2012年12月06日

メルマガ「60億人の名言」より

≪ 今日の名言 ≫

 型をしっかり覚えた後に、「型破り」になれる。

 
 
                    (中村 勘三郎 歌舞伎役者)


昨日早朝、お亡くなりになった中村勘三郎氏の言葉です。実に「深い」ですね、真理だと思います。

それは、ピカソの絵に通じるものがあります。子供の頃は「ピカソは本当は絵を描くのが下手で、上手く描けないから目や鼻がアサッテのほうを向いてる絵で誤魔化してる」くらいに思っていましたが、中学の美術の先生がピカソの若い頃のデッサンを見せてくれて、認識が大きく変わりました。写実的で基礎がちゃんと出来ているのが解かりましたから。基礎が出来てない人がああいう絵を描いたなら「ただのガキの落書き」ですが、そうではないんですね。ひょっとすると「元々ピカソはああいう絵しか描けない」と今も思ってる人、多いかも知れませんね。

私の同級生でも、一見すると型破りな奴がいましたが、世間や苦労を何も知らない中学や高校で「型破り」も無いもので、それはただ「同級生の人気者になりたかっただけ」、と今なら解かります。

世の中には「型を覚えていないで自分は型破りのつもりでいる人」、大勢いますね。

実は、若い頃の勘三郎氏はあまり好きではありませんで、最近ようやく好きになり始めたのですが・・・、

ご冥福をお祈りします。


posted by poohpapa at 06:02| Comment(2) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月18日

これは知っておくと役立ちます

都宅協町田支部の支部長が開設なさっているブログに興味深い記事がありました。実は、今まで私もよく知らないでいましたし、周りも詳しい人(正しい知識を持っている人)がいなかったようで、今思えば、ほとんど間違ってたじゃないか、くらいの話であります。それは何か、と言うと・・・、





「手締め」

の作法について、であります。以下に全文をご紹介させて頂きます。



「手締め」

手締めは不動産業者の“いろは”の“い”です。

 建前や新築祝いで手締めを指名されることが良くあります。 手締めの作法を知らないと、恥をかくことになります。 つい最近も宴会の手締めの音頭取りが“手締めの作法”を全く理解していないため、宴会の最後でバラバラな手締めになり、せっかく盛り上がった気分が台無しになってしまいみじめな終焉となってしまいました。

 手締めに良く使われるのは、三本締め。 結婚式とか入社式などのおめでたい〆に使われます。 一本締めは忘年会やクラス会などすこし砕けた宴席の〆に使われます。

 ここで言う一本とは、手を10回叩く事を指します。 シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャンの シャン これで一本です。 ですから、一本締めなら手を10回叩き、三本締めなら手を30回叩くことになります。

 三本締めで〆るなら 「では、三本で締めさせていただきます。 お手を拝借。 よーお シャシャシャン、〜」と一本締めを3回繰り返すことになります。 おめでたい宴席の〆は三本締めですよ。 30回も手を叩くと、手が痛くなるからと言って省略してはだめなのです。

 忘年会やクラス会では一本締めが普通ですが、最近は「一発締め」などと称して、1回だけ手を叩いて〆。なんて言うのも見かけます。  他にも色町で使う「江戸締め」とか職人が好む「関東一本締め」や「リポビタン締め」等の「変わり締め」などがあるようです。

 いずれにしても、手締めの音頭取りを依頼されたら、会場にどんな「手締め」で〆るのかを正確に告げ、手締めが解らない人がいる事を前提に、手の打ち方の解説の後、「手締め」に入るのが失敗しない方法だと思います。

 会場の手が揃うと、宴席の終わりが締まりますよ。   ご参考まで。

                                    “おしゃべり九鳥”



私も、音頭を取ったことはありませんが、「一本締め」なんかでは「よ〜お、シャン」で終わりにしていたことが結構ありましたね。要するに、誰も知らないんですね、そういう作法。かと言って、目上の人が音頭を取っている場合、知っていても「それ、違いますよ」とも言えませんし・・・、う〜ん、悩むなあわーい(嬉しい顔)


ところで、最新の記事では「江戸っ子」について書かれていて、その一節も「目から鱗」でした。

家康が江戸に入った頃の江戸の人口は・・・、と言うと・・・、


その答は、


ご興味の有る方は支部長のブログをご覧くださいたらーっ(汗)


posted by poohpapa at 05:32| Comment(8) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月03日

フィフィさんを見直した 2

ちょうど1年前の今頃、私は「フィフイさんを見直した」、という記事を書いているが、その第二弾!

msn.ニュースのトピックスのRBB TODAYで、こんな記事を見かけた。

これ、直ぐに記事そのものが消えてしまうと思うので、以下に全文を引用させて頂く。


「“たかり”と言われても当然」 在日外国人の生活保護問題、タレント・フィフィの発言で物議

外国人タレントのフィフィが、在日外国人の生活保護受給問題について発した「外国人が生活保護を受けること自体が不自然」とのツイートが、ネット上で話題となっている。

 国民の大きな関心を集め続けている生活保護問題。先日には、厚生労働省が生活保護を受給している在日外国人の国民年金保険を本人申請によって全額免除にする方針に決定したとの報道を受け、お笑い芸人のガリガリガリクソンが「お金無くて生活困るなら来なけりゃいいのに。自分の国にケツ拭いてもらえよ」などとツイートしたことで物議を醸したが、今度は自身もその当事者の在日外国人であるフィフィによる発言とあって関心を集めている。

 フィフィは30日に、「在日外国人の1人として言わせていただきます。外国人が生活保護を受けること自体が不自然です。自国から拒否されてるわけで無いならなぜ愛する母国に帰らないのか?」とツイート。さらに続けて、「恩恵を受けているなら、文句を言うな。文句を言いながらおねだりすれば、それは"たかり"と言われても当然。プライドがあるなら自らを偽るな」と持論を展開した。先のツイートはすでに1600件以上リツートされ、掲示板サイトなどでも取り上げられると議論に発展。「これは正論だな」「ガチだな。支持するわ」「でも情けないよね。こういうことは日本人が言わないといけないことなのに」などと賛同する声が多数上がった。

 また、フィフィはこうした生活保護問題などをめぐって日本人と在日外国人との間に生じる摩擦について、「まともな外国人は、日本と母国の架け橋としてこの国で日本人との共生に努めています」と、在日外国人の立場から主張。さらに、「その気が無いなら帰ればいいんです。その怠慢さで迷惑するのは、日本人だけではなく、自国民ですから。自国民に厄介に思われたら、帰る場所を失い兼ねない。それとも、意図的に摩擦を起こして優遇を求めてるのかな?」と続けた。

 なお、フィフィは母国エジプトの歴史を例に挙げ、「国民を逆差別する政府」「外面良くて、外国人優遇して、国民をないがしろにしてきたから倒されちゃった政府」との失敗例も紹介して警鐘を鳴らし、問題に対して関心を強く持つことを促している。


                                (2012年11月1日 16:26)

      
今回も、全く同感である。どこぞの政治家に読ませたいものである。

フィフィのような意見を言うと、直ぐに「差別だ」「人権問題だ」と騒ぐ輩がいる。果ては「戦争責任論」まで持ち出したりして・・・。フィフィの発言は極めて真っ当なもので、在日の人たちと同様「日本で暮らす外国人」から出た発言だからこそ意義がある。彼女は非常に頭脳明晰で、主張は常に理路整然としている。

「フィフィ」で検索していたら「フィフィ離婚」というのも出てきた。が・・・、日本で良き友人たちにも恵まれているようで、ちょっと安心した。ここんとこしばらくTVで見かけなかったが、益々の活躍を祈りたいと思う。
posted by poohpapa at 06:31| Comment(4) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月21日

朝から「ほのぼの」系の動画

一昨日、ワケあって徹夜してしまいました。正確に言うと「一睡も出来なかった」ということですが・・・、そのせいか、今朝は頭痛に見舞われています。なので、ややこしい話はパスして^_^;

いつもの訪問先の「らばQ」さんでこんな動画を見ました。

●溺れた子ヤギを助けたブタ

http://labaq.com/archives/51762499.html

へえ、こんなこともあるんですね。助けた後も「当然のことをしたまで」と言ってるような雰囲気で・・・わーい(嬉しい顔)

「土曜日の昼はトンカツにしよう」と決めてましたが、当分は豚肉はやめますあせあせ(飛び散る汗)
posted by poohpapa at 08:01| Comment(6) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月26日

デヴィ夫人のメルマガ第一通目

先日登録しておいたデヴィ夫人のメルマガ第一号が届きました。

「イジメ問題」や「少年法」に関する話で、ハッキリと述べられていて概ね正論かと思います。

実は、過去ログを辿っていくと、デヴィ夫人の仰っていることに明らかな間違いがあったり、賛同しかねる意見もあります。ですが、生身の人間ですから致し方ありません。だいいち、全てに私なんかと意見が同じであったなら、そんな気持ちの悪いことはありません。意見が違うところはスルーします。頂いたコメントには全て目を通しているそうですが、当方は読み手で受身の立場ですし、真理については自分の頭で考えればいいことですもんね。仮に誰かが間違いを指摘しても直ぐ改める方でもないでしょう、私と一緒でたらーっ(汗)

橋下さんの維新の会にしても然り、です。全て大賛成というワケでもありませんが、まあ8割以上の意見や政策について同意見なら支持して大丈夫なんでしょう。私の考えと違うところがあったとして、もし間違いがあれば側近や専門家が指摘して掏り合わせ、本人が改善するでしょうし。僅かな誤りがあっても概ね正しければ、僅かに正しくても概ね間違いである今の多くの政治家よりマシです。

ところで、デヴィ夫人のメルマガの中で一冊の本が紹介されています。元刑務官の河村龍一氏が書いた「真夜中の看守長」という本で、過去の凶悪犯罪を題材に書かれたフィクションの小説ですが、「旧監獄法」が「刑事収容施設法」に全面改正された経緯や、現在の矯正施設での実態がリアルに描写されているとか。私も読んでみたいと思います。早速、図書館で探してみます。

デヴィ夫人のメルマガ、読者の追加募集があるかも知れません。大衆からの好き嫌いがハッキリ分かれる方ですが、歯に衣着せない(自己保身に走らない)という点では私は好きですね。これからもなかなか有意義な話が読めそうなので私は期待しています。ご興味のある方は次回また募集があった際に登録なさってみてください。デヴィ夫人のブログの中で告知されると思います。

posted by poohpapa at 05:40| Comment(2) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

昨日の続き

デヴィ夫人が橋下さんの騒動の件で、自身のブログに、こんなことを書いています。

デヴィ夫人の独り言 独断と偏見

7月20日19時50分にアップした記事ですが、今朝5時53分の時点で1463件もコメントが入っています。概ね賛同の意見のようです。多すぎて1頁しか読んでませんが、空気や本質を読まない嫌〜なコメントもありますね、デヴィ夫人は気にしないでしょうけど。


最新記事のイジメ問題でも、「よく正確に記憶(記録)しているもの」と感心するくらい詳細に書かれています。とかく誤解を受けそうなデヴィ夫人ですが、相当な苦労人ですね。世の中に毒舌を売りにしているタレントは何人もいますが、ほとんどがメディアの顔色を窺いながらの「似非毒舌」で、自分が干されることがないよう防御していて、全く自己保身をしない毒舌家は稀有なもの。自信があるからこそでしょう。

記事の上のほうに「アメブロでは書けないお話」をメルマガで始めるとの告知がありました。私も早速登録しました。「※本メルマガは有料化することは一切ございません」ともあって、デヴィ夫人らしいですね。

7月21日〜24日限定募集とありますから、ご興味がある方は登録なさっては如何でしょう。登録直後、私のアドレスにデヴィ夫人からの(もちろん定型の)お礼のメッセージが届きました(*^^)v

そうそう、別のメルマガによると、今回の暴露騒動を仕組んだのは自民党の長老議員、という話もあります。本当かどうかは不明ですが、時期が時期だけに有り得る話でしょう。ただ、女性問題のスキャンダル合戦を始めたなら自民党のほうが被害は甚大だと思うのですが・・・(ぷっ)

うちの業界にもよくあることですが、人を蹴落としたり踏み台にして生き残ろうとする人は多いもの。橋下さんには頑張ってもらいたいと思います。何度も言ってますが、私は橋下さんの政策全てに賛同しているワケではありません。ですが、日本には、言ったことを確実に直ぐ実行する行動力のある政治家はいません。以前から支持していなかった人ならともかく、今まで支持していた人が「この件で支持しなくなった」と言うなら、底抜けのアホだと思います。

それにしても「ホステスの面汚し」とも言えるこの女、自分も顔を出すべきですねパンチ爆弾
posted by poohpapa at 06:33| Comment(8) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月06日

思わず吹き出す「おもしろflash」

まだ夏本番ではないのに、昨晩は寝苦しくて、今朝、明け方5時にトイレに行きたくて目が覚めた後、再び横になって7時半までウトウトしていて、目が覚める前、夢を見ていた。

宅建組合でアフリカの恵まれない子供たちを日本に招き、どこかのグラウンドで催し物をしていて、私も世話役で参加していたのだが、顔見知りの不動産業者は一人も来ていなかった。なんか、朝から疲れたたらーっ(汗)


そんな時は、笑って吹き飛ばすに限る・・・、てことで、おもしろflash(鉄道ネタ)を(^^♪

おもしろflash[中央線(国分寺)]  (約50秒)

駅の構内放送のモノマネをするタレントは何人かいるけど、ネタ的にはその上を行っていると思う。

続いて、おもしろflash[山の手線]

もう一つ、おもしろflash[京王線]


さて、と・・・、アップしたら朝飯にしよ、っとわーい(嬉しい顔)
posted by poohpapa at 07:59| Comment(0) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月01日

休日のひと時、癒し画像とニュースをどうぞ

私の毎日の訪問先「DNA」さんの一週間ほど前の記事、

「人間、まだまだすてたもんじゃないね……」と思える20のいい瞬間

のご紹介。

と言っても・・・、どしょっぱつの内容は、あまり賛成しかねます。私は、オカマは嫌いではありませんが、ゲイは大嫌いです。オカマバーなんかは女性のホステスさんがいるクラブより楽しいですしね。

3番目、8番目、10番目の記事では「人の優しさ」「思い遣り」が心に沁みます。

5番目、感動的な話だし勝敗に影響ない順位であったとしても、人の手を借りたらその時点で失格では?

7番目、私もかつて、チップではありませんが、私を見てると亡くなった息子さんを思い出すとかで「全財産をアンタに譲る」とまで言われたことがあります。遺言書を書いて頂く前にお亡くなりになりまして・・・、不仲で音信不通になっていた実の娘さんが相続することになりました。落ち着くべき結論に落ち着いたので、もちろん、それで大正解です。でも、あのカネは今頃、世界のどのあたりを廻っているんでしょうわーい(嬉しい顔)

9番目、足元で泳いでいるのは子猫たちの母猫なんでしょうか。みんな助かってると良いのですが・・・。

11番目、ヤラセでなくカメラマンがたまたま居合わせたのかな。与えているのは自分のサンダルですね。

17番目、これ、メモだけならタダのゴミです。「奢ってこそ、この話は完成する」と思うのですが・・・。

18番目、いがみ合っている中でもこんなゆとり・・・、日本人には無いセンスかも。

動物の救出劇は感動モノですが、中には「オマエ、なんでそんなとこにいるんだよ」と言いたくなる場面もあって、大救出劇を見る度に「そんなのは人間が手を貸さずに放っておけば」「費用は飼主に請求しろ」と心の中で叫んでいることも正直あります。動物に「自己責任」を説いたところで始まりませんが(爆)

でも、こういうニュースに接すると、なんだかホッとしますねるんるん
posted by poohpapa at 06:50| Comment(2) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月18日

トンデン倶楽部通信から得る一日一薀蓄(いちにちいちうんちく)

ジャンル分けは「おすすめサイト」に入れているが、私がとっている「トンデン倶楽部通信」という食料品通販会社のメルマガのお話。

毎日届くメルマガの冒頭に必ず「雑学」が紹介されていて、そこから「その日お勧めの商品」に繋げていて、時に「強引なこじ付け」と思えたりもするが、まあご愛嬌(*^^)v

たまたま先日の雑学は、「世界で一番硬い食品って?」というもの。

ギネスブックにも載っていて、ピンときた方もいらっしゃるだろうが私は思いつかなかった。答えは・・・、




「鰹節」

私がどうして鰹節だと思わなかったかと言うと(言い訳がましくなるが)鰹節はそのまま食べるものでなく必ず削ってから食するものなので、硬度を比較するなら「削った状態」で比較すべき、と考えていたから。

塊のままで比較されるなら冷凍食品なんかの中にはきっともっと硬いものがあるハズだから、というのは私の負け惜しみでしかないけどたらーっ(汗)

まだ「トンデン倶楽部」からは一度も商品を購入したことはないのだが、毎日楽しませてもらっているし、そのうち「気になる商品」が出てきたらお付き合いしよう、とは思っている。


ところで、うちに飛び込みで(感じのいい)営業マンが来ると、こんなアドバイスを送っている。その昔、書いたような気もするのだが・・・、

「飛び込みで訪問してもほとんどが門前払いで資料さえ受け取ってもらえないものでしょう。ただ訪問していたんでは何度訪問しても同じだし、下手すれば『しつこい』とか『鬱陶しい』とか思われるものだよね。そう思われないために一工夫するといいよ。それは『訪問する度に何かしら有益な情報を一つお届けする』ということ。もちろん、相手の興味がどんなものにあるかをなるだけ早く察知しなければならないけど、あなたの商売とは関係ない雑学のようなものでもかまわない。そのうち『今日は何を持ってきたんだろう』と思ってくれるようになるよ。それと、相手の玄関や店の中をサッと見回して『欠けているもの』を察知すること。次に行った時にさり気なく情報を提供するといいよ。『また来やがった』と思われないで『今日は何?』と思われる営業マンになること。それが商売の第一歩だと思うよ」、と。

テレビのクイズ番組でも「雑学王」なんてのがあるが、営業マンは、どんな話題を振られても対応できなくてはならないし、逆に(その話題は)自分のほうが詳しくてもそれを隠して教えて頂く姿勢も必要になる。ではあるのだが、以前、クラシック音楽が好きなお客さんの家を訪問して、いろんな薀蓄を語られたが間違いも多く、それを自信タップリに語られて閉口したことがある。もちろん修正などしなかった。したら商談はまとまらない。自分の知識のほうが正確でも、そんな時は黙って聞くことにしている。

ひょっとしたら、私も同じ間違いを犯しているかも知れない。いや、きっとあることだろうあせあせ(飛び散る汗)


それにしても、トンデン倶楽部は「メルマガの購読解除をされないツボ」をよく知っているわーい(嬉しい顔)
posted by poohpapa at 06:23| Comment(2) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

被災地復興(瓦礫処理)の実情は・・・

昨日、心斎橋で起きた通り魔事件を調べていて、あるサイトに行き着いた。

すべては「気づき」 ※自分で調べて自分で考えよう※

という、とても上質なサイトである。「当ブログへのリンク大歓迎」とのことなのでご紹介。

その中で、被災地の本当の話―陸前高田市長が「規制」の実情を語る、という記事を是非お読み頂きたい、と思った次第。そこでは、私たちが知らない「復興への足枷」の実態が見えてくる。

管理人さんは別の記事で「放射能汚染瓦礫(放射性廃棄物)の拡散焼却に断固反対」と書かれていて、なるほど、と思った。ただし、瓦礫処理の受け入れに反対している都道府県が「そういう観点から反対している」とは私には思えない。もしそういう観点から反対しているなら、全国の首長は陸前高田市長の「地元に処理場を作って地元で処理を」という考え方を強く支持したり協力するものだろう。反対している自治体は「声の大きい団体や人たち」に対して腰が引けているだけではなかろうか。彼らは口では「放射能汚染の拡散」を危惧していても実態は「被災地のことを何も考えずに情緒的に反対している」と思えてならない。

「受け入れしない」「受け入れ反対」と言うなら建設的な対案を示したり「こういう形でなら協力できる」という提案をすれば良い。いや、しているのかも知れないがマスコミからは全く伝わってこない。ただ「どの自治体が受け入れ拒否をしている」ということだけしか分からない。

それにしても、被害は陸前高田市だけに留まらないのだから、全ての瓦礫処理をしようと思ったなら、どうしたって全国の協力が必要になる。「放射能汚染を拡散させるな」という考え方のほうが正論かも知れないが、べつに「福島第一原発の瓦礫を受け入れよ」などと言っているワケではないし、私はそれでも「国民の皆が、ある程度のリスクは覚悟して、リスクを共有して受け入れるべきでは」と考えている。

放射能に対して私が無知なだけかも知れないが、反対する団体や人たちは「反対することが目的」で、自分たちの活動や主張にとって都合のよい部分だけを誇張して「放射能は怖いよ、次の世代に悪影響が出るよ」と大袈裟に触れ回っているだけのように思える。もっとも、私の「瓦礫は受け入れるべき」という考え方も情緒的、と言えなくもないか・・・。


瓦礫処理が遅々として進まない最大の理由は、どうやら国の縦割り行政や政治家の無能さにあるようで、それが丁寧に浮き彫りにされているし、私が考えていなかった切り口からの記事で、私の考えと相容れない部分もあるが、だからこそいい勉強になった。他の記事も時間を掛けて是非読ませて頂きたいと思う。



posted by poohpapa at 06:23| Comment(0) | TrackBack(0) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月08日

若い女性に是非お読み頂きたい記事 3

一日空きましたが、引き続き「えんだんじのブログ」さんの記事のご紹介。


保育園育ち

現在日本政府や大都市の地方自治体は、保育園に入園するための待機児童が一人もいなくなるように保育園数を増やすために懸命です。女性の社会的進出の欲望、貧困化、それに応える形での保育園の増加、少子化傾向が続いているいため、いずれ日本中どこでも待機児童もなくいつでも保育園に入園できるのも時間の問題でしょう。私に言わせれば、これはまさに国家的規模で行われている日本民族劣化推進政策以外のなにものでもありません。しかしだからと言って保育園が我々の日常生活に密接に結びついているため、保育園を拒否して生活は営めません。だからこそ保育園教育のどういうところに欠陥があるのか指摘し、その対策を講じなければいけないのではないでしょうか。幼児教育は、大人なってから学ぶ能力開発とか資格を獲得するための教育などとは比較にならないほどの重要です。幼児教育は人によっては生涯にわたって深い影響を及ぼし、大人になってから容易に変更などできません。幼児教育に失敗したら、ほとんど取り返しがつかないし、その子供にとっても親にとっても不幸としかいいようがありません。「幼児教育と脳」という本を書かれた澤口俊之氏は、0歳から8歳までは母親は家にいるべしなどと発言しています。

どうしても保育園が必要な家庭の事情もある人もいるでしょう。しかし多くの人は、保育園にあずけるのが当たり前の感覚になっているのではないでしょうか。幼児教育などという堅苦しい言葉を使いましたが。もっとくだけた話をしましょう。今から50年前までの主婦は、ほとんど専業主婦、だから自分の子供には一年中毎日24時間たっぷり母親の愛情をそそげることができました。ところが現在の主婦は一年中毎日どころか一週間のうち休日の24時間しか母親の愛情をそそげることしかできないのです。どちらが子供にとって良いか悪いかは誰でもわかるでしょう。だからと言って私は、女性の社会的進出に猛反対しているわけではありません。保育園には欠陥があります。その意識すらもなくただやみくもに保育園に入れてしまえばそれでいいという安易な気持ちが恐いしまたそれを非難しているのです。保育園の欠陥を意識すれば、親の心構えも違ってくるでしょうから、まずその欠陥を列挙しましょう。

1.子供は親が育てるもの。
現在は子供が生まれれば保育園に預けるのが、ごく当たり前のようなってしまったため、どうかすると今の若い両親は、子供は保育園が育ててくれるものと思い込んでいると言っても過言ではないような気がします。保母さんは、母親にはなれません。子供は親が育てなければいけないのだが、経済的事情とか、女性の社会的進出の願望の強さとが合い重なって止むを得ず保育園にあずけるのだという意識を持ってもらいたい。このやむを得ず子供の保育園にあずけるのだの意識が薄いため、子供に申し訳ないという気持ちもわかず、その結果として無意識のうちに自分の子供の子育て責任が薄くなり、さらにひどくなると子育て責任を感じなくなってしまうのです 恐ろしいことです。保育園というものは、大人にとっては便利なもので利用価値はありますが、子供にとっては残酷なものなのです。幼児がもし言葉がしゃべれたら、「ママのそばがいい、保育園はいやだ。」と言うに違いありません。皆さん、そう思いませんか。こういうことを心底意識して保育園に入れるのと、こんなことも意識せず、ただ自動的に子供を保育園に入れるのとでは、幼児教育に大変な差が出るのです。

2.母性愛の減少。
胎児はおよそ10ヶ月と10日間母親の体内にいます。10ヶ月と10日が母性愛の育まれる直接の原因にもなるわけです。この期間で父性愛は、母性愛に決定的な差をつけられのですが、しかし母性愛は、この10ヶ月と10間だけでは不十分なのです。赤ちゃん誕生後、昔の母親は、一年365日何年間も手塩にかけて育てていくからこそ母性愛がさらに、さらに強くなっていくのです。昔から世話のやける子は、可愛いといいますが、それだけ母親が面倒みなければなりません。それがまた愛情を産みさらに母性愛が深まるからです。現在の母親は、保育園入園後、休日だけしか手塩にかけないのですから当然母性愛が薄くなるのは皆さんも理解できると思います。昔の人は母性愛が強いから進んで子供の犠牲になろうとします。しかし現在の母親は、子供の犠牲になるのを好みません。子供を手塩にかけて育てる時間が少なすぎて母性愛が強まらないからです。保育園の存在が母性愛の減少を生むのですが、その傾向にさらに拍車をかけるものがあります。戦前の日本人には弱く、戦後の日本人に強くなったもの、すなわち個人の権利の主張です。個人の権利の主張もけっこうだが度がすぎると我がままになります。ただでさえ母性愛の減少に、個人の権利の主張が加わりますから、現在の親は、子供の犠牲になるのを好まないどころか、親が平然と自分の子供を親の犠牲にしてしまうのです。このことが幼児や児童を平気で虐待する原因の一つにもなっているのです。親の児童虐待について皆さんに話したいことは、私が子育てしていた頃には、親の幼児、児童虐待などはほとんどありませんでした。あったとしてもそれは大ニュースになったのです。ところが現在は親の児童虐待は日常茶飯事。なぜかその傾向を探ってみると、保育園育ちの男女が大人になって子供を生むようになってから急激に増えた現象なのです。これは私の年代だからこそ言える事柄なのです。

3.親の責任感の欠如
およそ50年前まで続いた専業主婦時代には、保育園などという発想そのものがありませんでした。そのため親が子育てをしなかったら、誰がやるのかと親の責任感が生まれてくるし、責任感も強くなります。しかし現在のように誰も自動的に保育園にあずけるとなるとどうしても親の責任感が薄れてくるものです。最近大阪市で2児の虐待死事件が起きた。24歳の母親は、長女(3歳)と長男(1歳)が衰弱しているのを知っていながらごみと糞尿が散乱する部屋に置き去りにし外出し帰宅しなかった。このまま必要な食事を与えなければ死亡するとわかりながら、帰宅せず餓死させて殺害してしまったのだ。今流行りのと言わなければならいほど繰り返される「育児放棄」です。あまりにも残酷と懲役30年の判決が下された。「育児放棄」は親の責任放棄と言っても過言ではありません。動物にも劣る人間の父親、母親の続出です。人間社会も落ちぶれたものになってしまいました。

4.過保護
保育園は動物園と同じです。動物園に飼われる動物は、お客さんに見せる商品です。従って動物たちをケガさせたり、病気にかからせるわけにいきません。大事に大切に飼われます。動物どうしでけんかすれば檻を変えて引き離されます。保育園の園児も全く同じように飼われるようなものと言っても言いすぎではないでしょう。病気している園児を預かることはしませんから、保育園にとって一番怖いのは、園児にケガさせることでしょう。園児に度々ケガさせると保育園の悪評になりかねません。幼児どうしのけんかがあってもすぐ引き離されてしまう。動物園の檻の中のけんかと同じです。幼児にも持って生まれた幼児なりの闘争心の芽が摘み取られてしまうのだ。私は男だから、園児の男の子をみると可哀そうでなりません。男の子は、女の子と比べて遊び方が荒っぽいのが当たり前なのです。私が子供の頃は、外に出れば私と同じような年齢の子、少し年上の子、少し年下の子、いわゆる不特定多数の男の子があつまり、女の子が決してしない荒っぽい遊びを親の監視ぬきで遊ぶ子供の世界があった。現在の子は男も女も、子供の世界を体験することなく大人になってしまうのです。そのため園児は無意識のうちに過保護に育てられてきたことを大人になってもわからないのです。

幼児教育は、専業主婦にはかないません。そして保育園には上記のような欠陥を伴うのです。そのことを社会全体で無視していると言っても過言ではありません。私は学校でセックスを教えるなら、教室で自分たちが保育園で育てられた過程にはこういう欠点がありますと、それこそ公民教科書で教えるべきではないかと考えております。保育園で育てられてきたからこそ、早い段階で母親、父親への自覚を教育することが大切だと思うのです。

ところで話はがらりと変わりますが、最近話題の本を紹介しましょう。「女性宰相待望論」(自由社)です。今世紀は女性の世紀。もうそろそろ日本にも女性の首相が誕生してもおかしくありません。日本で女性首相が誕生するなら、この9人の女性代議士の中から間違いなく出るだろう。選ばれた9人の女性代議士のインタビュー本です。何故私は、この9人の中に選ばれなかったのかとカリカリしている女性代議士もいるらしいです。選ばれたこの9人、けっこう皆さん日本のために仕事していますね。時間があればちょっと読んでみるのもおもしろいですよ。


まったく同感ですね。職業がら社会に出て働かなければならない人もいるでしょうが、旦那の稼ぎを補うためにパートに出る、その為に保育園に預ける、母親が子供と接する時間が少なくなる・・・、危険な話です。

私は、保育園も幼稚園も経験しておりません。いきなり小学校入学です。それで適応力が無くて困ったか、と言えば、そんなことはなく、誰よりも早く学校に馴染みました。小学校に入るまでは専業主婦の母親にベタベタ甘えて育ちました。それで今、犯罪者になっているワケでもありません。昔は、だいたい祖父母が同居していて、親の目が届かないところで叱ってくれたりもしていたんですよね、私は経験していませんが。

保育園は無くていい、入れるな、女性は働くな、と言っているのではありません。保育園が足りなくて子供を預けられない、だから女性の社会進出が進まない、少子化に繋がる、という短絡的な発想に異を唱えているだけのことです。少子化は保育園不足が最大の原因ではありません。教育が狂ってきているのが一番の理由です。いくら保育園を増やして全員が入れるようにしたところで、出産適齢期の人たちの意識が変わらなければ何も解決しません。根本は教育にあります。もちろん、学校だけでなく家庭の責任でもあります。

記事の中でお勧めの本「女性宰相待望論」は読んでいませんが、稲田朋美さんは当然に入っているでしょうね。女性議員の中では一番「いい仕事」をしてますもんね。あと、山谷えり子さんとか・・・。

近いうちに読んでみます。

さて、明日も続きます。
posted by poohpapa at 06:39| Comment(20) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月06日

若い女性に是非お読み頂きたい記事 4

3日続きましたが、「えんだんじのブログ」さんの記事の転載です。やっと追いつきました^_^;

えんだんじさんの記事を読ませて頂くと、私なんかより遥かに「気骨がある」と解かりますね。それだけご苦労なさっている、ということなんでしょう。


貧乏若夫婦、5年でまとまったお金をつくるには

大東亜戦争終結時(1945年)私は7歳、小学校一年生だった。両親と私と妹二人の家族は、川崎に住んでいた。米軍の無差別空爆で全財産焼失。戦前から結核を患っていた父は、戦時中の無理がたたって重症。終戦直後に強制入院。結核菌をばら撒き人に感染させるからです。戦後の大混乱時代、働き手がいない我が家は極貧状態。現在の若い人には想像できない極貧状態だ。それでも私は県立高校に入った。母が一人息子の私にかける気持ちは充分に理解していた。高校入学してから、小学一年から母の苦労を見てきた私は、もう母の苦労を見るのがつらくしのびがたかった。「よーし、俺が働く」と大学進学をあきらめ高卒後働きだした。それ以来およそ45年反乱万丈の人生だった。
現在ワーキングプアと言って、一生懸命働いてもなかなか生活にゆとりがなく貧乏状態が続いている若者が多いいと聞いています。貧乏を脱出するにはできるだけ若い方が良い。30代のうちに脱出すべきだと思う。体力に自信のある人だったら人の3倍働くことだ、私は体力に自信がないので期限を区切って徹底的に社会の中の孤立化を選択した。時代が違うので、この方法が現代でも通用するかどうかわかりません。しかし参考になるのではないかと思い、私の体験を語らせてもらいました。

以下は私の体験談です。
俺は26歳の時結婚した。結婚した時、女房は妊娠四ヶ月だった。いわゆる「できちゃった婚」だった。二人の結婚には俺の両親は反対、女房の母親(母子家庭)も反対。俺は自分が惚れた女と結婚してなにが悪い、結婚式は自分の金で挙げるから、出席したくなければ出席しなくてもかまわないで押し通した。公共施設を利用して、ささやかすぎるほどの結婚式をあげた。俺の両親、妹、身内は式に参加した。女房の身内は誰一人参加しなかった。理由があった。ここではそれを書く目的ではないので省きます。

結婚式の費用を払い、生活必需品の冷蔵庫と電気洗濯機を買い、お産の費用を除くと二人の貯金がほとんど底をつきかけていた。俺は独身の時、株式投資を少しかじっていた。株式投資を本格的にやって儲けたい。それにはまとまった金がほしい。貯金だけにたよっていてはらちがあかない。もっと毎月の貯金を増やすにはどうしたらよいか。当時は乳幼児をあずかるどころか、保育園すらほとんどなかったのだ。5歳から通える幼稚園はあった。最低少なくとも5年間女房は働けない。そこで俺が貯金を大幅に増やすために考えたのが、二つの方法です。一つはこれは誰でもやれることだ、自分の収入よりはるか下の水準の暮らしをすることです。そこで6畳一間のボロアパートを借りた。風呂なし。トイレと台所はあった。台所は狭く冷蔵庫を置くと、冷蔵庫の半分近くが6畳の部屋にはみだしていた。洗濯機は外のベランダに置いた。冬の洗濯は寒いのだ。
二つ目は、5年間徹底して社会の中で孤立すること。すなわち社会的つきあいを一切絶つことだ。ほとんどの場合、つき合いには金がかかるからです。社会的つきあいを一切絶つといういくつかの例をあげましょう。まず私は会社での同僚とのつきあいを絶った。夜のつき合いを絶った。昼食はいつも同僚と一緒にしていたが、結婚してからは女房に毎日弁当を作らせ会社で一人で食べた。忘年会なども費用全部会社もちでなければ参加しなかった。同僚が会社をやめての送別会にも出席しなかった。要するに同僚とは金のかかるつきあいはすべて絶ったのです。そのやり方があまりにも徹底していたため、当時の俺は、会社では変わり者と言われていたことにはまちがいない。俺は同僚には金を作るためにつきあいを辞めるのだと公言していたし、金をためてなにをすると聞かれた時、株を買ってもうけるのだとはっきり公言した。こうして俺の少ない個人的な友達とも交際を絶った。勿論5年間だけの期限付きと宣言していた。

俺は妻にも同じ事を要求した。つきあいをやめるのは5年間だけだ。五年たつと子供が幼稚園に入る。みなと同じようなつきあいをしていかないと子供がかわいそうだ。貧乏脱出にはこの5年間を撤退的利用しなければだめだ。だから五年間だけがまんしろ。その間に株でもうけるから、マンション買う頭金ぐらい儲けるからと説得した。妻も貧乏人の出、それに家出もしているから背水の陣、積極的に承諾した。妻の身内は、結婚式に出席しなかったから問題は生じなかったが、問題はおれの両親、特に母が問題だった。俺は妹も両親とも5年間はつきあいをやめた。私が実家に行ったり、母が私のアパート来たりするとお金がかかるからです。絶縁のような状態は、金を作るための5年間だけだと言っても理解はしてくれなかった。「あまりにも非常識だ」、「お前がこんな薄情な子供とは知らなかった」などとも言われた。
私の決心は変らなかった。半年後子供が生まれる予定でしたが、一番の問題は、母乳が出るかどうかだった。当時は人工ミルクが全盛で、馬鹿げたことに人工ミルクは子供の頭を良くするなどと言われていた。俺は女房に、「お前に母乳が出ないと、赤ちゃんは餓死することになる。我が家の家計にはミルク代の予算はない。母乳が出るあらゆる努力をしろ」と言ってやった。女房も必死だった。本屋で立ち読みしては、母乳の出る方法や母乳が出る食べ物などを学んできた。妊娠後期にもなると黒ずんだ乳首を女房が一生懸命しぼるようにしていた。乳首の先端から水分みたいのがにじみ出てきた。女房に言わせると。乳腺を刺激して赤ちゃんがおっぱいを吸いやすいように線をつけとくのだと言っていた。

俺は女房に母乳が出なければ人工ミルクがあると安易に考えるのを恐れ、「母乳が出なければ、生まれてくる赤ちゃんは餓死。我が家の家計にミルクの予算はなし」と何度も口にした。女房もその言葉を何度も聞かされると、なんと白状な夫と考えてしまうのだろう。「一度言えばわかります。何度も言わないでください」とえらいけんまくで俺にくってかかってきたことがあった。あの時の俺は、まさに守銭奴だった。自分で何度も5年間だけの守銭奴と言い聞かせては、徹底して守銭奴を押し通した。とにかく金が出ていくことを極端にきらった。出産後女房の努力が実ったのでしょう、おっぱいがわき出るようによく出た。あまり出過ぎるため、毎夜女房は台所で自分の乳をしぼっては捨てていた。あるときその乳を飲んでみたが、おいしものではなかった。ただ温度は、一定していてさすがは天の采配と感心したことを覚えています。

退院後、赤ちゃんは毎日風呂に入れなければなりません。自宅に風呂がないから風呂屋に行かなければなりません。女房は怖くて一人で風呂屋の風呂に入れられないと言う。赤ちゃんの首がぐらぐらして固定していないからです。つきあいを絶っているので母に手伝いに来てくれとも言えないし、来たところで6畳一間のアパートでは母の寝る場所もほとんどない。そこで俺が毎晩会社から帰宅すると、6畳の一間の真ん中にビニール製のござを敷き、その上にたらいを置き、その中にお湯を入れ、一人が両手で赤ちゃんを抱いて湯につけ、もう一人が赤ちゃんの体を洗う。これを毎晩くりかえし、三、四ヶ月ぐらいたつとあかちゃんの首が座ってくる。そのころになると妻は、安心して赤ちゃんを風呂屋につれていくようになりました。こうして世間から遮断されたような親子三人になって、私はますます金作りにはげんだ。その頃コンビニなどなかった。八百屋さん、魚屋さん、肉屋さんなどいろいろな個人店が多かった。そこで毎夕妻は、一軒一軒の店をまわり少しでも安いもの買ってきて晩御飯の支度をした。私はタバコは無論、あまり飲むほうでなかったが酒もたった。無論自分のお金で買うことを絶っただけで、他人からのおごり、例えば上司のおごりの時には、タバコも酒も遠慮なくいただいた。
こういう経験したせいか現在ホームレスや生活保護を受けている人間が、タバコすったり、酒をのんだりしているのを見ると腹がたってきます。5年の間俺は女房や子供をどこへも遊びにつれていっていません。映画を見るどころかテレビも家になかった。6畳一間ではテレビの置く場所さえなかった。電車の行き帰りや休みの日は、英語の勉強をしていたので、時々英語関係の本を買う以外、小遣いは全く必要なかった。それでも財布には毎日一万円さつが一枚入っていた。男として万一恥じをかかないため、使うことのない予備費です。

そんな時俺は一瞬総会屋になろうと思った。きっかけは、誰が書いたか名前を忘れてしまったが、ある総会屋が書いた「総会屋一代記」という本を読んだのです。数々の株主総会をとりしきった経験が書いてありました。面白かった。それを読んだ俺は、「俺も総会屋になろう」と考えたのです。当時、総会屋は暗いイメイジはありましたが、現在のように暴力団のようなイメイジはありませんでした。本の最後には、著者である総会屋の住所が書いてありました。東京の市ヶ谷でした。俺は市ヶ谷の自宅へ伺って彼の弟子にしてもらうつもりでいた。総会屋は市ヶ谷のちょっと洒落た家に住んでいた。俺は彼の家の門の前をいったりきたりして入ろうかどうか躊躇していました。意を決して家に入っていった。奥さんらしき人が現れた。
「私はえんだんじと申しますが、先生の書かれた本を読み、感銘を受けましたので、弟子にしてもらいたい思い、本日参上いたしました。先生はご在宅でしょうか」とこんなような言葉をかけました。
すると奥さんは、「主人はいま出張中で一週間ぐらい帰って来ません」という返事でした。
「それではまた一週間後に来ます」と答えて辞去しました。俺の思いつきの考えで出た行動ですから、一回で目的を達せなければあきらめに変ってしまいます。二度と総会屋になろうと考えませんでした。
あの時総会屋の本人が在宅していて、俺が総会屋の弟子なっていたら、また違った人生を送っていたかもしれません。人生は出会いともいいますが、そういう面は多々ありますね。
俺の月給よりはるかに低い水準での6畳一間の生活、徹底したつき合いの排除で、毎月かなりの額の貯金ができた。毎月証券会社で割引債券を買い続け、たまると株式投資に変えていきました。こんな守銭奴のような生活していても子供三人つくる計画は変えませんでした。現在でもそうかもしれませんが、当時はネコも杓子も、子供は一人か二人、三人というのがめずらしかった。子供好きな面もあったかかも知れませんが、俺には天邪鬼のところがあった皆と同じということをあまり好みません。だから結婚した時から、子供三人と決めていました。

二年後に次女が産まれました。6畳一間に4人はさすがにせまい。それでも次女を押入れの下に寝かせて過ごした。世間から隔離されたみたいな親子4人だけの生活。誰も我が家に訪れる者なし、親子そろってどこへも出かけない、出かけるところはいつもの小さな公園。公園では俺は長女と思いっきり遊んでやった。子供とは一銭もかけなくても充分遊ぶことができるのです。こんな閉ざされたような生活に女房はよく協力してくれた。女房は、食糧、衣料等あらゆる物を一円でも安いものを求め、バス亭の一駅や二駅を歩きとおすのは日常茶飯事でした。女房も貧乏出だから協力できた面もあったでしょう。

とうとう長女が保育園に入る日がやってきました。待望の5年が経ったのです。女房との約束どおりつき合いを正常にもどし、常識的な家庭にもどりました。そしてすぐ女房は三人目を妊娠しました。もう6畳一間で親子五人は暮らせません。2LDKの新築の一戸建て借家に引越したのです。女房は喜んだ。今考えて見ると俺の経済基盤は、新婚およそ6年ぐらいの間にできたような気がします。日本は高度経済成長ひた走り、月給も増えたが、株もあがった。新築の一軒家に引っ越してから三、四年間で3LDKのマンションをついに買った。ついに順風満帆の人生がやってきたかと思った。しかし今まで以上の波乱万丈の人生が待ち構えていたのだ。

以上が体験談です。最後にアドバイスしたいことがあります。現在、経済的に苦しんでいる若い人よ、現在の貧乏を決して時代のせいや、社会のせい、国家のせいなどと他人のせいなどにするな。恵まれた人をうらやむな。自分がはいあがる努力しなくて、誰がそれをやってくれるのですか。



私は、えんだんじさんほどではありませんが、やはり結婚資金(披露宴、新婚旅行、新居の契約金など)も全部自分たちで出したし、24歳と10ヶ月で新築の3LDKのマンションも購入しました。必死にカネを貯めていた1年間は土曜の夕食を会社で食べてから月曜の朝食まで何も食べないこともよくありました。

私の子供たちに「俺と同じことをしてみろ」とは言いません。私とは別の人格ですし、果たして「そうまでしてカネを貯めた」ことが正しかったのかどうかも解かりません。「親を経済的に当てにしないのと、自分たちの力で可能なものを求める」と決めていたことだけは間違いではなかったのでは、と思っていますが。

私は、私より優秀な(多くの)同級生より早く自立心を持っていた、とは思います。学業で勝てない分、社会に出て同級生より早く人生の駒を進めたい、という思いは非常に強かったのです。そうすることで同級生を見返してやれる、と本気で信じていました。社会人になってからの大半はフルコミッションの営業生活で、いい給料を取ってましたが、今は「食べていければ不足は無い」と考えています。たしかに「カネに関する欲には際限が無い」人間のほうが圧倒的に多いものでしょうが、「カネは有れば有るように出て行ってしまうし無ければ無いで何とか生きていけるもの」です。自分がおカネを生かして使っていれば、そのおカネはいつか自分のところに戻ってきます。人を当てにはしませんが、私が本当に困った事態になったらきっと友だちは放っておかないと思います。どこかから必ず助け舟が出てくることでしょう。今までそうでしたから。

いろんな体験をして「カネは過不足なく有ればいいや」と思うに至りました。店で従業員を使ってない分、売り上げを心配することもありませんから気楽ですしね。何人も従業員を雇っている経営者を見ると「凄いなあ」と、それは本当に尊敬します。今の私にはできません。

カネはどれだけあっても邪魔にはなりませんが、余計にあると不都合も起きるもの、とよく知っています。だから子供たちには何も遺しません。売るほどある私の失敗談こそが唯一「子供たちに遺せる財産」だと思っています。幸い、私の子供たちもカネに関しては全く欲は有りませんしね。

老後の資金を貯えなければ、と考えていない分、今の僅かな収入でもパアっと好きに使えます。だから人様からすれば「ゆとりがある」ように見えるのでしょう。貯蓄などせずギリギリの生活を送っていますが、凄く楽しくて幸せな人生です。チマチマ貯金したところで、どうせ老後の資金に足りるハズなど無いのですから今を楽しく生きたほうが勝ち、だと思っています。それは、うちの(二人目の女房)も同じ価値観です。

ま、当時は若かったから無茶もできた、ということでしょうね。私自身は苦労などしてなくて、子供の頃から「親が苦労しているのを間近で見ていた」だけのことですが。

えんだんじさんの記事を読んで、「ああ、私は苦労をしていたワケではなかったんだ・・・。人様よりいろんな体験をした、というだけのことなんだ」と気が付きました。良い記事との出会いに感謝しています。


 コメントの返信、少々お待ちください。後ほどゆっくり書かせて頂きます。
posted by poohpapa at 06:51 | TrackBack(0) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

若い女性に是非お読み頂きたい記事 2

以前、当サイトでご紹介した「えんだんじのブログ」さんの記事の続編です。私が寝込んでいた間に(4)まで出ていました。一つ一つの記事が長いので今日から3回に分けて全文を紹介します。リンクを貼ってしまえば一度に全文が読めますが、その・・・、面倒で飛ばない方もいらっしゃるもので・・・^_^;

ちなみに、「えんだんじのブログ」さんはリンクフリーで、記事は「拡散・転載希望」とのことです。

「若い女性たちに告ぐ(その1)」の続編であります。


選択的夫婦別姓

現在、民主党政権は、選択的夫婦別姓制度を柱とする民放改正案を成立させようと計画しています。現行民法は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫または妻の氏を称する」(750条)とあります。すなわち姓の選択の自由は女性にも認められ、法律上での平等がきちんと実現しているのです。それでも夫婦別姓を主張する人たちがいるのは、三つの理由があるからだと思います。
1.法的には男女平等になっていても、現実には男性優位になっていると、左翼の女性やキャリアウーマンとして成功している女性の中には、そのことを極端に嫌う人たちがいます。例えば前法相の千葉景子は「法律には『どちらの姓でもいい』となっていながら何で98%も女性が変えざるを得ないのか。それも本当は問題だと語り、社民党党首福島瑞穂は、「私は男の人と女の人が半分ずつぐらい変えていたらこれほど違和感を感じなかった」(明日への選択、平成22年4月号)と言っています。実際には女性の社会的進出増につれて夫が改姓する割合が増えている現実を無視しているのです。それに法的に女性の姓を名乗れるようになっているのですから、たまたま男性の姓の方が多いいと文句を言ってみたところではたがとやかく言えるすじあいのもではないはずです。この二人は強力な夫婦別姓推進者です。

2.結婚後改姓によって職業上不便が生じる。
これは充分あり得る話ですし、理解できます。昨年結婚した私の姪は、仕事では旧姓を使い続けると言っています。自民党議員、高市早苗氏も旧姓で議員を続けている女性です。旧姓使用の現実生活について、彼女はこう語っています。「パスポートについては、併記が可能で、私のパスポートには、『ヤマモト(タカイチ)サナエ』と記載されていますが、運転免許証、健康保険証、印鑑証明は『山本早苗』と戸籍名のみで発行されています。」(明日への選択、4月号)彼女は、結婚前の旧姓をどうしても通称使用したいかたは、現在の戸籍に「旧姓通称使用の届出」の一行を加えるだけでの法改正で済むことと主張していますが、私も全く同感、賛成です。

3.家族軽視。
夫婦別姓支持者は、「家族軽視」などとは絶対に言いません。東北大震災で、家族の絆の強さが改めて強く認識されているからです。そんな時に家族崩壊をもくろむなど絶対に言えません。そこで表向きには(1)や(2)の理由をあげながら選択的夫婦別姓を主張しているのです。なぜ夫婦別姓が家族の崩壊につながる原因になるか説明しましょう。夫婦別姓も夫婦二人だけならあまり問題はないでしょう。しかし子供が産まれたら妻の姓にするのか、夫の姓にするのか決めなければなりません。子供の姓選びで夫婦げんかしないよう第一子を妻の姓、第二子を夫の姓としましょう。夫婦で姓も違い子供(兄弟姉妹)同士でも姓が違うのです。三番目が生まれたら、その子の姓はどちらを選ぶのでしょうか。これでは家族の絆は弱まることがあっても強まることはありません。妻の姓をAとしましょう、夫の姓をBとしましょう。夫(B)が先に死にました。妻(A)は、自分が死んだら当然夫のお墓に入ろうと思っていました。ところが夫の親族が反対しました。夫婦別姓を選んだのだからB家の先祖のお墓に姓の違う人は入れられませんと断られました。妻は自分のA家のお墓に入ることに決めました。子供たちは、お墓参りのとき、二箇所のお墓に行かなければなりません。両親のお墓がお互い近ければ問題ありませんが、遠ければ一日では無理です。結局母の姓を名乗った子供は、母親の墓参り、父親の姓を名乗った子供は父親の墓参り、これでは家族の絆は弱まるばかりです。そう思いませんか。少なくとも夫婦同姓には、家族の姓を決め、家族の絆を強める目的があります。夫婦別姓の目的はなんですか。何もありません。ただ自分の姓を主張したいだけの話でしょう。彼らの主張はナンセンスです。夫婦別姓を主張する人たちが、あまり表沙汰にしないで隠していることが二つあります。
(1)「選択的」夫婦別姓という呼び名
この「選択的」という言葉が曲者なのです。「選択的」と言うといかにも「同姓が否定されているわけではない」とか「夫婦別姓は選択肢の拡大に過ぎない」とか言って同姓派が反対する理由がないと吹聴していますが、これは恐るべき詭弁です。いいですか、夫婦は同姓ということは生まれてくる子供のことを考えて家族全員が同姓を使用すること、すなわち家族の姓、家族全体の姓なのです。夫婦同姓は、即ち家族を考えての性なのです。それに対して夫婦別姓は、家族のことを考えていません、あくまでも個人の姓で家族の姓ではないのです。従って親子で姓がちがうのは当然です。従って私のような夫婦同姓派は、家族としての姓に意味合いがなくなってしまうから、いくら選択的と言っても夫婦別姓など賛成できないのです。

(2)婚外子に相続権を認める
最初に触れましたように民主党政権は、選択的夫婦別姓を柱とする民法改正案を国会に提出しようとしていますが、あくまでも夫婦別姓は民法改正の中の一つなのです。その民放改正の中で選択的夫婦別姓と同じように女性にとって非常に関心がある事が改正案の中に入っていることです。現在の法律では、夫が妻以外の女性との間で生んだ子供(婚外子)には、夫の死後の財産相続権はありません。それを改正して婚外子にも実子と同等の相続権を与えようというのです。皆さんは、この改正に賛成しますか。夫婦二人で一生懸命働いて、それなりの財産を築き、夫の死後、夫に隠し子がいたことがわかりました。その隠し子が実子と同じ相続権を持つのですよ。「生まれた子供には罪はないから」しょうがいなわ、と言って同意できますか。こんなことが許されたら金持ちの夫は、若い女性にもてるようになります。子供を生んだらこっちのものだと。
選択的夫婦別姓を主張している人たちは、この民放改正にも賛成しているのです。ここでも彼らは、ある意味家族の崩壊を狙っているとも言えます。千葉景子は法務大臣の時、こう言っています。「結婚届けを出していようが、いまいが、女性がいて男性がいて、そこに子供がいれば、子供は本来同じ権利を保障されるべきです。それが婚外子差別の問題につながるわけです」(明日への選択 3月号)千葉景子は、結婚届など完全に無視し、彼女の頭の中には家族という認識が一切ないのです。夫婦別姓推進者は家族という共同体を一切認識しようとしないのだ。だから婚外子も家族の一員にしろと主張しているようなものです。そのうちに婚外子も同じ家に住む権利があると言い出すでしょう。

夫婦別姓の問題は、最近話題になったのではありません。数年前からありました。数年前のある日、私は、女房に「お前は、夫婦別姓についてどう思う」と問いかけました。その時彼女は、「私はあなたの姓が名乗れるのがうれしかったけど」となんのてらいもなく答えたものです。私の女房はもう年で昔の可愛げのある容姿は衰えましたが、年に似合わずこういう可愛げのあるセリフがよく出たものだと感動したのを思い出します。千葉景子や福島瑞穂に聞かせたい言葉じゃないですか。そこで皆さんに質問があります。こういう言葉を吐く女性を、皆さんはどう思われますか。こんな古臭いセリフを吐く女性がまだいるのかと軽蔑しますか、軽蔑とまでいかなくてもちょっと古すぎると考えますか、あなたがたが結婚する時、彼氏の名前を名乗れるのがうれしいと、そこまで考えることはないと思いますか。実は現代の若い女性も、私の女房のような考えもつことを知って、私はまだ日本の将来はすてたものではないと少し安心しています。実は、厚労省が平成18年度に婚姻に関する統計を発表しています。その世論調査によると姓が変わったことで「新たな人生が始まるような喜びを感じると思う」が(47.1%)最も高く、次に「相手と一体となったような喜びを感じると思う」が30.2%と続いています。「いままでの自分が失われてしまったような感じを持つと思う」がわずか9.9%に過ぎません。私に言わせれば皆さん方は、姓についてはまだまだ健全な考えかたをしていると安心しています。結婚し姓を決める時は、単に夫婦がどちらの姓に統一するのかを決めるのではなく家族の姓を決めるのだということを強く認識してもらいたいと思います。家族皆同じ屋根の下に住みながら、夫婦で姓が違い、親子で姓が違い、子供どうしで姓が違っては家族の絆が強まるどころかバラバラになる傾向になっていくことはさけられないでしょう。民主党政権は、擬似共産党政権です。彼らは、堂々と公表することなく隠れてあるいは表現をぼかして、日本の歴史、伝統を破壊しようとする革命政権と言っていい。本当に要注意の危険な政権です。

現在は家族の絆の強調されている時期なので、選択的夫婦別姓制度を含む民法改正法案が、国会に提出される可能性が低くなりました。しかし夫婦別姓制度、外国人参政権、人権擁護法案は、法務省がなんとしても成し遂げたい三大法案ですので、いずれまた、家族の絆の熱が冷めたころ夫婦別姓制度がまた頭をもたげてくる可能性がでてきます。要注意事項です。



えんだんじさんは非常に的確に問題点を捉えていらっしゃいますし、主張も理路整然としています。私も、是非とも多くの方にお読み頂きたいと願っています。

posted by poohpapa at 06:42| Comment(0) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月05日

これは使える「批判にうまく応える方法」

msn.ニュースを見ていて、こんな記事を見つけました。ビジネスでもブログでも使えそうです。

ここんとこ「引用記事」が続いてますが、手抜きしているワケではありません。ぜひ紹介したいと考えているサイトのストックも50を越えています。早く紹介したいのですが溜まる一方でなかなか紹介できませんたらーっ(汗)


「批判にうまく応える方法」

ブログ・Twitter・Facebookなどインターネットで個人が気軽に情報発信できるようになりました。しかし、いろいろと情報発信することで人から批判される機会も多くなっています。批判されることを恐がったり拒否する人がいますが、本来批判は恐れる必要がないものです。

"批判とは、人や物事の間違いや悪い部分を指摘し正すこと"を言います。
批判に正しく応答できれば、自分にとって批判はとても有益なことになります。批判を有益にするための、批判にうまく応える方法を紹介します。


■1.批判とそれ以外を分ける

批判を恐いと感じる原因の一つに"批判と中傷と否定を見分けることができない"ということがあります。最初に批判と中傷と否定を分けます。

変えられないことは批判できない。

社会的地位・見た目・親・生まれた場所や人種など、変えることができないことは改善しようがないためそれらを批判することはできません。変えられないことへの発言は中傷です。批判ではありません。

否定だけのものは「なぜそう思うのか」を聞く

否定された内容を具体的にすれば批判ととらえることができます。「〜はよくない」「〜は悪い」という否定的な発言に対して、「なぜそう思うのか」と質問をします。この質問の答えが批判となります。否定のみで具体的な理由がないものは、批判するところがないのと同じです。

汚い言葉も丁寧な言葉に変える

口調が荒くても、しっかり悪い部分を指摘してくれていることがあります。逆に口調は丁寧なものでも、内容がないことがあります。これを見分けるためには、すべて丁寧な言葉に直すと分かりやすくなります。丁寧な口調に変換することで、どの発言が批判で内容があるのか判断がしやすくなります。

悪口は嫉妬している証拠

感情的な発言や単なる否定は、具体的な指摘をする部分がないということです。そのため「気持ち悪い」や「むかつく」などの感情的な表現は、理屈では勝てないと宣言しているのと同じです。このような悪口で気に病む必要はありません。これは自分に嫉妬しているのだと考え、スルーします。


■2.批判に対して冷静になる

批判に対して感情的にならず、冷静に応えることは相手にとってもそのやり取りを見ている人にとても印象がよくなります。感情的な発言は事態を悪くするだけでいいことは何もありません。

相手を子供だと設定する

人は子供にされたことには「子供がしたことだから」と相手を許し大人な対応ができます。しかし、大人に同じことをされると感情的になることがあります。顔が見えないインターネットの世界ですから、みんな子供と設定することで冷静になり大人な対応ができます。多くの子供もインターネットを利用しているので、本当の子供も存在します。

多くの批判をされても、相手は一人だと考える

批判されて重要なのは数ではなく内容です。状況によって多くの人から批判されることがあります。しかし、その数に意味はありません。複数人が1つずつ批判をしても、1人の人が複数の批判をしても状況は同じです。相手が1人だと思うことで冷静を保ちやすくなります。1人が自作自演をして複数人からの批判を装ってることがあります。

一晩は何もしない

すぐに応える必要がないものは、時間をおくことでとても冷静になれます。一晩はなにもしないでおくことは、冷静に応える上でとても重要です。


■3.批判に応える。

批判に応えることは、批判の内容をより理解するうえでとても重要です。批判にうまく応えることができれば、より批判が自分にとって有益になります。

悪い部分は素直に認める

自分の悪い部分をしっかり謝ることで、どう改善したらいいのかにつながります。このとき何について謝っているのかを明確に伝えることが重要です。その場しのぎで理由もなく謝ることは相手を不快にさせ逆効果になるのでしてはいけません。

批判に応えなくてもいい

批判に応えるか応えないかの権限は自分にあります。そのため批判に必ず応える必要はありません。応えることで自分の立場が悪くなったり不利益が生じることであれば、批判に応えないという選択も批判に対して立派な答えです。無理に応えなくてもいいことを忘れてはいけません。

すぐに応えようとしない

早く応えるより、しっかり考えて応えることが大切です。この発言で相手はどんな返事をしてくるかを意識しながら文章を考えると、より適切な応えの文章が書きやすくなります。

話のテーマを明確にする

途中で話がブレてしまい話の行き先を見失うことがあります。何に対しての批判なのか。日記のタイトルのように1行で話のテーマを書いておくと、話がブレたときでもすぐに話の軌道修正ができ本題に戻れます。

友人に相談する

すべてを1人で抱える必要はありません。応えるのが自分であっても、その内容は何人と相談してもいいのです。誰かに相談することで、精神的負荷も少なくなります。また、自分だけでは気づけなかったことに友人が気づいてくれることもあります。

できるだけ相手の言葉を使う

これはコミュニケーションのテクニックです。相手の言葉をできるだけ使って応えるようにします。相手と同じ言葉を使うことで「話を聞いてもらっている」と相手に実感してもらえます。これによってより相手の意見を聞き出しやすくなります。


■おわりに

繰り返しになりますが、一番やってはいけないことは"とりあえず謝る"ことです。
何が悪いかを理解せずにとりあえず謝ってしまい炎上に発展するケースは少なくありません。批判の応え方に正解はありませんが、大事なのは自分のために批判してくれた人に対する想いです。批判している人は、自分のために時間を費やしています。批判されることは自分が人に注目されている証なのです。批判する人は、自分のために批判していることを忘れなければ批判にうまく応えられ、自分にとって有益なことになります。



この中で、「一晩は何もしない」というのと「批判に応えなくてもいい」というのが気に入っていますわーい(嬉しい顔)

人間、えてして「早く反論したい」と考えて、相手の発言の途中で「話の腰を折る」ようなことをしてしまいがちです。明らかに相手が誤解をしている時などなおさらです。かく言う私も以前はそのような傾向が強かったのですが、ブログを始めるようになって間合いを計れるようになってきました。正直なところ、「ちゃんと読んでくれ」「私はそんなこと言ってないだろ」と思うこと、しばしばです。部分的に都合のいいところだけを切り取って批判してくる人もいますし。基本的に、批判や反論に対しては穏やかに応えるようにしていますが、あまりにお粗末なコメントに対しては時に辛辣に返すこともありますね。コメントは早い段階で読ませてもらっていますが、概ね翌日の朝に返信するのは自分がいくらかでも冷静な状態でいるから、であります。

批判への対応だけでなく「一晩は何もしない」というのはどんな場合にも有効だと思います。人間、心情的に急いでいる時ほど時間を掛けたほうがいいもの。たいていの場合は「ヘタに動いて失敗する」結果になります。何も反論しないでいるのは辛いことですが、黙っている間に味方も増えることがありますし。

小学4年の時、学校の図書館にある世界の童話を読み漁りましたが、その中で、どこかのお姫様が困難に直面して悩んでいた時に、お傍に仕える老婆が「一晩眠ればきっと良い知恵が生まれますよ」と優しく言い聞かせるシーンが何度も出てきて、子供心に「ああ、そんなものなのか・・・」と思ったことがあります。今なら意味がよく解かりますね。

上の記事の中で、「一番やってはいけないことは"とりあえず謝る"こと」とありますが、日本の外交でも言えてますね。私の場合は「どう話しても解かることはない人物」と思えばサッサと謝って後は付き合いません。なので、きついコメントを入れて私が直ぐ謝ったら「自分は相手にされてない」と思ってください(爆)

解かっていてもできないこと、かも知れませんが、どうぞご参考になさってください。
posted by poohpapa at 06:05| Comment(2) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月27日

ご紹介した記事の全文を以下にコピペします

若い女性たちに告ぐ(その1)


読者の身内に若い女性がいれば、ぜひこのブログを見せてほしいと思います。このブログの転載、拡散を歓迎します。

結婚適齢期
結婚適齢期という言葉は、いまやほとんど死語になってしまった感があります。そのために今の若い女性は、私の年代ならば男性でも知っている常識すら女性なのに知らないのです。その常識とは、結婚適齢期という言葉あるように、女性は20代の若いうちに子供を生んでおかないとだんだん子供を妊娠するのが難しくなる、特に35歳ぐらいをすぎると妊娠、特に初妊娠は難しくなってくると言うことです。先月、NHKの番組、「クローズアップ現代」で卵子の老化が不妊の原因になると報道していました。女性には結婚適齢期があることが医学的に証明されたわけです。その報道にほとんどの若い女性がびっくりし落胆していました。彼女たちは、40歳過ぎても簡単に妊娠できると思っていたのには私と一緒に見ていた女房もびっくりしていました。番組の中で女性は生まれた時から卵子があり加齢とともに卵子は老化、その老化した卵子は決して若返ることはありませんと報道され、女性たちはショックを受けていました。ある40代の女性は、これまでの三度体外受精を試みて失敗してきただけに絶望感に襲われていました。

人類が地球上に誕生以来、人類社会が発展してきました。人類社会が男を中心として、すなわち男が主役を演じて発展してきたのは、女性には妊娠期間が限られており、また子孫を増やすため、また産児制限もできず何人も生みますから出産と子育てに追われます。そのため女性が社会的に進出するのもむずかしかったからです。結婚適齢期という言葉は、いつ頃から使われたか知りませんが、長い人類の歴史から、女性は若いうちには子供ができやすいが、高齢になるとなかなか妊娠しにくくなるし、高齢初産は、母子ともに危険を伴いやすいということを長い歴史的体験で知っていった。それで女性は子供を生むためにどうしても結婚時期が限定されてしまう。そこで日本では結婚適齢期という言葉が生まれたのでしょう。そして結婚適齢期を迎えた娘を持つ家庭は、早く結婚相手を決めなければという社会的雰囲気が長く続いた。ところが世界中の女性の社会環境が激変する事件が起きた。第二次世界大戦という大戦争です。戦争期間中若い働く男性の数が激減し、代わって多くの女性が社会に出て働き出す現象が起きた。大戦後もその勢いがそのまま続いた。そして1970年代にウーマンリブという女性解放運動が世界中に広がって現在にいたっています。その間「結婚適齢期」という言葉は、女性を家庭にしばりつける言葉として、あるいは女性が男性の従属物のような存在を表す言葉として完全に嫌われ、使われなくなってしまった。その結果若い女性たちは、女性には妊娠適齢期があるという意識が薄れてしまい、医学も進歩したしいつでも生むことができるというような錯覚に陥ってしまったのではないでしょうか。結婚適齢期という言葉の他に妊娠に関して私たちの年代の人間には男でも知っているもう一つの常識があります。高齢出産の危険性です。昔のように若い時に三人も四人も生んでおれば、高齢出産の危険度も少なくなりますが、初産の場合は、赤ちゃんが健康体で生まれてくるかどうか、母体に悪影響ないかどうか危惧するものなのです。ところがこれも医学の進歩で女性も産婦人科医も高齢出産を安易に考えているのではないでしょうか。

その典型的な例として自民党衆議院議員、野田聖子氏をあげることができます。彼女は、40歳の時に自然分娩が不可能な体であることが判明。以後三年間に八回の体外受精を試みたが失敗。他人の女性の卵子の提供を受けて受精させることは、日本では法的に禁止されています。アメリカは州によって法的判断が違います。ラスベガスがあるネヴァダ州では法的に許されています。そこで彼女は、ネヴァダ州に住む白人女性の卵子を購入し、野田聖子の夫の精子との受精卵を自分の子宮に入れて人工妊娠し出産した。出産した時彼女は50歳でした。典型的な危険な高齢初産です。産婦人科医も高齢初産の危険性を彼女に話したと思います。無論高齢初産の安産例も多いでしょう。私の想像では、もし彼女の卵子と夫の精子との体外受精なら、高齢出産を避けるため若い代理母を利用したのではないかと思います。しかし卵子は外国人女性のもの、それに代理母では自分の母親としての存在感がなくなってしまいます。高齢出産の危険は多少あっても自分で生む決心をしたのではないでしょうか。しかしもう一つの選択肢もありました。白人女性の卵子、すなわち他人の卵子を利用しては自分と血のつながった子は、できません。それなら孤児の里親になり、養子にする選択もあったはずです。それでも夫の血のつながった子が欲しかったのかもしれません。その辺は夫婦の葛藤が当然あったでしょう。

2011年1月彼女は、男の子、真輝(まき)ちゃんを出産した。真輝ちゃんは誕生後次々に難病に襲われた。「臍帯(さいたい)ヘルニア」、「食道閉鎖症」、「極型ファロー四徴病」などいう心臓病、「脳梗塞」など、手術、治療中に右手、右足が麻痺、気管切開の手術で真輝ちゃんは、赤ちゃんの泣き声を失った。手術は計6回におよんだ。今年1月真輝ちゃんは、無事満一歳の誕生日を迎えた。まさに医学の進歩のお陰だが、しかし母子ともに悲劇と言っていい。私は、彼女に対しての同情は薄い。出産後彼女はテレビに登場し、色々発言しているようですが、彼女の経験から,もし子供が欲しければ若いうちに結婚して子供を生んだ方がいいなどと発言していないからです。キャリアウーマンとして成功している女性だから、決してそんなことは言うまいとする虚勢を感じてしまいます。ウイキペディアによると、彼女はシングルマザー推奨を公言しています。子供は両親に育てられるのが当たり前だし、子供にとってもその方が望ましく思うのが当然です。したがってシングルマザーなど当初から考えてもみなかったけど、結果としてそうなってしまったという事は当然多々あるケースですから問題にはなりません。しかし最初からシングルマザーを望むとは、彼女は生まれてくる子供のことを考えていないのだ。子供を自分の欲望の道具として考えている面があるのではないでしょうか。彼女のこういう考え方が、資力にまかせて外国人女性の卵子を買い、自分の子供を生ませよう、すなわち資力に物を言わせて自然の摂理に挑戦してまでも彼女の欲望を満たせようとしたと考えるのは酷な言い方でしょうか。
自然の摂理に対する私個人の見解は、夫妻の精子と卵子を使っての体外受精までです。他人の精子、卵子を使っての妊娠は、自然の摂理に反することです。

キャリアウーマンとして成功している女性にとって子供の出産は深刻な問題です。アメリカでは精子や卵子の凍結サービスを提供する会社が存在します。合法的に認められているからです。アメリカ人のキャリアウーマンの中には、自分の卵子をいくつか取り出して液体窒素で凍結しておき、結婚したい男性が現れたら彼氏の精子と体外受精させて子供を持とうと計画している女性もいます。卵子凍結にどのくらい費用がかかるか? アメリカの週刊誌、「ニューズウイーク」誌(2010年版)によると卵子凍結治療費15,000ドル。1ドル80円とすると120万円、保存費用は最初の1年間は無料、それ以後は年間4000ドル(32万円)。しかし卵子凍結には問題があります。体内から取り出した卵子をすぐに体外受精させるのは可能ですが、将来に備えて凍結していた卵子を取り出し対外受精させるのは難しく成功したケースはほとんどないと言われています。卵子の取り扱い方は精子よりむずかしいのです。それでもキャリアーウーマンの中には、自分の卵子を凍結しておこうという女性がいるのは、凍結した精子で成功しているのだからそのうちに凍結卵子で成功するのも近いのではと予想しているからでしょう。従って次のようなケースも充分考えられます。本人が60歳になった時、凍結卵子を使用して子供誕生が可能になり、20代の時に凍結しておいた自分の卵子を取り出し、誰かの凍結した精子を買い取り、体外受精させ、自分はもう年寄りだから自分の子宮を使っての妊娠は無理、そこで代理母を使って生ませる。ついに60歳にして我が子誕生です。本人には大満足でしょう。私はこれでは、資力を使ってただ自分の欲望を満足させただけで、生まれてくる子供のことは全然考えていないのだと考えざるを得ません。皆さんそう思いませんか。

そこで私は皆さんに強調したいのです。女性には、結婚適齢期という言葉があります。しかし結婚適齢期という言葉が気に食わなければ、使わなくてもかまいません。しかし妊娠適齢期というものがあるということです。好むと好まざるとにかかわらず、妊娠適齢期を否定することはできません。これは女性の宿命です。体外受精する場合でも、卵子は老化しますから若い妊娠適齢期に行わなければならないのです。そこで自分は絶対に自分の子供が欲しいと思う女性には、私には提案があるのです。女性の人生は、男より長く平均もう90歳でしょう。そこで女性の人生二度説です。20代で結婚、20代で子供を一人、二人生んでおいて、30代に入って二人目、ないし三人目を生んでおくのです。私は子育て卒業は、中卒ぐらいまでと考えています。中卒頃の子供の母親は、45歳前後から50歳前後になっているでしょう。ここまでを女性の第一の人生、それ以降90歳までのほぼ40年間は、女性の第二の人生です。その時の各自の経済状勢に応じて働き続けるのもよし、新しく何かにチャレンジするのもよし、自由自在に活動できるし、またするのです。こんな人生計画どうでしょうか。皆さんどう考えますか。

この「若い女性たちに告ぐ」シリーズは、(その4)まで続ける予定です。次回(その2)は、2週間後の4月7日(土)のブログに載せます。話題は、「選択的夫婦別姓」についてです。引き続き読んでいただけたらと思っております。


posted by poohpapa at 07:43| おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

若い女性に是非お読み頂きたい記事

私の訪問先の「えんだんじのブログ」さんの記事のご紹介です。

管理人さんも「ブログの転載、拡散を歓迎」と仰っていますので安心してご紹介を(*^^)v

記事は、「若い女性たちに告ぐ(その1)」というもので、女性の結婚適齢期(出産適齢期)について実に的確な指摘がなされています。2週間後に(その2)がアップされるようですので、その時にはまたお知らせいたします。年頃の娘さんをお持ちの親御さんにも是非ご一読・・・、って、私もそうですけどふらふら


えんだんじさんの記事は時に私とは意見やモノの見方が異なることはありますが、それは単に考え方の違いであって、意見が敵対するようなものではなく、私とは違う意見であっても主張が理路整然としていて姿勢がブレないもので、こちらもちゃんと聞くことが出来ます。意見が対立して平行線を辿る時は、どちらかの(どちらも)言ってることに矛盾が内在していたり、論理が崩壊している場合がほとんどで、「損得勘定でモノを言っている」と透けて見えてたりすると受け入れられないものですが、主張に「私」が無いので私とは違う意見であってもスッと心に入ってきます。国会の論戦もそうあって欲しいものですがわーい(嬉しい顔)


私より年配で目上の方でいらっしゃるので、私がご紹介、というのも甚だ恐縮ですが・・・たらーっ(汗)

最近は、えんだんじさんのような「日本男児」が少なくなりました・・・(遠い目^_^;)

過去ログも是非遡ってお読み頂けたらと存じます。「腑に落ちる」記事、たくさんあります。

あ、読まれた印象や意見とかのコメントは「えんだんじのブログ」さんにお願いします(逃げ腰あせあせ(飛び散る汗)
posted by poohpapa at 06:50| Comment(2) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月28日

たしかにインドは優秀である(*^^)v

私の毎日の訪問先「ロケットニュース24」さんに、こんな記事があった。


「インド人プレゼンツ!! 展開の公式 (a+b)2 が a2+2ab+b2 になる理由がすげーよくわかる動画」

これ、実は私が中学時代、この方法で恩師から教わっているから、インド人オリジナル、ということではないかも知れない。いや、たぶん、そうではないんだろう。

ただ、こういう方法、つまりマジックの種明かしをするように教えてくれたなら、どんなに数学が苦手で興味を持てないでいる生徒でも数学が好きになるかも知れない。少なくとも授業は楽しくなるだろう。

私の中学時代、授業中は騒がしかった。昨今と違って「授業を受けるのが嫌で私語が飛び交ったり教室を出て行ってしまう」のではない。先生の間違いを見つけて指摘してやろう、やっつけてやろう、と虎視眈々とミスするのを待っているような生徒がクラスに何人もいたのである。先生のほうも、それを十分に承知していて、上手く利用しながら絶妙の掛け合いを楽しんでいたように思う。要するに、互いに余裕があった。

国語の授業もそうだ。最もつまらない文法を1年間「班対抗のクイズ形式」にして飽きさせないように教えてくれた先生がいらっしゃった。長年の経験から編み出した独自の工夫だろうが、私が今、こうして「さほどの間違いもなく文章が書ける」のは、(もう鬼籍に入られたが)その先生のお陰だと感謝している。

ところで、誰から聞いたかは覚えていないのだが、インドはフランスと並び称される数学の先進国とのこと。インド発祥のマジック(手品)も多い。今でこそ大規模なイリュージョンで見せるマジックは世界の何処でも見られるが、昔はインドマジックという手品は他国とは一線を画していて神秘的であった。

数学とマジックは関係なさそうに思えるだろうが、そんなことはない。インドマジックは「どう観客の目を騙すか」ではなく「物理的に心理の裏をついて錯覚を起こさせる」というもので、他とは微妙に違う。


あと10年ほどでインドの人口は中国を抜くという。中国と違って国民は元々優秀だし国民性も優れているから日本にとっては脅威でもあるが、これから真に友好を深めていくべき国はインドになるだろう。インド人は勤勉で真面目で、汚い自己主張はしないから信頼ができるし。

私が生きている間に中国が(内部から)崩壊するのが見られるかどうか分からないが、中国は、いや中国型の社会主義はそう遠くない将来、必ず崩壊すると思う。それを見るためにも長生きしたいのだが・・・わーい(嬉しい顔)





posted by poohpapa at 06:41| Comment(6) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月09日

ネットで見かけたダンディな猫

毎日の訪問先「ロケットニュース24」さんに、先日「男前なニャンコが激写される」という記事があったので、いったいどんな猫なんだろう・・・、と思って観てみたら、本当にオッサンで笑ってしまった。


男前なニャンコが激写される

表情と左前脚の肘の掛け方が渋くて何ともカッコいいわーい(嬉しい顔)

ところが、うちのが写真を観て「本当にオスなのかなあ」と言う。なるほど・・・、記事では性別には触れてなくて、写真が男前だから「オス」と決め付けている感もある。もしメスだったら失礼な話かも(*^^)v

posted by poohpapa at 06:13| Comment(2) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月19日

業界の大先輩と同じ考え方で安堵した話

うちの支部と親交が深い町田支部の大滝支部長がブログを開設していらっしゃって、更新頻度は少なめなのだが上質で秀逸な記事をお書きなので僭越ながらご紹介させて頂きたいと思う。支部長にお伺いしたら二つ返事で了解してくださったわーい(嬉しい顔)

で、その前に、町田支部と大滝支部長について、ちょっと、いや、長めのご紹介を(*^^)v

大滝支部長は朝日工営株式会社の社長でいらっしゃって、会社のHPから、社長ブログスタッフブログに飛んでいける。その社長ブログの最新記事が「我が意を得たり」というお話だったので是非ともご紹介したく思ったのだが、それは記事の後半で。

現在、都宅協立川支部(立川・昭島・東大和・武蔵村山)の加入業者は335社で、一方、町田市は一市だけで不動産業者が500社もあるとか。乱立気味で、この数は町田市内の理髪店の数より多いそうな。

大滝支部長には私も広報委員会の仕事でお目にかかって、すっかりファンになっている。支部長の最大の魅力は何と言っても「腰の低さと気さくさ」である。「支部長」という感じでなく、何年も前から仕事で付き合いがあったかのように初対面から話せるのだ。それは「私が部外者だから」ということもあるかも知れないが、偉ぶったところがまるでないのは間違いない。それと「先を見る目の確かさ」であろうか。

月末には発行される当立川支部の広報誌で私が書いているが、「過去に、他のほとんどの役員が反対していることであっても、将来の為に今の世代がしておかなければならないことをいくつも実行していて、それらの全てが成功している」ようだ。「支部長の意見に皆が反対しづらいだけでは」と思うかも知れないが、支部長という権限と権力で反対を押さえ込んでやるのでなく、反対している人たちを時間を掛けて根気よく説得して成し遂げているのだ。「皆が自由闊達に意見を言うことが出来ないような組織は衰退する」という考え方でいらっしゃるから反対意見にもちゃんと耳を傾けている。そこは凄いと思う。

それは、ずっと以前、過去ログで「こんな会社は潰れる」と私が指摘して、予言通り潰れた某住宅メーカーの話と通じるものがある。その会社は創業社長がワンマンで、社長の言うことが絶対、という会社で、社員は社長の逆鱗に触れまいとして本音や正確な情報を上げなかった。最終的に社長が自分の考えを押し通すとしても、社員の意見を聞いて、社員自らが思いついたように話を持っていって、華を社員に持たせて社員に「やる気」を起こさせることが出来ないようでは、そこそこ大きな企業の社長は務まらないもの。

その会社を退職した人とは今も親友づきあいをさせてもらっているが。


で、ようやく、大滝社長のブログのご紹介たらーっ(汗)

最新記事は、「液状化の宅地」という記事で、私がずっと以前から思っていたことと全く同じ考え方。

私は以前から「湾岸地域の超高層マンションなど買うものではない。買うのは大変なギャンブル」と思っていて、その根拠は大滝社長の記事の中で書かれていることと全く同じである。

ここに全文を貼ろうかとも思ったが、リンク先に飛んで他の記事もお読み頂けたら、と思う。大変失礼な言い方だが、文章が読みやすいので、お若い頃に何かそういう訓練をお受けになっていたかも知れない。

ほんと、是非お読み頂けたら、と思う。えっと・・・、私のこの記事の前置きより短い記事だしあせあせ(飛び散る汗)

posted by poohpapa at 07:28| Comment(4) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月01日

これも、「NPO法人 百人の会」のメルマガから

即日の記事に関連して、昨晩届いた「NPO法人 百人の会」のメルマガに、

自転車の罰則について、こんなふうに書かれていた。




一応、自転車にも懲役・罰金刑がありますが、警察は放置状態ですね。

0.自転車の飲酒運転
  5年以下の懲役、又は5万円以下の罰金

1.自転車が歩道を走行した場合(車道と歩道の区別がある場合)
  懲役3カ月以下、又は5万円以下の罰金

2.無灯火走行
  5万円以下の罰金

3.2人乗り
  2万円以下の罰金、又は科料

4.自転車が車道の左端を通行しなかった場合
  懲役3カ月以下、又は5万円以下の罰金

5.歩道と車道の区別が無い場所を走行する場合、直ぐに停止できる徐
  行速度で走行し、歩行者の通行を妨げる場合は一時停止。違反した
  場合は...
  2万円以下の罰金、又は科料

6.信号無視
  3カ月以下の懲役、又は罰金5万円以下

7.交差点での一時停止無視、安全確認無視
  3カ月以下の懲役、又は罰金5万円以下

8.並進禁止(許可標識が無い場所で並んで走行しては駄目)
  2万円以下の罰金、又は科料



ところが、冒頭にあるように、自転車の違反は野放し状態。絶対数が多過ぎてキリがないのと、そんな軽微なことに関わっていたらもっと大きな犯罪予防や捜査に支障をきたす、というのが実情なんだろう。

私も、以前、西国分寺あたりを車で走行中、割と広めの片側一車線の道路の左側を走っていた自転車が、私の車の3mくらい前で突然右側に曲がろうとしたので危うく撥ねそうになったことがある。自転車に乗っていたのは60代半ばのオヤジ。実は、後方から近付いた時、「あのオヤジ、危ないかも」という予感がしてスピードを落としていて助かったのだが、普通のスピードで走っていたら撥ね飛ばしていたと思う。

急ブレーキを掛けたら車体の正面に当たるか当たらないかくらいに際どいところで停止した。オヤジは、後方の安全確認も(最近は見かけなくなったが)事前の手信号も、何もしていない。いきなり、だった。

真っ昼間のことだし、酔っていたようにも見えなかった。携帯を操作していたワケでもイヤホンで音楽を聴いていたのでもない。私の車は軽だから、そこそこ走行音はしている。気づかないほうが不思議なのだが、考え事でもしていたか、鼻歌気分で他のことには気が廻らなかったか・・・。

いずれにしても、そんな状況であっても撥ねて怪我をさせれば自動車側の前方不注意になる。入院先の病院にもお見舞いに行って「どうも済みませんでした」とお詫びを言わなければ「誠意がない」などと言われるものだろう。だが、十分な注意をして交通法規を守っていても、物理的に避けられない事故もある。それでも「済みませんでした」と頭を下げなければ「反省の色がない」と言われてしまう。何とも理不尽だ。

オヤジも驚いて、私を振り返って「すまん、すまん」とばかりに手を挙げて去って行ったが、「ごめん」では済まない話だ。我々宅建業者は交通事故(人身)でも免許が飛ぶ場合がある。オヤジの不注意が元でこっちの生活の糧が失われたんでは堪らない。

自分が加害者にはなりたくないが、ああいうオヤジ、誰か撥ね飛ばしてくれないかな、と心底思う。


最近の自転車はとにかくヒドイ。歩行者の立場から見ても怖いくらいだから車から見たらもっと怖い。日本中の同じような裁判で今回のような判決がどんどん出されれば少しは世の中が変わるかも知れない。

先日の判決、禁固2年などと言わず、心からの反省の様子が見られないなら(無理だが)無期懲役に変更してやったらいい。でないと次にまた「タンクローリーの運転者みたいな被害者」が現れることになる。

結果論だし言ってることが無茶苦茶だと解かってはいるが、その事故で(タンクローリーが避けようとした)ワゴン車が自転車を撥ね飛ばしていたなら、(ワゴン車の運転者の責任は別にして)無関係の男性二人は死なずに済んで、自分勝手なオヤジが死ぬか大怪我をして終わっていたのに・・・、と、非常に残念に思う。
posted by poohpapa at 06:43| Comment(12) | おすすめサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする