歌手でもあり、俳優でも声優でもあり、晩年は芸能活動を通して社会にメッセージを送っていました。私は、芸名が美輪明宏でなく、丸山明宏の頃から存じ上げていて、私のお袋もファンでした。代表曲の「ヨイトマケの唄」は「差別的な表現が含まれている」として放送禁止にもなっていたようですが、「差別を助長している」のでなく「差別を乗り越えて立派に成長した人間」を歌っているワケで、それのどこが差別??
私はこの歌に随分と励まされました。イジメこそ受けていませんでしたが、子どもの頃は極貧生活で、8畳一間に6人が生活していて、家の中に風呂もトイレも無く、古い竈があっただけ。それで、薪でご飯(麦ご飯)を炊くのですが、それって、今思えば「贅沢な暮らし」をしていたのかも。ただ、銭湯に行くカネもなく、着替えもなく、着たきり雀で、下着も洋服も一ヶ月以上洗濯せずに続けて着ていましたから襟なんかも真っ黒。もちろん、歯ブラシなんてありませんでしたから歯磨きもしたことが無く、幸か不幸かお菓子も食べられなかったから数本が虫歯になっただけ。同級生はそれでも私を避けたりせず仲間でいられました。
洗濯機なんて、兄貴たちが中卒で就職して、私が高校に入ってから購入。お袋が関節リュウマチで洗濯も洗い物も難儀してましたが、今となってはどうしてあの頃「僕がやるよ」と言ってあげなかったか、そして生きているうちに謝れなかったのか、悔いが残ります。私はお袋の愚痴を一度も聞いたことがありませんでしたね。それをいいことに、自分のことだけしか考えていませんでした。悔やんでも悔やみきれません。
だからこそ、この曲は心に沁みます。この歌を「差別だ」なんて言う奴のほうが差別意識を持ってますね。
「ヨイトマケの唄」
歌詞は、こちら、
自慢話でなく、そんな不潔な子ども(私)が全校児童数1800人を超える小学校で児童会長をしていましたし、高校でも「下から数えて何番目」の成績で生徒会長をしていたのが我ながら不思議です。嫌われてはいてもイジメには遭うこともなく、今は幸せな人生(余生)を送っています。この歌に出会えたお陰かも。
月並みですが、心から美輪明宏さんのご冥福をお祈り申し上げます。心からの感謝を込めて。
2026年06月29日
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