士の資格を持っていないから辛いと思うよ」と伝えた。以前に私が試験を受けるよう勧めて取ろうとしたことがあるけど断念している。

転職のことも気掛かりだが、もう一つ、懸念していることがある。先々、奥さんのご両親の老後のお世話をするつもりのようだけど、これは私の実体験で、これだけは言っておきたい。

一緒に暮らしてか近所に暮らしてか、は知らないけど、どんなに人柄の良い両親(とか義父母)と暮らしていても、一緒に暮らしている人間にしか解からない苦労や辛さというものは必ず有るもの。私の時は、義父母も元妻も妹たち夫婦もまるで解かっていなくて、我慢の限界に達していたので、うちのと知り合って交際を始めてその後に家を飛び出した。みんな「女ができたから出て行った」としか思っていないが。

私なら、「2世帯住宅の1LDKに5人で暮らしているのだから夫婦生活も儘ならないだろうな」と考えて、一万円札でも渡して「たまにはラブホでも行っといで。行かないなら美味しいものでも食べてくればいい」と言うんだけど。同居を始めたのが35歳の時で、男の絶頂期だったんだけどね。

私は思っている。元義父母は「遺産は要りません。老後のお世話をさせて頂きます」と言ってくれている婿を、どういうワケか知らないけど大切にせずに逃げられたのだから、取り返しのつかないミスを犯した、と。財産など遣い切って「ああ、幸せな人生だった」と逝ってくれるのが望みだったのに。

これから次男は昔の私と同じ苦労をするだろうけど、まあ次男ならどんな苦労にも耐えられるだろう。

時には鬱陶しい親父だろうけど、「親の意見と茄子の花は千に一つも無駄はない」・・・、この言葉の意味が解かる時が来たらいいな、と思う。ま、無駄はなくても、ちょいちょい間違うことはあるけどね。

私は、もし、うちのに追い出されたり逃げられたりしてホームレスになったとしても、それで「お父さんの面倒を見なければ、などと考えなくていい」と伝えてある。親が我が子の足手まといになったりするのだけは嫌だから。自分も好きなように生きてきたから子供も好きなように生きてくれればいい。


と、ここまでは私の(子供に対する)考え方の話、ここからは、世間に目を向けると・・・、

核家族化だの個人の自由だの権利だのと言って、そこそこの収入があっても子供たちが親の老後の面倒を見ずに福祉に任せて自分たちは人生を謳歌しているケースは多い。福祉なんて、真面目に生きてきたけど何かの事情で「もうどうにもならなくなった人」が受けるもの。無責任にチャランポランに生きてきたり生きている者どもが受けるものではない。生活保護の申請をする際、子供がいれば「親を扶養する意志」の確認をするが、特段の理由も無く拒否したなら保護決定後に子の住民税を加算すべきと思う。

援けなくていい者まで福祉で面倒を見ていたなら、国は、戦争でなく福祉で崩壊することになる。

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2020年05月09日

うちのがメッチャ喜んだマスクと、私が喜んだチョコ

昨日、当ブログのコメントの常連さん、大阪のたかさんから速達便(定形外郵便)が届いた。

手に持った瞬間に、「あ、マスクだな」と判った。実に有り難い、後はセンスだけの問題である (こら

封を開けてみると・・・、大(1枚)、中(2枚)、小(1枚)、いずれも猫柄のマスク。

(猫好きの)うちのに見せると大喜び。メモに「二人で分けて」とあるが、4枚ともうちのが使うことに。政府からの布マスクはまだ届いていないし、不織布マスクは付け心地が良くなかったりする。夏になったら蒸れるだろうな、と気にしていたから、「猫柄だから」というだけでなく、そういうことでも嬉しい。

今まで私もうちのも、以前に退去者さんやブログ仲間さんから送って頂いた不織布マスクの最初の2枚を丁寧に洗いながら使っていて、私はこれからもそうなると思う。根が貧乏性だから「こまめに交換して使い捨てにしたほうが良い」と解かっていても捨てられないでいる。たぶん、2枚あれば半年はもつだろう。マスクをしている理由も、自身の感染予防のためとか人様にうつさないようにするため、というより、ノーマスクで街に出た時の他人の視線が怖いからに他ならないし。

失敗した・・・、一箱50枚入りのを楽天で買うんじゃなかった。私は退去者さんやブログ仲間さんからのマスクが気に入っているから今のところ足りてるし、近々長男からも一箱もらえるみたいだから、それは困っている人に・・・、って、もう「欲しい人」なんていないかもね。もうすぐ普通に安く出回りそうだし。

で、たかさんから届いたマスクがこちら、

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大きめの

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この2枚は中くらいの大きさ

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小さめの

ポップな絵柄で可愛い。よし、不織布マスクは私が引き受けよう (^◇^)


でもって、先日は北海道の「ひつじはかせ」さんから超貴重なチョコレートが届いた。

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この、「シャンパンレーズン」は地元でも入手困難で、店頭に並んでも30分ほどで売り切れて、タイミングが合わないと買えないらしい。通販サイトでも「シャンパンレーズン」はいつも品切れになっている。たまたま、ロイズの店に行ったら出ていたとのことで購入して即行で送ってくださった。もちろん凄く美味しい。一枚が30山で、一山ずつ毎日朝食後にチマチマ食べていて、あと20日で無くなる。

追加で送れ、と言ってるんじゃないよ。そんな厚かましいことは言わないんだから私は。ただ、送ってくれたなら有り難く頂戴するし辞退はしませんよ、そんな、人様の厚意を無にするようなことはしませんて。

ひつじはかせさんからは以前も、「ロイズの棚卸でも手伝ったのかよ」というくらいにほぼ全商品が届いたし、第2弾で北海道の名産品(有名なお菓子)がドーンと届いている。それに、ここ数年、毎年「新巻鮭」も送って頂いている。いろんな読み手さんのご厚意に甘えてばかりで申し訳ない思い、それはほんと。

こんな時代だから、誰かのご厚意が身に染みて嬉しいもの。私も世の中の誰かにお返ししたい。

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2020年05月04日

ちょうど50年前の今日、5月4日・・・ (他愛もない思い出話)

50年前の今日は・・・、高校を卒業して就職のために上京して猛烈なホームシックに悩まされていて、最初のGWに、「社員の見聞を広める目的」で交通費を会社が全額負担して社員全員に随時「大阪万博」に行かせる制度を利用(悪用)して、大阪まで行かずに途中の名古屋で降りて最初の里帰りをした日。

当然に社長にバレて大目玉を食らったけど、それも懐かしい思い出。私にとっては万博なんか見学するより友達に会えることのほうが遥かに重要。何人かの同級生が名鉄「知多半田」駅の改札で待っていてくれて、母校の半田高校に移動。そこで同級生や後輩たち20人ほどで準備して開いてくれた歓迎会に。たまたま生徒会室の隣に中池に面した20畳ほどの広さの和室「茶法室」があって、そこが会場。

もちろん、携帯電話なんか無かった時代、よく連絡を取って集まってくれたものと思う。

最初の年は1年で5回も帰省していて、その度に歓迎会という名目で集まってくれていた。当時の同級生は全員、そして後輩たちの半分は今も交流がある。中には年賀状だけで続いている人もいるが。

卒業式の日は後輩たちから「一度に持ち帰れない」ほどのお祝いの品を頂いていて、えへん!、けっこう慕われていたんだろうな、と思う。どういうワケか、当時からいろいろ恋愛相談なんかを受けていて。

なんか、「50年、半世紀って、こんなに早く過ぎるものなの?」と感慨深い。不思議なことに、いつも、数年前の思い出より50年前の思い出のほうが「最近あった出来事」のような錯覚に陥っている。より印象深く、鮮明に覚えているからだろうか。そっか、上京してからもう半世紀以上たっているのか・・・。

私も友だちも50年の間にはいろいろあった。それをリセットして、ここから残りの人生を有意義に送りたい。昔からの友人はほぼそのまま残っていて、上京して以降、転々と職を変えたけどそれらのどの職場にも付き合いが残っている人たちがいて、この歳でも良き友だちは今も少しずつ増え続けている・・・。

たぶん、「ご縁」を大切にしているからだろうな・・・。人付き合いを「面倒くさい」 「鬱陶しい」と思わない性格だし。そもそも面倒くさいだけの相手なら付き合いを残さないけどね。今付き合いが残っている人たちは皆「素晴らしい人間性の持ち主」ばかり。私のほうが先に逝くかも知れないけど、これから歯が抜けるように一人また一人と欠けていくだろうから、今あるお付き合いを大切にして生きていきたい。

あ・・・、だから、私から「面倒くさい」 「付き合いきれない」と思われるようなら「よほどに問題ありの性格」だと思ってもらいたい。今までに何人かいて、我慢の限界で私から切らせてもらったけど。

それにしても、人付き合いはさほど面倒とは思わないけど、コロナとの付き合いは面倒なものだね・・・。

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2020年05月01日

昨日あった嬉しい話

昨日の夕方、PCにメールが届いた。差出人のアドレスには見覚えが無い。私が思い出せなかっただけなのだが、題名に「お久し振りです」とあったので、いつもの「知人を装った迷惑メールだろ」と思い、いちおう内容を見てから削除しよう、と読んでみたら・・・、知っている娘さんからだった。

昨年の12月、駅前でポケットティッシュを配っていた娘さん。一つ受け取って何歩か通り過ぎてから、「そうだ、ポケットに『かもめの玉子』が一つ入っていたわ」と思い出し、戻って、「寒いのにご苦労さま。これ、美味しいよ、よかったら食べてみて」と差し上げたら予想以上の反応、凄い笑顔が返ってきた。配っていたティッシュを20個も「これ、どうぞ」とくれたくらいだから、本当に喜んでくれたと解かる。

それ以来、ティッシュを配っているのを見掛けると、受け取りがてら仕事の邪魔をしないよう隣に立って世間話をするようになった。その娘さん、相当な苦労人で、苦労が身に着いているから人柄がいい。お母さんと二人で暮らしている、とのことだったので、それからは、お菓子を二人分渡すようにしている。

ちょっと心配していたこともあったので、メールを読んだ後すぐに電話すると話の中で・・・、

「私は父を亡くしているので、失礼なことを申し上げますが、坂口さんがお父さんのように思えます」

とのこと。本当にそう思ってくださっているなら凄く光栄な話。

先日、実の娘を勘当しているのでこの娘さんが私の娘なら嬉しい。失礼どころか凄く嬉しい言葉で、涙が出た。私が勝手に孫のように思っている子供たちも3人(大阪に二人、埼玉に一人)いるし、新たに「性格の良い娘」が出来て嬉しい。私にとっては血が繋がっているかどうかは何の問題にもならない。むしろ、血が繋がっていないのに信頼関係が成り立つ方が凄いこと。そういう友人知人は何人もいる。

一度電話を切った後、思い出したことがあって再度電話した。

「うちのの田舎の岩手のお菓子で、凄く美味しい焼菓子があるから一箱あげるよ。実は伊勢丹のスタッフにあげようと思っていたんだけど、コロナ騒動で誰とも接触しないようにしているからと辞退されたので、一箱浮いてしまったものだから気にしなくていいよ。もらってくれると私も助かるから」と言うと喜んでくれた。明日、駅で待ち合わせして渡すことになった。

それにしても、どこかからその状況を見ていたかのような実にいいタイミングである。あと1時間もズレていたら、その一箱は他の人にあげることになったと思う。そう伝えると「見ていません!」と笑ってご立腹。きっと、お母さんと二人で「これ、美味しいね」と食べてくださると思う。光景が目に浮かぶ (^^♪

こういうご時世だから、自分がした些細なことで誰かが喜んでくれるのは凄く嬉しいし幸せなこと。

posted by poohpapa at 04:59| Comment(4) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月30日

私が大量に仕入れたもの

うちのの郷里、岩手の一関市には、失礼な物言いだが「なんでこんな田舎にこんなに美味しいお菓子を作る店があるの?」というお菓子屋さんがある。ケーキは作っていないけど葬祭用の饅頭や、フランス菓子に似た焼菓子もあって、この味なら伊勢丹の「東北物産展」に出店できるんじゃないかと思うほど。

ただ、どれも味は美味しいのだがネーミングがダサくてイマイチ。「ケルン物語」 「キリシタンの里」 「野焼まつり」 「白藤」などなど、地元に史跡があったり、由来があってのネーミングみたいだけど、名前からは美味しさが伝わってこない・・・、惜しい。

ノルンが家に来たころ、人間の食べ物には鰹節以外は興味を示さず、「こんなのテーブルに置いといても大丈夫だろ」と「白藤」(饅頭)をテーブルに置きっぱなしにして寝て、朝起きたらノルンの歯形とヨダレが付いていたことがある。今は懐かしい思い出。

で、私は焼菓子の「ケルン物語」がとくに好き。今回の緊急事態宣言で、それぞれの事情があって、辛い思いをしながら働いている人とか、仕事を切られて長く家に待機せざるを得なくなっている人とか、普段から親しくさせて頂いている人たちに届けて元気になってもらおうと、その「ケルン物語」をうちのの実家にお願いして大量に送って頂いた。実は、「ケルン物語」だけは、割れやすいので店は送ってくれない。仕方なく、実家にお願いして送ってもらったのだが、大きな段ボールに2箱、金額にして3万ほど。

うちが食べる分も入っているけど、それくらいの金額で、いろんな方が笑顔になってくれたら安いもの。人間、美味しいものを食べたら笑顔がこぼれる、心からの笑顔が出れば元気も出る、それが狙い。

昨日も、荷物を届けてくれた郵便局の配達員の方に、「いつもご苦労様です。気を付けて頑張ってくださいね」と声を掛けて缶コーヒーを渡したら笑顔を返してくださった。今、そういう人たちのお陰でかろうじて世の中が回っている状態。自分で言うのもナンだけど、そういう小さな気配りが大切だと思う。

うちは緊急事態宣言以降は休業していて必要に応じて店に出るくらいだが、業種的に言えば飲食業や観光業ほど致命的なダメージを受けていない。命の危険と最前線で向き合っている医療関係者や、休むワケにいかない人たちと比べたら遥かに恵まれている。だから自分にできる範囲で恩返ししたい。と言っても、私の懐具合では「全部の人に」というワケにもいかず、周りの人に少し笑顔になってもらうだけ。寄付は、本当に困っている人には届かず、池に一滴のインクを垂らすが如しだからしない。

悩んでいることもある。お菓子を届けようと思った伊勢丹のスタッフにメールしたら、「母もいるので、子供と3人、とにかく、なるだけ誰とも接触しないようにしていて、買い物も週に2回にしているくらいなので、嬉しいのですが辞退させてください」との返信・・・。それが正しい判断なんだろな、と思う。うちは、週3回の買い物とランチで外出する程度だけど、それでも多いのかも。レストランなんか、客が来なくて(馴染みの)スタッフのシフトが削られたり解雇されるようなことがあったら困るだろうな、と思って、回数を増やしたりはしないけどいつも通り行くようにしていて、それも、本当に相手のことを考えたら行かないほうがいいのかも。テイクアウトを利用すればお店には貢献するけどホールのスタッフには関係ないし。

少しだけ幸いなことに、伊勢丹のスタッフ、店側が4月分の給料については、休業していて働いていなくても8割を補償してくれるみたい。だが、5月以降に関しては不明とのこと。さぞかし不安だと思う。


私はいちおう仕事もしているし、どこまで(どこから)が不要不急なんだろ・・・。「絶対に今やらなければならないこと」以外は不要不急なんだろうけど、そんな単純なものでもない。皆が外出自粛を厳格に守れば早期に終息する、とも思えないし、その前に潰れてしまう店があったり解雇される従業員がいる・・・。独り善がりでなく、自分たちのためと人様のためにできる最善は何だろう、と悩んでいる。

posted by poohpapa at 04:39| Comment(6) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月27日

再び訪れた体調不良・・・

しばらく鳴りを潜めていた体調不良が出始めた・・・。原因は不明だが、私みたいな性格だと、ずっと家に籠っていて(うちの以外の)誰とも世間話をしないでいるとストレスが溜まるのかも。

実は、ちょっと怖い話があって、隣んち、うちの建物に一番近いところに台所があって、隣の偏屈オヤジ、惚けていて、先日も台所で火を使っている最中に台所を離れてボヤ騒ぎが起きていたんだと。隣家は木造でなく壁はブロックで、木造より延焼の恐れは少ないと言っても距離は2m・・・、火が出れば延焼するだろうし消防隊員はうちの家にも放水する。火災は貰い火しても損害賠償請求権が無いから怖い。

最近はゴミ出しのルールを守っていなくて「曜日」も解かってないみたい。先日も書いたけど、こないだも、共通の私道に伸びてきていた自分ちの梅の木の枝を自分で伐採していたのに、「伐ったのはオタク?」と私や(駐車場の敷地が接している)うちんちの前のAさんのご主人に訊いていて、「いえね、キレイに伐ってくれてあったからお礼を言わないと、と思ってね」と言っていたが、(絶対に言わないけど)迂闊に「ああ、そうです、私です」と言おうものなら「人んちの木の枝を勝手に伐るとは何事か」と激高していたと思う。「アタシが民事訴訟を起こしたらアンタは負けるよ。アタシはアンタのためを思って言ってやってるんだよ」とか言って (^◇^)

そんなだから、「オタクの壁も焼け焦げてるけど、うちの台所を燃やしたのはオタク?、いえね、火災保険でキレイになる、っていうから、火元がオタクならお礼を言わないと、と思ってね」とか言ったりして。

今は家にいないみたい。どこか施設に入れられたのかも。2階の物干し場に洗濯物が干したままになっていたから。みんな避けていて、どこのお宅も近所付き合いをしていないから情報が入ってこない。コロナ・・・、惜しい人が亡くなって、「頼むから罹ってくれ」と思える人には感染しないのが不条理。

そうそう、店は休んでいるけど、23日には5月分の管理家賃の家主さんへの振り込みを1件を残して済ませた。こんな世相だし、GWは家主さんも物入りだと思うから。23日の時点ではまだほとんどの入居者から5月分家賃の入金は無いけど立て替えて振り込んだ。1件残ったのはこちらの資金切れから。

昨日は、中学時代の恩師(私の1年と2年の時の担任)から、「アンタんとこのほうはどうだ?、大丈夫か?」とお電話を頂いた。先生は御年82歳、1万人以上の卒業生を送り出していらっしゃるけど、そんな電話を頂けるのは卒業生の中で私くらいじゃないかな、と、それは誇りに思える。自画自賛だけどね。

お声に張りがあって元気そうで、奥様も元気でいらっしゃるようで安心した。今年の同窓会は流れてしまったけど、コロナが落ち着いたら帰省して、先生のお宅にもお邪魔させて頂こう。

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2020年04月10日

昨日から当分の間休業することに

人との接触の機会を極力少なくするために、と言っても、今は営業マンの訪問さえない無いんだけど、当分の間、店を閉めることにした。必要に応じて出れば用は足りるし、更新契約も郵送で可能だから。うちのも、元々は、3日に一度の買い物と、週3回の(決まった店での)ランチ以外では外出していない。

ところが、昨日、家でPCに向かって TVer で好きなドラマの再放送を見たり音楽を聴いていたりしても、もの凄く人と会いたくなって胸が締め付けられるようになる。私が以前から度々「歳を取って、どこで勝組と負組が分かれるかと言えば、健康であって老後の資金が潤沢であるに越したことはないけど、それより、自分の話を聞いてくれる人がどれだけいるか、互いに気遣いあえる人が何人いるか、だと思う」と言っていて、人によって価値観が違っていても、多分、当たっていると思う。

ただ、そういう友人知人や仲間が大勢いたとしても、会えなければ話にならない。電話やメールではダメ、実際に顔を見て話せないと意味がない。以前にポルトガルやスペインを旅して、明るい太陽の下で年寄り(男)が近所の広場や公園のベンチに何人かで腰かけて談笑している様子を見ていて、「うわぁ、幸せそう・・・」と羨ましく思った。老後の資金を心配しなくていい人たち、でなく、誰もがそうしているのだ。

話が脱線するけど、

私は田舎の進学校(公立高校)に入って、入学時はわりと上のほうにいたけど卒業時は下を見れば指折り数えられるほどで、どうしてそうなったか、と言えば、屋根裏部屋の机に向かって勉強していても、「あいつ(男の仲良し)、今頃どうしてるかなあ・・・、会いたいなあ、話したいなあ」、と勉強が手につかなくなるから。大好きな彼女のことを想っていたのでなく、男友達のことを思い浮かべて、のこと。

明日学校に行けばみんなと話ができるのに、今すぐ会いたいのだから我ながら異常だと思う。うまく説明できないけど、友達はいっぱいいるけど、それ故に会えないことが寂しい、と言うか・・・。おカネはいっぱい持ってるけど使い方が解からない、という資産家と同じ悩み・・・、じゃあないか・・・(自嘲

学校での教科書の勉強が嫌いだった、というのは、それはそうなんだけど後からくっ付けた理由。ふつうに勉強して、いい大学に行って一流企業に就職すればバラ色の人生が待っている、とおおよそ解かっていても、そんなことより、今、友達に会いたい、いろんな話をしたい、と思ってしまう。私にとって生徒会活動はそれが目的。で、親友を巻き込んでしまった。ある親友からは「俺は坂口と知り合ってなかったらもっといい大学に進んでたと思う」と言われた。恨んではいないだろうけど、事実なだけに申し訳ない。

なんてことはない、私は昔も今も、基本的な考え方は何も変わっておらず進歩もしていないのだ。若い頃から爺臭い思考をしていた、ということなんだろう。その感覚、価値観を若い頃からず〜っと引きずっている。だから、人と疎遠になるのが凄く辛くて、横浜のTさんから「それは、お互いの役割が終わった、ということですよ」と言われるまで心に背負い込んでいた。相手に入れ込みすぎるのが私の最大の欠点。ま、言い訳がましくなるけど、この仕事をしていて、その「私の欠点」で助かった人、何人もいるとは思う。


話を戻して、

「人と会う機会を減らす」というのも緊急事態宣言の狙いだと解かってはいるけど、私にはキツイ。自分だけのことを考えず、相手のことを考えて、今は我慢するしかないだろな。マスクも送って頂いたので、これからは外出時にはちゃんと着けよう。それにしても、気が滅入る。みんな大丈夫かなあ・・・。



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2020年04月08日

さっきの記事の伏線になっている出来事

うちの管理物件を何年も前に退去なさったご家族の奥様から45枚もマスクを送って頂き、その中から、本当に緊急性があって困っている方お二人にお裾分けさせて頂き、送ってくださった奥様からも「それでかまいませんよ」とメールを頂いた。今日あたり、さらにブログ仲間さんが送ってくださったのが届く。そういう「人の優しさ」が身に染みる・・・。世の中、「自分さえ良ければ」という人が増えているから。

山梨の女子中学生のように「自分にも何かできることはないか」という思考に皆がなれば、荒んでいる世の中も明るくなると思う。本当に困っている人の代わりにドラッグストアの行列に並んでもいい。

などと考えを巡らせていて脱線して、いろいろ思い残すことなど無いか考えていて、「そうだ、いつ急死してもいいように、これだけは言っておこう」ということに行き着いた次第。

そうそう、昨日マスクを送ってくださったブログ仲間さんに「ブラマスクを送って」とお願いしたら即行で却下された。私はなにも「新品未使用のブラで作ってくれ」などと言ってなくて、「使い古したブラで作ってくれればいいよ」と言っているのに・・・。あ、だからか (爆

この記事を読まれた誰かが「私ので作りました」と送ってくださったとしても、スーパーで売られている野菜みたいに「私が作りました」という顔写真付きの証明書でも付いてないとなあ。もしかして、嫌がらせで母親のブラで作ったものかも知れないし。それだとコロナに感染するより怖いもんなあ・・・。

でも、今、そういう優しさに飢えているんだろな・・・、そういうお気持ちが凄く嬉しくて心に響く。

送って頂いたマスクは自分のためだけでなく、必ず生かさせて頂くつもりでいる。本当に有り難うね。

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「うわっ、気持ち悪い・・・、このまま心臓が止まるのかな」って症状

今までは、出ても一日に一度くらいで、2ヶ月ほど鳴りを潜めていたけど再び出るようになって、それが一日に2〜3度・・・。もしかすると、私はコロナでなく、そっちで死ぬかも。

それで、いずれにしても、いつ「口が利けなくなって死ぬ事態」になるかも知れないので、今のうちに書き遺しておきたいことがある。ネットなんかでは新型肺炎患者が「つい2時間くらい前まで普通に起きて話していたのに急に意識が混濁してそのまま亡くなった」という話も聞くし・・・。本人に直接伝えれば良い話だろうけど、このブログをお読み頂いている方にも知っておいて頂きたいから。

自分が今わの際に口が利けるとして、最期に言い残す言葉は何だろうか、と言えば、

うちのに、「ありがとう」という、たった5文字の言葉、それしかない。それだけ言えれば十分。ま、できれば手を握って。多くの方が亡くなる際に「そう言い遺している」と思うけど、私も同じ。

それが言えずに死ぬ可能性もあるから怖い。これでコロナがあっさり終息して体調が良くなれば、「なんだよ、あんなこと公開しなきゃ良かったよ」と後悔するかもだけど、それならそれでいい。ま、そうはならないだろうな。歳も歳だし、コロナの終息も最低でも1年は掛かりそうだから。

正直に言うと、元妻との2世帯住宅を飛び出して、うちののアパートに転がり込んだ時はまだ「浮気の延長線上」みたいなもので、元妻のもとに帰るという選択肢はなかったけど、「これで大丈夫なのかな」という一抹の不安はあった。ところが、占いがみられてよく当たる家主さんから「200人に一人の相性の良さですよ」と言われた通り、私にとっては最高の女房だった。うちのに出会ってから人生が大きく開けたし、お世辞や惚気なんかでなく、私にとっては間違いなく「あげマン」であった。

実際に、私の海外旅行35回のうち、実質的にうちのが行かせてくれた分が24回、うちのが勧めてくれてブログをやるようになってから、テレビやラジオからもお声が掛かって本も出版した。何より、(それまでだって多くの友人知人がいたけど)ブログを始めたことで更に多くの良き友人に恵まれた。多くのブログ仲間さんやコメント主さんと実際に会ったりして、一緒に海外旅行に行く仲間(親友)までできた。

うちのは、人付き合いは得意なほうではないし、家の中では小さな衝突はしょっちゅう。だけど、互いに本音が言えて腹に残さないから大喧嘩にはならない。稼ぎの悪い私にカネのことで文句を言ったことなど一度も無い。それどころか「食べていければいいよ」と言ってくれる。だから今も夫婦でいる。それで思うんだけど、「適度なガス抜き」って必要だよね。それをしないと大爆発が起きてしまうのだから。

「ありがとう」の他にも言いたいことはある。「あなたとの子供をつくってあげられなくてごめんね」ということ。それは籍を入れる前に確認して、了解してもらってはいるけど、それでも申し訳ない。

うちのは私にとっては最高の女房だけど、誰と結婚しても、というワケではない、とは思う。やはり相性なんだろうな。なんてことを言うと、「なんで急にそんなにヨイショするのか、まさか浮気がバレそうになって慌てているだけじゃないのか」と勘繰る人もいるだろうけど、ま、それもある (おい

一緒に暮らしていて、これから何度も小さな「有り難う」は言うと思うけど、本当に言いたい「ありがとう」は、今わの際に言いたかった「ありがとう」だけ。

大の大人が、今、涙を流しながらキーボードを打っている・・・。でもね、世の中の男たちで、恥も外聞もなく自分の女房のことを「最高の女房」だと胸を張って他言できる人が何人いるか、という話。私はそんなの恥ずかしいとも何とも思っていない。人から嫌われるのを恐れていないのと同様に。

馬鹿にしたいなら、俺と同じように最高の女房を見つければいい、それだけのこと。

ああ、スッキリした。これでもう(うちのに対して)言い遺すことは無くなった、ほんと。

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2020年04月03日

細やかな幸せ、だが、大きな幸せ

昨日、中学時代の同級生Mちゃんから電話を頂いた。Mちゃんは郷里の金融機関を支店長で定年退職した後、今は不動産屋をやっていて私のご同業。恩師のご自宅の敷地を一部売却する話で相談を受けた時、Mちゃんの会社を紹介した。恩師はMちゃんの担任でもあったが、今が不動産屋とはご存知なかったようだ。

で、「東京は大変なことになってるみたいだけど大丈夫?」と心配してくれたもの。高校から進路が変わってしまったけど、私の結婚式にも出て頂いた私の大親友の一人である。そういうのは凄く嬉しい。

訊けばM君のお母さんは98歳で、今も背筋がシャンとしているとのこと。それも嬉しい。

たった1本の電話、それでも気遣ってくれる人がいる、ということは本当に幸せなことで、感謝 !

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2020年03月30日

季節外れの雪の休日

気象情報で「雪が降る」 「多摩地区で10cmは積もる」とは聞いていたけど、3月末に本当に雪が降るとは思えなかった。大袈裟な例えになるが、まるで、映画「南の島に雪が降る」みたいな話で。

庭に降り積もった雪を撮ってみた。

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まだ降り始め

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2階の窓から

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1階のウッドデッキ、いつもなら野良猫が日向ぼっこしているんだけど

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また2階から。隣家の駐車場の車の屋根にも積雪

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ノルンの遺骨と遺影にも雪景色を見せてあげた。雪を見るのが好きだったから。

ノルンが亡くなって8ヶ月ほど。遺骨を入れるカプセルが付いた(キーホルダーのような)アクセサリーを二人分買ってあったものの、なかなか骨壺の蓋が開けられず、今日、共同作業でようやくお骨の一部を入れることができた。うちのは先に乳歯だけ入れて金沢や沖縄に連れて行ってたみたい。

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およそ8ヶ月ぶりに見るノルンの遺骨

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うちのは黒、私はシルバーを選んだ (写真は、うちののカプセル)

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「遺骨入れ」の小さなカプセルにはノルンの名前と生年月日、没年月日が刻印されている

それぞれのカプセルに遺骨を入れたので、区切りをつけて、もう永代供養をしてもらうべく慈恵院に預かって頂くとか、ノルウェーを旅する際に(一部を)散骨することができるかと思う。ノルンはどうされることを望むかなあ・・・。「ずっとおかあちゃんの傍にいたい」、と言うかも。


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ちなみに、元気な頃のノルン 、ちょうど4年前 (亡くなる3年くらい前)

ノルンが乗っかってる段ボールは、私がバラ撒き用に北海道から取り寄せたお菓子、凄い量 (*´ω`)

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ノルンが我が家に来て亡くなるまでの間に、抜け落ちていたヒゲや爪はすべて保存してある

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知人から頂いた容器で、本当は別の用途で使うものなんだろうけど・・・。

私はノルンに嫌われていたけど、これで肌身離さずいつも一緒にいられて嬉しい。


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2020年03月25日

最高の気分転換

初期の鬱なのかなあ・・・、くらいに気分がずっと重かったのだが、昨日今日と久しぶりに店を連休にして、昨日は横浜まで出かけて(ちょっと信じられない)気分転換をしてきた。もう大丈夫かな、と思う。いつまでも根に持つタイプでありながら「立ち直りが早い」のも私の長所 (^◇^)

数日前、うちのに、「I さんと食事してきてもいいかなあ?」と訊くと、快く「どうぞ、どうぞ」と言う。

ちょっと信じられない気分転換、というのは、私が食事に誘ったのが人妻さんで、年齢は30代半ば。倍の年齢差があっても援助交際とかではなく、まるで恋人同士のデートみたいになったから。もちろん、向こうはデートなんて思っていないだろうけど、若いころのデート気分を思い出して凄く楽しかった。

場所が横浜で「みなとみらい」だし、強い風の中、海を見ながら語り合っている二人は、後ろから見れば「どう見ても恋人同士」で私の妄想が膨らむ。ただし、前から見たら「親子かな」だけど。親子なら「みなとみらい」になんか一緒に来ないか・・・。だとすると、職場の上司と部下、不倫関係とか・・・。いかん、私の妄想が爆発しそうだ (滝汗

I さんは旅仲間で職業は公務員、昨日はたまたまスケジュールが空いていたみたい。まあ、可愛い人だが性格は悪い。本人は、自分では逆に「可愛くはないけど性格はいい」と思っているみたい。どう自己評価するかは本人の勝手だし、私みたいなジジイが食事に誘って受けてくれるのだから性格は悪くないのかなあ・・・。お互い本音が言えるし、電話でなく直接会って話をする時は全く気を遣うことはない。

予め「何か食べたいモノある?」と訊いたが、「何でもいいです」とのこと。何でもいい、というのが一番困る。奥さんが旦那に「夕食、何にする?」と訊いて「何でもいい」と言われるのが辛いのと一緒。仕方ないのでランドマークタワーの中を歩いて目に留まったイタリアンのお店に。それで大当たり、スタッフの感じが良くて美味しかった。そこを出てから「みなとみらい」に向かい、港や赤煉瓦倉庫の中を散策。

そうそう、I さんは事前に LINE で、「床に臥せっていてメンテナンスもケアもしてないし、記念写真は無しね」と送ってきたが、会ってみたら、とんでもない話。小顔になってスリムにもなっていて、肌の色艶も良く、「美容院もずっと行ってないから髪も伸び放題だし・・・」と言っていたけど全然問題なく凄く綺麗。帰宅して、うちのに「I さん、前とイメージ変わったよ」と写真を見せたら「ほんとだ・・・」と私と同じ感想。

若いっていいなあ・・・、修復のスピードが全然違うんだよね、我々年寄りとは。

凄く楽しい時間を過ごしたのに、いろいろ思うところあって「もう電話もメールもしないでね。私もしないから」と伝えて別れた。私の言ってることはメチャクチャ勝手だが、二人にしか解からない事情がある。ついさっき「桜木町はいいね。また桜木町で食事しようか」と言っていたのに・・・、支離滅裂である。

そんなこと言っていても「どちらかから電話かメールをすることになる」ほうに100万賭けられる (おい

さて、30日(月)は別の人と食事の予定が入っている。と言っても、うちのお客様で、私の高校の新聞室の後輩で、この春から青学に通う青年。入学式の予定がずれて、上京したのにヒマになっているとのこと。それで「だったら立川まで出てきてくれるなら昼飯を奢るよ」と言うと、「あ、伺います」とのこと。

私が母校を卒業してちょうど50年、半世紀も経た後輩と交流が持てるのは我ながら凄いと思うし幸せ。

自分の後輩だから言うのでなく、彼は本当に好青年である。人間、とくに若者は素直が一番。

「何か食べたいモノある?」と訊いたら「何でもいいです」とのこと。そっか、皆そうなるのか・・・(*^_^*)

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2020年03月24日

「惚け」がここまで進んでいたとは・・・、怖いなあ <`ヘ´>

我が家が隣家と共同で使っている敷地延長の通路(長さ10.5mで幅は1.1m)を通って表道路に出ようとしたら、我が家の隣りのジジイが話しかけてきた。

うちの敷延の通路、ほぼ中央に幅80cmのコンクリートの敷石があって、両サイド各15cmほどは土で、当然に草が生えるのだが、隣家のジジイは自分の家寄りの片方を自分の家の分と勝手に決めていて、そっちしか草取りをしない。それも、自分ではやらずに庭師に頼んでいて、(うちの分とされている)反対側に関しては「そっちはやらなくていい」と庭師に指示しているのを聞いたことがある。性格が悪い。

だいたいが、隣家は敷延の通路など使う必要はない。玄関と駐車場が道路に8mも接しているのだから、塀の一部に勝手口のように扉を設けているが「有れば便利かな」という程度のもの。ジジイが普通の人なら、うちでジジイの側も草取りしてあげてもいいくらい。たいていは向こうが先(早い時期)に草取りしていて、片方だけキレイになっている通路を見るのは「急かされている」みたいで気分が悪い。

そのジジイが、「うちの庭の梅の木の枝が通路に被さるようにハミ出していたんだけど、キレイに切られているんだよな。アンタ知らない?」と訊く・・・。以前、昼間に雪かきしている音で文句を言われそうになったし、表道路で自転車の若者と接触しそうになって「私はアンタの為を思って言ってやってるんだよ」と大声で説教している場面にも遭遇したことがあって、宣戦布告になると判っていて切ったりしない。

「とんでもない、人様の庭の木の枝を邪魔だからといって勝手に切ったりするもんですか」と言うと・・・、「コイツは俺に叱られるかもと思って警戒しているな・・・、ならば作戦を変更して白状させよう」と考えたんだろう、「いえね、キレイに切ってくれてあるから、誰かがやってくれたんだったらお礼を言わないと、と思ってね」と言う。その手に乗るか、である。だいいち私はやってないのだし。

「誰かがやってるのを見てないかい?」としつこく訊くが、通路に関しては当事者はうちだけ。近所の人たちは皆、ジジイの性格を知っているから余計なことはしない。触らぬ神に祟りなし、なんだから。

すると、2ヶ月も経った1週間前に、敷地延長の通路に駐車場が接している隣家のAさんのご主人に「アンタがやってくれたの?」と訊いたとか。接していると言っても梅の木の側の塀とは反対側の塀が接しているのだからAさんは関係ない。犯人探しに燃やす執念を別に使えばよいものを、である。

当然に「私じゃないよ」と答えたそうだが、ジジイの執念深い性格は誰よりよく知っているから、疑われているのかな、と気になっていたそうだ。その気持ちはよく解かる。それで、昨日、駐車場でジジイと会った時に、「こないだの梅の木の話、何か判ったの?」と訊いてみたんだとか。

すると・・・、古典落語より凄い驚愕のオチが待っていた。





「ああ、判ったよ。あれ、アタシが自分で切っていたのを忘れてたんだ」だと。ナニそれ!? <`ヘ´>

ジジイの向かいの家では、現在、塀を高くする工事中。目を合わせないようにする為だと (^◇^)

あんなふうに歳は取りたくないもの。我々も、隣にあんなジジイが住んでいると判っていたら今の家を買わなかったかもね。部屋を借りる時も家を買う時も、隣人がどんな人物かは調べたほうがいいかも。

そうそう、ジジイ、ここ数回、生ゴミを市指定の袋で出してなくてゴミを置いていかれているらしい。ゴミ回収車の作業員と鉢合わせしたなら自分の間違いは棚に上げて、「どうして持って行かないんだ!。持って行かなきゃカラスが散らかすだろ。私は街の為を思って言ってるんだよ」と怒るだろうな。

う〜ん、ああはなりたくないけど、私も歳を取って惚けたら、ああなりそうなタイプかもなあ・・・。

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2020年03月23日

私が家を出た後

他人の家のトラブルなんか興味ないだろうけど、昨日の記事からの流れで、整理しておきたい。

読まれて「不快な思い」をする方もいらっしゃるとは思う。自分のしてきたことを正当化しようというのでなく、(あくまで)私から見た事実、私の本音を綴ってみる。

以前から折に触れて書いているが、散漫になっているので時系列でまとめてみる。別居から3年、離婚した後でいろいろ判ったこともある。誤解、というより悪意に満ちた話だが、私は怒っていない。それに、ここで書くことはあくまで私の観点からの話、元妻や元妻の親族にも言い分はあると思うから。

うちのと出会ったことで「女房と別れよう」と思うようになったのは事実。出会っていなければ、他の女性が現れるのを待ったか、我慢して暮らしていたか・・・、いずれにしても家を飛び出して一人暮らしをする、という選択肢は無かった。いくら「家事全般ができるようになっていた」としても、である。

うちのと知り合ったのは、「広めの部屋を紹介してほしい」との電話があって、来店を待っている間に資料整理をしていて、ふと店の前を見たら横断歩道の向こう側で信号が変わるのを待っていた女性がいて、「あ、俺、あの人と結ばれる・・・」と直感していたところに信号が変わって、うちのが店に入ってきた、それが馴れ初め。もちろん、信号待ちの女性が「さっきの電話の女性」とは思っていなかったけど。

それで、部屋を紹介すると一発で気に入ってくれて借りて頂くことに。「食事でも行きませんか」と誘って、「じゃあ、今度は飲みに」とズルズル進んで行った次第。当時、うちのは28歳、もう結婚していてもおかしくない年齢で、女の一番輝いている時をこのまま奪ってしまうのはマズい、と思い、付き合い始めて数年して、「女房に、『俺はこの家を出る、付いて来れるか」と訊いて、もし『付いていく』と言ったら、それは親を捨てる、ということになるから、そう決意してくれた女房を捨てるということはできないから、その時は二人の関係を終わらせてもらっていいかなあ」と訊くと、うちのは「しかたないよね、解かった」とのこと。

その際に、私がコツコツ貯めていたヘソクリの100万をうちのの前に置いて、「もし、女房が僕に付いていくと言ったなら、あなたは他の男性と結婚することになるだろうから、これはその時の結婚祝いとして受け取ってくれる?」と訊いたら「解かりました」と素直に収めてくれた。うちのは田舎出身で堅実な女だから、その後に渡したヘソクリの分も併せて、今の家を買う時の頭金になってしまったけど。

そして更に、「僕が家を出るとして、財産をどう分けるか女房に訊いたら『全部ちょうだい』と言うだろうから、その時は全部置いてきていいかな?」と訊くと、「それは私には関係ないおカネだからかまわないよ」とのこと。二人の共有財産は不動産や車、家財を除いて1700万ほど。ほとんどが有価証券で、カネの管理は元妻がしていて、私は家にいくらあるのか全く知らなかった。一切、私には相談せずに元妻が運用していた。当時、元妻は「うちのの存在」を知らなかったが、まあ、私も負い目があったし・・・。

予想通り「おとうさん(私)には付いていかない」とのことで、念のため「そうするとこれっきりになるけど、いいんだな?」と訊くと「いい!」とのこと。それで、うちののアパートに私物だけ持って転がり込んだ。

長男が高専に進むかどうか迷っていた時に、元妻は「高専に行かせるカネくらいあるよ」と言っていたけど、ふだんから私には「カネが無い、カネが無い」と言っていて、いくらある、と教えてもらっていなかったから高専に進むのを断念させてしまっていて、それは本当に申し訳ないことをしたと思っている。

家を出た後しばらくして、私の友人(今は不仲になっている)B君を介して「もう一度やり直そう。私はこれからおとうさんのために尽くすから」と言ってきてB君の家で話し合いを持たせてもらったけど、その時は、その前にB君の細君から「私はクリスチャンだから、坂ちゃんの浮気のことを知っていてこれ以上奥さんに黙っているワケにはいかない。坂ちゃんが自分で話さないなら私が言うよ」と言ってきたので仕方なく私から「うちのの存在」を伝えていて、元妻はうちののことを知っていたワケで、「あなたは彼女から僕を取り戻したいだけ。取り戻したら元に戻るのは見え見え。だいいち、あなたが洗い物をしていて私がテレビを視ていたなら『これくらい手伝ってくれてもいいのに・・・』と不満に思うだろうから」、と断った。

実は、後で判ったことだが、「私に尽くす」と言っていた時点で、既に元妻は、私の店の家主さんや管理物件の家主さん、私の友人、仲良くしている同業者のところを回って、涙ながらに「私の不実」を訴えていた。全財産を私が持って行ってしまったことにされていて、B君からも電話で「坂ちゃん、ずいぶん酷いことするね、全部持って出たんだって!?」との怒りの電話が入ったりして。

オマエに言われたくない、だけどね。B君は、用途は問わず領収書さえあれば自由に使える(自分に与えられた)会社の接待費500万円の中で海外に二人の愛人を設けていたし、奥さんからは泣きながら電話が掛かってきたことが何度もある。いつも長電話だし、私の「彼女と昨日、こんな店に行ったよ」なんて話も面白がって聞いていたのに、ある日突然クリスチャンであることに目覚めたりして・・・。ちなみに、B君夫妻はプロテスタントのペンテコステ派の信者。元妻のすぐ下の妹夫婦も同じ派で、何かと言えば「イエス様、イエス様」一辺倒で、人間が見えていない。残念ながら、私が死ぬほど好きだった悦ちゃんも同じ信仰。だから、私はキリスト教、とくにプロテスタントのペンテコステ派は大嫌い。

このブログの読み手さんや親しくさせて頂いている友人知人の中にもクリスチャンはいるだろうけど、私は「踏み絵」ができる。「神(キリスト)が人を作ったのでなく、人が神を作った」と思っているから。最後は人、世の中の不条理も幸福も全て人間社会の営みの中で人間がしていること、と確信している。

だから私は信仰を持たない。信仰なんて、それぞれの心の中にあればいい。地球上の戦争も根幹には常に宗教間の争いがある。本当に神があるなら神が(不幸な結果にしかならない)戦争は起こさせないハズで。

さて、「もう一度やり直そう。私はこれからおとうさんのために尽くすから」と言っていた元妻だが、その時点では既にあちこちの私の大切なお付き合いの相手に嘘を並べてお涙頂戴で悲劇の主人公になっていたワケで、もし、私が「解かった、やり直そう」と言ったならどうするつもりだったのか。まさかに、全て訪問して「あれは嘘でした、訂正いたします、すみません」などと謝罪して回ったりはしないだろう。

あの言葉は「自分は誠意を尽くした」というアリバイ作り、私が拒否することも計算済みだったと思う。

私に女がいた、と知った義父が「どうせそんなことだろうと思っていた」と笑って言っていた、と後で聞こえてきたが、そのことで「やっぱり自分たちは何も悪くなかった、あの男が女を作って出て行っただけ」とさぞかし安堵したことであろう。義妹夫婦たちもきっと同じく安堵したに違いない。もちろん私も含めて、誰しも「自分は間違っていない、悪くない」と思いたいものだろうから、私はそれでかまわない。

うちのは私にとって、「気の迷い、浮気相手」なんかでなく、とんでもなく相性がいい最高の女房だった。そうでなければ23年も付き合いが続いていないもの。あと7年は生きて、元妻との期間を超えたい。

昨日も書いたけど、もし義父母と同居して老後のお世話をさせて頂こう、などと考えなければ、そのことで何もトラブルも起きずに今も夫婦でいられたとは思う。今、十分に幸せだから結果オーライだけど。


posted by poohpapa at 08:20| Comment(2) | プライベート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする